「それじゃあ料理に取りかかろうかしら」
「わたしも手伝うね!」
「あら、助かるわ~」
母と娘が仲睦まじく料理に取りかかるところを、俺は少し離れたところから見つめる。
そういやクラリスは料理も得意だったよな。
遠征の時もちょっとした素材でうまいスープとか作ってたっけ。
そんなことを回想していると、アンナも出てきて料理に加わろうとする。
「私も手伝おうか」
「アンナちゃんは休んでて。料理はわたしとママの二人で間に合ってるから」
「しかし、何もしないというのも……」
「や・す・ん・で・て、ね」
「あ、ああ」
なんだろう、笑顔のはずなのにクラリスの背後からどす黒いプレッシャーみたいなのを感じたんだが。
これにはさすがのアンナもすごすご退散して、居間でくつろぐことに。
俺もできることはなさそうだから、アンナと一緒にいようかな。
待つことしばらく、クラリスとママさんが木のテーブルに美味そうな料理を並べる。
「お待たせ~、夕ごはんできたわよ~」
「今日はわたしも手伝ったよ~!」
腕によりをかけたであろう料理の数々は、俺にはどれもキラキラと輝いているように見えて。
えーと、こんがり焼けたバケットパンに色とりどりのサラダとポタージュスープ、それから骨付きの鹿肉を焼いた奴か。
骨付き肉だけをとってもジューシーな香りの白い湯気が鼻をくすぐって、腹が鳴りそうだぜ。
「ダイナもどうぞ」
「クガッ」
ありがとよ、クラリス。
早速骨付き肉にかぶりつくと、口の中がジューシーな肉の旨味でいっぱいになった。
「クガーッ!」
夢中で骨付き肉を骨ごと頬張る俺に、ママさんは嬉しそうに微笑む。
「あらあら、美味しかったのね~。たくさんあるからもっと食べていいのよ?」
「クガッ!?」
え、いいのか!? そいつはありがたいぜ!
「やはりおばさんの料理はいつも美味いな」
「わたしも手伝ったんだよ~?」
「分かってる。クラリスも見事な料理だ」
「えへへ~」
アンナとクラリスのやり取りも見ててほのぼのするぜ。
「やっぱりママの食事は天下一品だ~!」
「あらあら、やめてよあなた~」
……お互いじゃれあうパパさんとママさんに至っては
本当に仲のいい家族だ、俺も前世でこんな家庭に生まれたかったぜ……。
両親の関係は離婚寸前まで冷えきってたし、俺もろくに話すらしなかったからな……。
しみじみと思い返していたら、クラリスが俺の頭を撫でてくれる。
「もちろんダイナもわたしの大切な家族だよ」
「クガッ!」
そうだよな、大切なのは今だよな。
今なら俺も幸せだって胸を張れるぜ。
「――ところで、私たちを里に帰ってくるよう促したのはどういう意図だ?」
ほんわかとしていたはずの団らんが、アンナの発言で不意に張りつめる。
「あ、あれ? どうしたのパパ? ママ?」
急に真剣な眼差しになった両親に、クラリスは戸惑いを隠せない。
「クラリスちゃん。里の記念祭があるのは分かるかい?」
「……あ、そういえば今ごろだったよね」
記念祭? 何のことだろう。
俺の疑問をよそに話は進む。
「それなんだけどね、クラリスが今年の年女になるわけなの。あなた、あと数日で百八十になるでしょ?」
「そういえばそうだった!!」
え、年女? 百八十?
俺には話の脈略が分からなくてちんぷんかんぷんなんだけど。
「クグルルル……」
「ダイナ、今すっごく大事な話してるんだけど……」
俺はクラリスの太ももに顔をすり寄せて、自分の気持ちを訴えかける。
そんな大事な話なら俺も入れてくれよ。
なんか俺だけ蚊帳の外だから、いろいろ教えてプリーズ。
「……もしかしてダイナも気になるの?」
「クガッ!」
「――どうやらダイナもこの話に加わりたいようだね。いいだろう、僕の口から教えてあげるよ」
それからパパさんが話してくれたのはこんな感じの内容だった。
エルフの里では年に一度、ご先祖様がここに定住するようになったこの日を祝う祭、記念祭があるとのこと。
そんで毎年里の中で百八十歳を迎えるエルフの男女一人ずつを年の男女として、その二人を中心に祭が進んでいくみたいなんだ。
――なるほどね、そういうことか。
……ん?
「クガァッ!?」
クラリスって今年で百八十歳なのかよ!?
確かにエルフって長寿な種族であるのがファンタジーでも有名な設定だったけどさあ。
「…………」
「ん、どうしたのダイナ? わたしの顔に何かついてる?」
見えない。よりによってこんなにピチピチで若々しくて無邪気なクラリスが百八十年も生きてきたなんて、俺には思えねえよ!
「そうか、クラリスももうそんな年か」
「三年後はアンナちゃんだね!」
「いや、私がその年の女になるかはまだ決まってないだろ……」
え、アンナってクラリスの三つ下だったのか!?
てっきり同い年だと思っていたんだけど。
「話を戻すけど、クラリスちゃんが年の女に選ばれたわけだから、この度は里に帰ってきてもらうことになったんだよ」
「そうだったんだ……」
あの……、衝撃の事実ばかりで俺の頭が置いてきぼりなんだけど……。