「これが……海の巫女一族の里……!」
「きれ~い!」
美しい里の光景に感動するアンナとクラリス。
確かにこいつはきれいだ。乳白色に煌めく水で満たされた棚田みたいなのももちろんだけど、コミューンフィッシュとやらがそこら中をヒラヒラ漂ってるのもなんか見てて癒されるぜ。
「この美しい里を我々一族が代々守り継いできたのです。さあ長老様のもとへ向かいましょう」
感慨深そうに語ってからソフィーが案内しようとしたのも束の間、水の矢みたいなのが俺たちの足元に飛んできた。
「はわわっ!?」
「何事だ!」
突然の攻撃で身構えるクラリスとソフィーの前に、近くの木陰から姿を現したのは二人の青年。
あの魚のヒレみたいな耳、ソフィーの仲間か。
だけどなんでだろう、二人ともこっちに敵意を滲ませてやがる。
「なんでてめえらみたいなよそ者がいやがるんだ!?」
柄悪そうに怒鳴り散らすのはウニみたいに髪がツンツンとしていて、切っ先が三叉に分かれた槍を持ってる方の青年。
とりあえず
個体名:サザン・ガゼラ
種族名:マーフォーク
なるほど、こいつの名前はサザンか。そんで種族もソフィーと同じっと。
「よそ者って! わたしたちソフィーちゃんに連れてきてもらったんだよ!」
クラリスの言い分に眉を歪めたのは、巻き貝みたいな帽子を被っている方の青年だ。
こっちも見てみよう。
個体名:グリス・マリノス
種族名:マーフォーク
こっちがグリスって名前か。
……ん? マリノスって名字、ソフィーと同じだな。もしかして兄妹か?
「ソフィーが? 里によそ者を連れ込むなど、どういうつもりだソフィー」
「聞いてくださいお兄様! この人たちをお連れすることは長老様にキチンとお話ししてありま……」
ソフィーの弁明にツンツン髪のサザンが割り込む。
「んなわけあるか! 長老様がそんなこと許すわけねえだろ!?」
怒鳴りながらそう反論するや否や、サザンが三叉の槍を手に突っ込んできた。
「っ!」
すんでのところでそれを剣で受け止めるアンナ。
「どうやらお前たちは我々を歓迎しないようだ、な!」
槍を跳ね返したアンナは、剣を構えてこう告げる。
「そちらが敵意を示すなら、私も相応の応えを示すまで!」
それからアンナはサザンとつばぜり合いを繰り広げることに。
「お二人とも落ち着いてください! アンナさんもサザンも戦う理由などないはずです! ――きゃっ!?」
必死に弁明しようとするソフィーとクラリスの間に、再び水の矢が炸裂する。
「よそ者を里に入れてはならない、掟は絶対だ」
冷徹に吐き捨てる巻き貝帽子のグリスは、ソフィーのとよく似た扇を片手に水の玉を形成し始めた。
「あれはお兄様の魔法! まさか本気なのですか……!?」
「――よそ者は排除する」
顔面蒼白なソフィーをよそにグリスが水の玉をクラリスに向けて発射する。
クラリスに当てさせるかよ!
前に躍り出た俺に、放たれた水の玉はビシャッ!と弾けて霧散した。
「ダイナ! 大丈夫!?」
「クガッ」
俺は大丈夫だぜ、クラリス。
この新しい鎧は前にも増して頑丈なんだ。
そんなことよりもクラリスに手を出そうとしたこと、見逃すわけにはいかねえぜ!
俺は漆黒の牙が並ぶ
「ぬっ!」
だけどグリスの扇捌きと共に展開されたバリアで阻まれてしまった。
バリア持ちか! それなら力で押し込むまでだ!
渾身の力で一歩を踏み出すと、俺の体がものすごい勢いですっ飛んでいった。
「クガアアアアアアア!?」
「ダイナあ~!?」
のわあああああ止まんねえええええええええ!!
「ぐはあっ!?」
巻き貝帽子のグリスにぶつかっても勢いは衰えるどころかさらに増していって、もみくちゃに転がりながら行く先々の棚田の煌めく水面をぐちゃぐちゃにして、ずっと先にあった丘に衝突してやっと止まった。
「グルルルル……」
痛……くない。
土煙を盛大に巻き上げるほどの衝突でも痛くも痒くもなかった。
「…………」
一方巻き込まれたグリスはすっかり目を回して気絶している。
「何事だ……!?」
「グリスに覆い被さってるそいつは……!?」
「よそ者だ……!」
「よそ者だ!」
気がつくと周りをヒレ耳の奴らが囲っていて、俺は口々に非難を浴びせられていた。
「クギュルルル……!」
いやいや、先に喧嘩売ってきたのは、足元でのびてるこいつだし!
なんで俺がそんな目で見られなきゃなんだよ!?
俺が戸惑っていたところ、少し遅れてクラリスたちも追いついてくる。
「ダイナ~! 急にどうしちゃったのー!?」
「クガッ?」
「どうやらダイナ
「――お兄様! しっかりしてくださいお兄様ぁ!」
成り行きで気絶させてしまったグリスを起こそうとするソフィー。
だけど集まっていた奴らは、今度はソフィーに非難の目を向けた。
「ソフィー……まさか!」
「あんたがこのよそ者を……!?」
「我々を裏切るというのか!?」
「ち、違います! 自分は決して皆さんを陥れようなど……!」
慌てて弁明しようとするソフィーだけど、ヒレ耳の奴らの目は厳しくなるばかり。
こんな針のむしろ的状況でオロオロするしかない俺たち。
「お主ら鎮まらんかあああああ!!」
この状況を打破するように喧騒を切り裂いたのは、いつの間にか姿を現していた一人の老婆だった。