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第55話 ソフィーの決心

「海の巫女一族の里、だと……?」


 突然の提案に目を丸くするアンナに、ソフィーは続ける。


「はい。狂気に囚われてしまったオシアノス様をお救いするには、あなた方のお力が必要だと自分は思うのです。……そのためには一度長老様に会っていただく方がよろしいかと」


 なるほど、ここで一度ソフィーの仲間とも顔をあわせとく必要があるわけだ。


 だけどそれにクラリスが疑問を唱える。


「でも海の巫女一族って外との交流を絶っているんだよね? わたしたちエルフ族も結構よそ者に厳しいから分かるけど、いきなり押しかけて簡単に許してくれるのかなあ?」


 ここでクラリスたちエルフの故郷の話がさらっと出たな。初耳だぜ。


「ご心配なく。自分たち巫女一族には独自の連絡手段がありますので」


 そう言ったソフィーが一瞬外に目配せしたときだった、半透明な熱帯魚のようなものが窓をすり抜けて彼女の耳元に漂ってきたんだ。


「それは?」

「コミューンフィッシュ、海の巫女一族をはじめとしたマーフォーク族に仕える精霊です。そちらでいう使い魔に近いイメージかと」

「海の巫女一族ってそんなこともできるんだ~」


 クラリスが口をポカーンと開けるのをよそに、ソフィーはコミューンフィッシュとやらに何かを伝えるようにささやいている。


 少し待つとコミューンフィッシュは漂うようにどこかへ去っていき、それに伴ってソフィーがこんなことを。


「長老様にお三方のこと報告しました。明日の朝には返事が来るはずです」

「独特な通信手段があるものだな……」

「ビックリだよね~」

「それではアンナさんにクラリスさん、自分はここで失礼させていただきます。皆さんもゆっくり休憩してくださいな」


 そう伝えるとソフィーは自分のとった部屋に戻っていった。


「海の巫女一族の里か。どんなところなのだろうな」

「閉鎖的っていうからエルフの里と同じであんまりいいイメージじゃないかなあ……」


 ベッドに腰かけてそれぞれの思いを呟くアンナとクラリス。

 そんな二人の膝元に、俺はひょいっと飛び乗った。


「はわっ!? 前よりもダイナおっきくなったからビックリしちゃったよ~」

「これだけの大きさになると、少し重いな」

「クルルルル……」


 猫みたいに喉を鳴らして二人に顔を擦り寄せると、クラリスたちはまた笑みを見せてくれる。


「大きくなっても甘えん坊さんなのは変わらないんだね~。よしよし」


 クラリスのなでなでも変わらず心地いいぜ。


「全く仕方のないやつだ」


 アンナもやれやれとため息をつきながらもどこか和んでいるように見える。


 そうして束の間の和やかな雰囲気を噛みしめながら、俺たちは少し早い休息に入る。


 翌朝起きた俺たちのもとに、早速ソフィーがやってきた。


「……皆さんお待たせしました。長老様から許可を頂けたので、これから海の巫女一族の里に行きましょう」

「それはいいんだけど、ソフィーちゃん大丈夫? なんか顔色悪いよ~?」


 クラリスの言う通りソフィーの顔には深いくまができていて、いかにも寝不足といった感じ。


「あの後よく眠れず……はっ、いえいえお気遣いなくっ」


 アワアワと手を振り乱すソフィーに、クラリスは苦笑いをする。


「大変だったんだね……お疲れさま。休まなくていいの?」

「何を言っているんですか、長老様を待たせるわけにはいきません!」


 空元気を張るソフィーに急かされて、俺たちは海の巫女一族の里に向かうことになった。


「ここは……?」

「何にもないよ?」


 アンナとクラリスがポカーンとするのも無理はない、ソフィーが案内したのは町から少し離れた海岸の外れだったのだから。


「本当にここでいいのか?」

「もちろんです。少々お待ちくださいませ」


 そう言うとソフィーは扇を片手に不思議な舞を踊り始める。


「~~~~」


 舞いながら意味不明な呪文みたいなのを唱えるソフィー。


 彼女が舞い終わった瞬間、目の前がおぼろげに揺らいで洞穴のような入り口が突然姿を現したんだ。


「なっ!?」

「さっきまでこんなのなかったよねえ! 一体何したの!?」

「クギャッ!?」


 突然のことに驚愕を隠せないアンナとクラリス。

 正直俺もぶったまげたぜ。


「今のは里への入り口を開く合言葉みたいなものです。さあ行きましょう」


スタスタと歩いて入り口を通るソフィーの後に、俺たちも続く。


 薄紫色にぼんやりと光る洞穴の壁に見守られながら、俺たちは進む。


「なんか不思議な空間だよね~」

「ああ。まるで異なる世界の入り口のようだ」

「クガッ!?」


 異なる世界だと!? まさかね……?


「どうしたのダイナ? そんなに驚いて」

「グルグルッ」


 おっと、クラリスに余計な心配かけるわけにはいかないぜ。


「――もうすぐですよ」


 ソフィーがそう告げると同時に俺たちの目の前がパアッと晴れる。

 次の瞬間には乳白色に煌めく水で満たされた、まるで棚田のような光景が広がっていた。

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