■地底湖階層
「ちっくしょう……どんだけ来るんだよ……古戦場よりも面倒じゃないか」
俺はその場にへたり込みながら、悪態をついた。
周囲には倒したリザードマンや、湿地オークの死体が転がっている。
その数は10より先は数えるのをやめたほどだ。
「捜索部隊のはずが、完全に迎撃部隊じゃないか……ここより下に行けやしない」
「お疲れ様です。ジュリアンさん、ジャーキーですけど食べてください」
「ありがとうございます。エレナさん」
鋼の守護者のヒーラーであるエレナさんが俺達の方に来るのは疲労が少ないからだ。
今、前線を維持しているのは俺達”エターナルホープ”と聖騎士がリーダーをやっている”ホーリーランド”の二つだ。
魔法使いが中心のパーティは後方支援を行い、”鋼の守護者”は殿と司令部を兼ねた行動をしている。
時間がかかっているからか、地上からの増援も増えてきていた。
各パーティにいるポーターが食料補充のために戻っていたりして、伝令しているからである。
「帰ったら、出来立ての料理食べたいにゃ」
「わたくしはお風呂に入りたいですわ」
「ウチは寝たいわ」
一休みしていると、うちのパーティメンバーから口々に愚痴がこぼれた。
顔を見れば疲労の色が消えない。
次々にモンスター達が流れ込んでいて、何とかしのいでいる状態なのだ。
レイナが魔力回復ポーションを大量に持ってきてくれたので、俺達が戦線維持をしているようなものである。
「ま、波の間隔が長くなってきた分、ゴールは見えてきたか?」
薄暗い地底湖の中では時間の感覚がまったくないので、どれだけ戦ってきたのかもわからなかった。
ただ、序盤は連続で来ていた敵の進軍も間隔があきだしたので終わりが近そうである。
「そうだといいですね。怪我などは回復できるといっても疲労による集中力の低下は大きな被害を生み出しますから……」
エレナさんが心配げに俺の顔を見てくる。
心配してくれているのは嬉しいが、こういう時はかっこつけたいのが男というものだ。
「大丈夫だ。問題ない」
あ、これはフラグだと思い直したが、訂正する前にゴゴゴゴとダンジョンの奥から何かの音が聞こえてくる。
早速フラグはその効果を発揮してくれたようだ。
こういうときばかり、フラグをかなえてくれるのはやめてほしい。
地底湖階層全体が揺れ始め、今までとは違うものが近づいてくるのがわかった。
ドガンと音が鳴り、地底湖の壁が崩れる。
そこから姿を見せたのは、巨大なドラゴンだった。
「あれは火竜だ! まずいぞ、あんなのはAランクパーティが何とかする相手だ」
アーヴィンが叫び、その声に呼応して動揺が他の冒険者パーティにも伝染していく。
『下等な人間どもよ、道を開けよ! 我が道を阻むのであれば命の保証はせん!』
低空飛行をして、俺達の前に降り立ったドラゴンは咆哮を上げた。
この世界のドラゴンは喋るのか……いや、某7つの玉を集めるアニメでもしゃべってたわ。
「街を守るためにも道を開けるわけにはいかない! 無礼を承知しているが、ここはは引いていただきたい」
アーヴィンが努めて冷静にドラゴンとの会話を試みた。
こんなときでも街を守るために動けるなんて……かっこよすぎだろ。
『人間が我を配下にしようと無礼を先に行ったのだ、ならば報復を受けるのが道理。あきらめよ』
ドラゴンの言葉にアーヴィンが言葉を失う。
誰かがダンジョンに入っているときに、ドラゴンに喧嘩を売ったようだ。
入口の監視からの話では、これまでにダンジョンに入り、帰還が確認できていないのはフレデリックのパーティである。
つまりは
「あいつ……何がしたいんだよ、もう……」
おとなしく魔法学院で活躍していれば平和に過ごせていただろうに、どうしてこんなことを起こしているのか俺にはわからない。
『立ちふさがるのであれば、命の保証はしない。それとも、我と戦いその力を示すか?』
目の前のドラゴンは誰かさんと一緒で脳筋らしかった。
その誰かさんは準備運動をしだして、ドラゴンに挑もうとしている。
「ドラゴンスレイヤーは一度は手に入れたい称号なのだ。このような機会があるとはジュリアンと一緒に来てよかったのだ」
「おいおい、無茶するなよ……死ぬかもしれないんだぞ?」
「私の一族で死を恐れないものはないのだ。戦いで死ぬのは誉れ、強い相手に挑まないのは腑抜けなのだ」
セリーヌの言葉にどんな蛮族なんだと、俺は頭を抱えた。
だが、セリーヌが挑むことでほかのパーティへの敵意は消えているのはチャンスともいえる。
「アーヴィン、ここは俺達”エターナルホープ”に任せて撤退してくれ、ドラゴンが出たことを伝えてAランクパーティを何とか来てもらえる頼んでほしい」
「ジュリアンさん! ダメです、あなたこそ先に撤退すべきです」
「ごめん、エレナさん。俺の磁力魔法であれば全力を出せばここを崩落させてあいつの逃げ道をふさぐこともできるんだ。だから、俺は残らなきゃいけない……エリカやレイナ、リサはアーヴィンと一緒に撤退していいぞ」
俺につかみかかって止めようとするエレナさんに対して、俺はセリーヌと共に残ることを告げた。
全員でかかれば何とかできる可能性もあるが、被害が逆に増えることも考えられる。
最小限に済ませるなら、俺とセリーヌくらいで十分だった。
「アホなこというなや、ここまで来たら最後まで一緒やで」
「ジュリ坊が倒れたらだれが連れていくにゃ」
「回復手段があるほうがいいでしょう? わたくしがいなければ明りもなくなりますわよ」
エターナルホープの3人は一緒にいてくれるらしい。
ドラゴンを前に頼もしい奴らだ。
いや、10歳の俺が残るのに帰れないといった意地なのかもしれない。
「エレナ、行くぞ」
「アーヴィン……」
アーヴィンに連れられて、”鋼の守護者”は去っていく。
『面白い、少しの間余興に付き合ってやろう』
ドラゴンは再び咆哮をあげ、セリーヌと向き合った。