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第61話 眠りについたオシアノス

「しかしこのオシアノスをどうするか、だな。さすがにこのまま町に置いておけば人々の邪魔になるだろう」

「自分たち海の巫女が力を使えばあの洞窟までお運びできるのですが……」


 え、海の巫女の力でそんなこともできるのか?


 ソフィーの説明で同じように疑問を示したのはクラリスだ。


「海の巫女さんたちの力って?」

「簡単なテレキネシス魔法ではありますが、里のみんなで力を合わせればオシアノス様の輸送は可能でしょう。しかしあの巨体です、みんなの負担も馬鹿になりませんし、時間だってどうしてもかかるかと……」


 なるほど、海の巫女一族にはそんな力もあるのか。だけどそれに頼るにしても大変そうだな……。


 するとクラリスがこんなことを言い出す。


「それだったらわたし、もっとすごいことができちゃうかもよ?」

「すごいこと、ですか?」

「グル?」

「うん。実はねみんな、今日までの戦いでわたし新しい魔法を覚えたんだ~。瞬間転移テレポートっていうんだけどね、これを使えばオシアノス様を一瞬で移動させることができると思うの!」


 テレポート、聞かなくても分かるぜ。確か瞬間移動のことだろ?


「クラリス、いつの間にそんな大それた魔法を覚えたんだ……?」


 アンナがポカーンと口を開けているのをよそに、クラリスは石化したオシアノスに対して手を添えてこう言った。


「とにかくっ、早く始めよ! ――瞬間転移テレポート!」


 そう唱えた瞬間、クラリスを中心として俺たちの足元に光輝く魔法陣が形成される。


「それじゃあ行っくよ~! はああっ!!」


 クラリスがさらに魔力を込めた刹那、目の前が真っ白になった。



「……グル?」


 気がつくと俺たちは見覚えのある場所に立っている。


 苔むした壁面と背後で揺らめく水面みなも。間違いない、オシアノスと対面したあの洞窟だ。


「ここはまさか、あの洞窟か!?」

「はい、間違いありませんアンナさん。オシアノス様のねぐらです!」

「まさか本当に転移したというのか……? それも一瞬で……!」


 目を白黒させるアンナとソフィーのすぐそばには、クラリスとオシアノスの姿もちゃんとある。


「はあ、はあ、良かった……。初めて使う魔法だったけどうまくいって……」


 そう漏らした途端、クラリスの体勢がふらりと崩れようとした。


「クラリス!」


 アンナが慌てて駆け寄り、クラリスを抱き止める。


「……えへへ、わたしちょっと無理しすぎちゃったみたい……」

「全く、お前はいつもそうだ」


 疲労困憊といった感じのクラリスに、アンナはため息をつきつつどこか安心したような表情を見せた。


 あのテレポートもよっぽど大がかりな魔法だったのだろう。

 どんなにすごいことをしても、クラリスはいつものクラリスだったってことか。


 アンナがクラリスを抱き抱えたところで、俺たちはソフィーの力も借りて再び海の巫女一族の里に向かうことにした。


 ――今回の成果を報告するために。


 ちなみに戦いも終わったので、俺は小さな姿に戻った。


 洞窟を出てから不思議な空間を通って里の入り口に足を踏み入れると、里の人たちが口々にオシアノスの安否を尋ねてくる。


「ああ、よくご無事で! オシアノス様は……?」

「オシアノス様はご無事なんですか!?」

「あの、その……」


 殺到する里の人たちにソフィーがおろおろしていると、それを遮るように駆けつけてきたのはソフィーの兄貴こと巻き貝帽子のグリスだ。


「皆のもの、気持ちは痛いほど分かるがこの者たちもお疲れなのだ。少しそっとしていただきたい」


 その言葉に里の人たちは素直に従い、それぞれの場所に戻っていく。


 この兄貴、意外とかっこいいとこあるじゃねえか。


「クガ」

「何だその目は。……まあいい」


 ……そんな素っ気ない態度はないだろ、グリスよ。


「……ありがとうございます、お兄様」

「妹を守るためだ、礼には及ばない。――長老様もお待ちになっている」


 そう言うとグリスは俺たちを長老の家に連れていってくれた。


「長老様。ただいまソフィーたちがお戻りになりました」

「入れ」


 長老様の許可でクラリスたちが靴を脱いで上がると、囲炉裏の奥で長老様が正座して待っているのが目につく。


「ソフィーよ。オシアノス様のことについて報告を頼むぞ」

「はい。オシアノス様はこちらのダイナさんが止めてくださいました。そしてオシアノス様も深い眠りについてしまわれましたが、命に別状はございません」

「そうか。――お主らよ、海の平和のみならずオシアノス様をも救っていただき、礼を言うぞ」


 深々と頭を下げた長老様に、クラリスとアンナがおろおろとうろたえた。


 これもいつものことだな……。


「そんな! わたしたちは特別なことなんて何もしてません!」

「そうだ! ダイナが称賛されることはあれど、私とクラリスなど……!」


 感謝と遠慮の押し問答が少し続いたところで、クラリスが控えめにこんなことを。


「あの……長老様。そもそもオシアノス様って何者だったんですか?」


 クラリスの問いに、長老様は咳払いをしてから話を始める。


「確かにお主らには話しておらんかったのう。……少し長い話にはなるが、よいかの?」

「はい!」

「是非話してくれ」


 それから始まった長老様の話は、前世での朝礼であくびをしながら聞き流してた校長の長話くらいだらだら長かったので、要約するとこの通り。


 まず海の巫女一族の祖先たちは、千年以上も昔に東方の島国からこの国に渡ってきたそうだ。

 だけど異国には簡単に馴染めなかった祖先たちは旅を続け、このアラナギ海岸に行き着いたところで出会ったそうな。

 そう、あのオシアノスとだ。

 当時海の主として君臨していたオシアノスは、居場所のない祖先たちを憐れんだ。

 そんなオシアノスは不思議な力で表の世界とは隔絶した亜空間を作り、祖先たちに譲り渡したというのである。

 それにいたく感謝した祖先たちはオシアノスを守り神として崇めたってわけ。


「――そして我々は海の巫女一族として、安住の地をくださったオシアノス様への信仰を永い年月の間ずーっと受け継いできたというわけじゃ。――分かったかの?」

「はい、いつ聴いても大変素晴らしいお話です!」


 そう目をキラキラ光らせて称賛するのはソフィーだけで、あとのみんなは俺を含め長話にゲンナリしていた。


「うう~、足がビリビリするよ~!」

「これは何かの修練だったのか……?」


 そんな俺たちに長老様は快活に笑う。


「ほっほっほ、まあよその者にはちぃとばかし退屈すぎたかのう。……クラリスよ、この者たちを白仙の秘湯に案内してやれ」


「白仙の秘湯に、ですか!?」


 ソフィーがビックリしてるところ悪いけど、ここには秘湯なるものもあるのかー!?

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