「やあやあクラリスさんに……そちらはアンナさんだったかな。キミたちもハイエルフ様へお参りかい?」
うっとうしそうな前髪をかきあげる青年エルフに、クラリスとアンナはキョトンとした顔。
「あれ、もしかしてセインくん?」
「急にどうしたんだセイン。確かに私たちはハイエルフ様へのお参りに来ていたが」
二人にセインと呼ばれた青年エルフは、恭しく貴族的な挨拶をする。
「これはこれは愚問を失礼したね。ボクもちょうどお参りに来たところさ。他でもないハイエルフ様に年男として選ばれたわけだからね」
「え、きみが年男なの!? わたしと一緒だね!」
意外な共通点にクラリスがご機嫌になっていたら、セインがクラリスの手をとって唇をつけた。
「へっ?」
「ハイエルフ様に選ばれたもの同士、これからはお互い仲良くしよう」
「なっ!?」
セインの突飛な行動にキョトンとするクラリスと、目を見開いて剣に手を掛けるアンナ。
なんかデジャブを感じるんだけど。
そんな俺はというと、反射的にセインの腕に噛みついていた。
「痛たたたた! 何をするんだこいつはぁ!!」
うるさい! お前こそクラリスにいきなり不埒な真似をしやがって!!
「ちょっとちょっと!? ダメだよダイナ~!」
クラリスに止められて俺は大人しく口を離してやる。
「クグルルル……!」
怒り心頭な俺だったけど、すぐにクラリスになだめられてしまった。
「まあまあ落ち着いてダイナ。セインくんに悪気があったわけじゃないんだし」
「クグルルル……!」
「わたしも気にしてないから、ね?」
クラリスに頭をポンポンと軽く叩かれて、俺の怒りもクールダウンする。
そんなクラリスにセインは大袈裟に困ったような素振りでこんなことを。
「全く、使い魔のしつけはちゃんとしておかないと困るよ……! ボクの美しい腕が千切れるかと思ったじゃないか」
「ごめんなさい……」
クラリスが謝ることねえって! ったくいけ好かないやつだぜセインって奴は。
そこへ口を開いたのはアンナだ。
「しかしセイン、お前もさっきのは突飛すぎたんじゃないか? 私もつい斬りかかりそうになったぞ」
「おう、それは怖いっ」
猛禽類のように鋭い目でにらみつけるアンナに、セインはおどけたように身を縮める。
「まあまあ二人とも。わたしのことを心配してくれたんだよね。その気持ちだけでも嬉しいよ」
「お、おう」
「クガ」
聖母のような微笑みを浮かべるクラリスに連れられて、俺たちは再び大樹様の根本に転移してもらうことに。
「全く、セインの奴は昔からああだ。クラリスももっと強く言ってやっていいんだぞ」
「まあまあ。セインくんだって悪い子じゃないんだし、それくらいは大目に見てあげようよ」
プンスコするアンナを優しくなだめるクラリス。
しっかしあいつは何だったんだろうな、年男だって言ってたけど今後もまたクラリスに絡んでくるんだろうか。
むっ、そう思ったら胸にチクりとトゲが刺さる感じがするぜ。
クラリスもいつかは意中の男と結ばれることになるんだろうか。
その時俺は? クラリスがそうなっても俺は彼女の隣にいられるのか?
もしかしたら捨てられるかも、いやクラリスに限ってそんなことするわけがない。
けど……。
言い様の知れない不安に苛まれた俺は、思わずクラリスの豊満なおっぱいに顔を埋めた。
「はわっ」
「クグルルル……」
嫌だ。俺はクラリスのそばにずっといたい。
どこにもいかないでくれ、クラリス!
不安を紛らすようにグリグリと顔をおっぱいに擦り付ける俺を、クラリスは優しく抱きしめてくれた。
「どうしたのダイナ? ……もしかして何か不安になったの?」
「クグルルル……」
「ダイナが何を考えているかは分からないけど、それでもわたしはずっと一緒だよ」
「クガァ」
クラリスの心優しい言葉に、俺の胸が晴れる思いだ。
そうだ、クラリスはいつだって俺のそばにいてくれたじゃないか。
これからだってきっとそうなんだ、なのに俺は不安でクラリスを疑っちまった……!
ごめん、クラリス。
そんな思いを込めて俺がおっぱいから顔を覗かせると、クラリスは俺の頭に手を置いてくれた。
「えへへ、いつもの可愛いお目目に戻ったね」
「急に取り乱すからどうしたかと思ったぞダイナ」
アンナも心配かけて悪かったな。
そうして不安が晴れた俺は、二人と一緒に今度はアンナの実家に足を運ぶことに。
「アンナちゃんのお兄さん、寂しがっていないといいね」
「兄さんに限ってそんなことはないだろう……。まあ小さい頃に
あの、さらっとアンナの辛い過去が出なかったか今?
里の外れにポツンと建つ小さな家、あれがアンナの実家か。
「帰ったぞ、兄さん」
アンナが家に入って声をかけても、返事はない。
留守なのか?
「お邪魔しまーす」
遅れてクラリスと俺も家の中に入ると、その奥にポツンと独りで佇むエルフの男がいる。
「兄さん、ただいま」
「……久しいな、アンナよ」
「久しぶりに会えて嬉しいよ、兄さん」
そう言うとアンナは兄と呼ぶ寡黙な男と抱擁を交わした。
アンナもあんな穏やかな態度するんだなあ。
……今のは駄洒落じゃないからな?
「……クラリスも一緒のようだな」
「えへへ、お邪魔します……」
アンナの兄の抑揚がない口に、クラリスはちょっと慣れない感じ。
しばらく沈黙したまま見つめ合うアンナと兄。
そんな二人の様子を見て、クラリスが俺の耳元に囁く。
「アンナちゃんのお兄さん、いつもああなんだよね……。わたしには何を考えてるのか分かんないけど、アンナちゃんには分かるみたい」
なるほど、兄妹同士だけで伝わることもあるのかな。
「……気の利いたもてなしはできないが、……ゆっくりしていってくれ」
「は、はい……」
独特すぎるこの空間で、俺たちは少し休憩をすることにしたのだった。