水泡に包まれた火竜は身じろぎをしてみるが、包み込まれて動けない状態なことを感じたようだ。
すぐに動かなくなったので、俺は一息つく。
「窒息して気絶してくれたなら、大丈夫なんだが……リサのフラグもあるから油断はできないな」
「ウンディーネで押さえておくのも限界ですわ」
ウンディーネの様子を伺っていたエリカの額から汗が垂れる。
魔力を共有して効果を発揮する精霊魔法を火竜を包み込むほど巨大な形で使っているので、魔力の消耗が限界そうだった。
火竜の様子を見るが動く様子がなかったので、俺は解除するようにエリカに指示をだす。
「解除して大丈夫だ、あとは撤退準備に入るぞ。レイナ、セリーヌの状態はどうだ?」
「ポーションも飲ませたから、怪我のほうは問題ないで。ただ、気を失っているから運ばなあかんなぁ……」
「それじゃあ、レイナにセリーヌを背負って貰って……」
俺が撤退の予定を考えているとき、周囲を暴風が吹き荒れた。
暴風の原因は火竜の巨大な尻尾であり、俺達はその横薙ぎの一撃が起こされた風で吹き飛ばされる。
地面に転がっていたモンスターの死体も巻き込まれて跳び、俺達にぶつかった。
「くっそ……あいつ、気絶したフリしてたのかよ……」
不意打ちすぎて対応できず、地面に転がった俺は悪態をつく。
全身を打ち付けていて、起き上がるのさえつらかった。
だが、それよりもパーティメンバーのほうが気になる。
「エリカはリサはレイナは……ついでにセリーヌは無事なのか?」
目の前にはリザードマンの死体があり、それをどかして視界を確保した。
放射状に広がった衝撃は火竜の周辺を綺麗にしている。
リサ達の姿はすぐには確認できなかった。
ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ、最悪の可能性が頭をよぎるがそれを否定したいと俺の心が訴えている。
――ガギィン
金属同士がぶつかりあう音がした。
そちらを見ると、俺らよりもはるかに年上の男がドラゴン相手に一人でウォーハンマーを振るって、火竜を翻弄している。
「ウチの娘にてぇあげたなぁぁぁ、このクソトカゲぇぇぇ!」
『グハッ……お前は……まさか……グフゥッ』
火竜の顎をウォーハンマーが捉えてはじき上げた。
娘といっていたが、誰のことだろうか……。
「君、大丈夫かい?」
「あ、ああ……」
白いローブを着た眼鏡の老年男性が優しく声をかけてくれた。
回復魔法をかけてくれたおかげで、体の痛みが消える。
見たことのない男だが、誰だろうか。
「あのジジイも無茶するねぇ……おかげで捜索の時間は稼げたけどねぇ」
俺達が時間を稼ぐことしかできなかった火竜をウォーハンマーを持った男が地面に転がしたり、爪をへし折ったりしている姿は異常だった。
そして、この近くにいるババァも何者なんだろう……。
魔女のような大きな黒い帽子に黒いローブを身にまとっている姿は年老いたリリアンのようにも見えた。
いや、これをリリアンの前で言ったら絶対怒られるので、言わないでおこう。
「ここはあたし達に任せてあんた達はこれでダンジョンの外へ行きな」
ババァがそういって渡してきたのは転移魔法のスクロールだ。
「あんたがリリアンの師匠なのか?」
「師匠というか姉弟子かねぇ……あたしがリリアンを師匠に紹介したのさ。このスクロールはあたしが作った短距離移動用さ」
ババァはそういってタバコを咥えて、人差し指に灯した魔法で火をつける。
そのしぐさはハードボイルドでかっこよかった。
「ジュリアンさん、ここは従った方が……」
「ジュリ坊、命あってのものにゃ」
アーヴィンにかっこつけたが、時間稼ぎが目的である。
これでいいとは思いつつも俺は無意識にギリリと奥歯をかんでいた。
だが、傷は治ったものの疲労の色が顔に強く出ている仲間を見ると引くしかないことを悟る。
「ジュリアン、自分の弱点を受け入れて退くときに退けるのが大人やで」
レイナが俺の頭を撫でてくれたことで、無理やり納得してスクロールに魔力を込めた。
俺達の足元に魔法陣が広がり俺達を地上へと転移させる。
「ドラゴンをいずれ倒してやる……倒せるように強く、強くなってやる……」
俺の言葉を俺の胸に深く、深く刻み込んだ。