■シュタイン商館・食堂
アーカナム古戦場での依頼から数日が過ぎた頃、朝食を食べていた俺にヴィルヘルム父さんが手紙を一枚持ってきた。
「父さん、この手紙は?」
「ああ、知り合いがね……ジュリアンを闘技場へ招待したいとのことで招待状をもらってきたんだ」
剣闘都市グラディアは今いるイーヴェリヒトから乗り合い馬車で5日間ほど行った場所にある街だった。
「あら、面白そうな場所ですわね」
「あちしも参加できるならしてみたいにゃね~」
朝食を一緒に食べている俺とヴィルヘルム父さんとの話にエリカとリサが混ざってくる。
この街に今、フレデリックがいて古戦場の件から見つかると絡まれたりして面倒くさかった。
それならば、俺らの方から街を少し離れてみるのもいいだろう。
「レイナはどうだ?」
「うちは工房があるから、長期で離れるのは問題やねん……別に冒険者として依頼で動くわけでもないなら、うち抜きでいってくるとええで」
確かにレイナのいうように冒険者の仕事としていくわけではないなら、パーティにこだわる必要はなかった。
回復はエリカの水の精霊でもフォローできるし、アンデットと戦うわけではないならポーションも過剰に必要はなくなる。
ただ、俺としてはここ数か月一緒に飯を食って、依頼を受けてきたので寂しいことには寂しかった。
これは恋とか愛とかなのだろうか……彼女いない歴の長かった俺には判断がつかない。
「なんや、ジュリアンはうちが一緒にいかなくて寂しいんかぁ~?」
ニヤニヤと笑いながらレイナが俺を見つめてきた。
見た目ロリッ子の癖に中身は大人なので、ドワーフは厄介である。
エリカくらい見た目が年上ならば、俺としても納得できた。
「べ、別に寂しくなんてねーよ。ヴィルヘルム父さん、せっかくだから行ってくるよ」
「お昼頃に馬車がでていくから、準備をしたら乗っていくといい……私の知り合いは闘技場の管理者であるルーカス・ブレイザーだよ。私の名前を出せばいろいろ協力してくれるだろうから、頼るといい」
ヴィルヘルム父さんに感謝をしながら、朝食を食べ終えた俺とエリカとリサは保存食をなどを買いに商業区へと出向くのだった。
■乗合馬車停留場
食料を買い込んだ俺らは馬車の停留場へと向かうとグラディア行の馬車へと乗り込んだ。
先客として身長が180cmはあろうかという大男が一等席に座っている。
男の両隣にはこれまたガタイのいい男がいた。
男くさくてあまり近寄りたくない。
「俺らは二等席にするか」
俺の気持ちを察したのか、エリカとリサは俺を挟むようにして二等席に座った。
ぽろぽろと人が入り、乗合馬車は定員になり走り出す。
イーヴェリヒトを出て、グラディアに向けて馬車はゆっくりと進んだ。
野宿や村で泊りながらの5日間の旅である。
「お前が……エターナルホープのジュリアンか?」
馬車で揺られている中、一等席の筋肉男が俺に話しかけてきた。
「そうだけど……それが?」
「俺は奴隷商人のグレン・ガイアクルスだ。噂はかねがね聞いているよ」
奴隷商人は初めてあったが、商人でもこんなムキムキなのがいるんだなと変に関心してしまう。
「そりゃどうも……グラディアには奴隷探しとかか?」
「イーヴェリヒトで鉱山奴隷を下ろして、グラディアには剣闘奴隷を見に行くところだな……そっちは何をしに?」
「闘技場から招待状が来たので、見に行ったりする予定かな」
俺らは情報交換をしながら、馬車の旅を続ける。
奴隷商人って、もっと嫌な感じの奴だと思っていたが、話してみると理性的で話しやすい感じだった。
見た目がゴリゴリのマッチョなのに意外である。
「グラディアは良くいくから、案内してやるよ。あそこは屋台飯がうまいんだ」
「あらあらあら、おいしい屋台があるのです? それはとっても期待してしまいますわ!」
ご飯の話がでたのか、エリカが俺とグレンの会話に混ざってくる。
本当にエリカは花より団子派だ。
ほほえましくて、思わず俺は笑ってしまう。
「ジュリアンさん、なんで笑うんですの! 失礼じゃありません?」
プンプン怒っているエリカを宥め、俺はグレンと話を続けた。
グレンは元々、裕福な商人の家に生まれたが、若い頃に家族を失い、過酷な生活を強いられてきている。
彼自身も一時期は奴隷として売られる寸前まで行ったが、自らの機転と知恵で逃げ延びたようだ。
アラサーらしいが、人生の厚みが俺とは違う。
「グレンさんは立派な奴隷商人ですのね。わたくしが知っている奴隷商人とは違うイメージですわ。同族の中でもさらわれて奴隷にされたという話もありますのに」
「あちしみたいな獣人も奴隷として狩られたりしているにゃね」
エリカはエルフだ。
美人が多いエルフは奴隷としての価値が高いというのは異世界ファンタジーあるあるだ。
イーヴェリヒトやルミナエアでは奴隷について触れたり、知る機会はあまりなかったが、この世界全体でみると奴隷がいたるところで活用されている。
「俺は今の奴隷制度を否定するわけじゃないが、不当な扱いを受ける奴らを減らしていきたい。だから、買い付けて適材適所で売り払っていっているんだ」
(まるで、転職エージェントとかだなぁ……ブラック企業の社員はある意味奴隷だし)
俺は前世でのことを思い返しながら、目の前の男に協力したいと思った。
「俺達でできることがあれば手伝わせてもらうよ。もちろん、タダじゃないけどな」
「そいつはありがたい。冒険者であり、大手シュタイン商会のお坊ちゃんとのコネは大金に値する」
ガハハと笑うグレンと俺は握手を交わす。
なんだかんだで、楽しい旅になりそうだった。