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第50話 健気なソフィーの盲信

「グエエエエン!!」


 オシアノスの口に凝縮されようとする、膨大な水のかたまり。


 さっきの渦潮をまともに受けてしまった俺とアンナはまだ体勢を立て直せずにいる。


 その時だった、俺たち二人を庇うようにソフィーが前に出たんだ。


「お願いです、目を覚ましてくださいオシアノス様あ!!」

「ソフィー! 今前に出たら危ないぞ!」


 アンナが叱咤したのも束の間、オシアノスの口からとてつもない勢いの鉄砲水が放たれる。


 マズい、これをソフィーが食らったら間違いなく木っ端微塵になるぜ!?


「グルウウウン!!」


 痺れる身体に鞭打った俺が、この巨体でソフィーとアンナを庇う。


 刹那、とんでもない衝撃が全身を伝い、身体から力が抜けていくのを感じた。


「グルルル……――クカァ……」

「ダイナ!」

「ダイナぁ~~!!」


 倒れた俺に駆け寄るアンナとクラリス。


 低い目線からして俺はまたちび恐竜に戻ってしまったのだろう。


 すると今度は洞窟内がドドドと轟音を立てて振動し始めた。


「マズい! 今の衝撃で洞窟が崩れるぞ!!」

「そんな!」

「ここは一旦退散だ!」

「うん! ダイナ、こっちだよ」


 クラリスに抱き抱えられたところで、アンナとクラリスが元来た方に退却する。


 だけどソフィーは暴れ狂うオシアノスから離れようとしない。


「死にたくなければお前も来るんだソフィー!」

「オシアノス様、オシアノス様あああああ!!」


 オシアノスの方に手を伸ばして悲痛な叫びをあげるソフィーをアンナが強引に引っ張って、俺たちはひとまず洞窟を脱出することになった。


 幸いソフィーの魔法はまだ効果を発揮してたみたいで、洞窟に続く水路を伝って外に出ることができた。


 洞窟を出るなりクラリスが俺に治癒魔法をかけてくれる。


治癒施術ヒール


 クラリスの両手から放たれる優しい光で、俺の身体から痛みがすぅ……っと抜けていった。


「クカァ……クカ?」

「良かった……! ダイナが無事で何よりだよ~!」


 すくっと立ち上がった俺を、クラリスが再び抱き締める。


 わぷっ、さっきまでは意識も絶え絶えだったから感じなかったけど、やっぱクラリスのたわわなおっぱい柔らけー!


「クケケケぇ」

「全く、元気になった途端いつもの調子か」


 口元が緩むような心地の俺に、アンナは呆れたように肩をすくめていた。


 その一方でソフィーは魂が抜けたように放心状態となっている。


「ソフィーちゃん……。――無理ないよ、だって今まで大切に思っていたオシアノス様があんな怪物になっちゃったんだもん」

「それもそうだな……。とりあえずこんなところにいても仕方がないから戻ろう」

「そうだね。――ソフィーちゃんも歩けそう?」

「……はい、自分は大丈夫です」


 クラリスがソフィーの手を取ったところで、俺たちは一旦宿に戻ることにした。


「――しかしあの怪物、相当な強敵だな」

「巨大化したダイナでも全然敵わなかったもんね……」


 作戦会議をすることにしたエルフ二人だけど、さっき戦ったオシアノスの圧倒的強さにうなだれる他ないみたいで。


「クゥ……!」


 かくいう俺も自分の弱さに歯をギリリと噛み締めることしかできなかった。


 巨大化すれば無敵だと思っていたけど、オシアノスを前に全く歯が立たなかった。

 悔しくてたまらないぜ。


 そんな俺をクラリスは自分の膝に乗せて優しくなでてくれた。


「気にすることないよダイナ。だってダイナもすごく頑張ってたんだもん、わたしには分かるよ」

「クカア……」


 クラリスに慰めてもらえるのは嬉しいけど、俺が負けたことには変わりがない。


 そう思うとなんだか空虚ささえ感じてしまう。


 ふとアンナがソフィーにこんなことを訊ねた。


「そうだソフィー、あのオシアノスは昔からああだった訳ではないだろうな?」

「とんでもありませんっ。自分も滅多に顔合わせすることはなかったですが、オシアノス様はいつでも凪のように穏やかで、この海の命全てを見守ってくださっていたのです」

「ソフィーちゃん、オシアノス様が本当に大好きなんだね」


 クラリスの何気ない言葉で、ソフィーが顔をポッと真っ赤にする。


「大好きだなんて、自分なんかがそう思うのもおこがましいです! 海の巫女一族の使命として奉ってる自分などがオシアノス様を……!」

「自分の思いには素直になっていいんだよ、ソフィーちゃん」

「はうう~!」


 ニコニコ微笑むクラリスに、ソフィーは頭から湯気が出そうな勢いだった。


 そんな二人にアンナは改めて切り込む。


「そんなオシアノスだが、異変はいつからだ?」

「……実は今月の初めなんです、オシアノス様の魔力が乱れ始めたのは」

「今月の初めって、海の魔物が活発になったのもその時期だよね?」

「はい、クラリスさん。これもおそらくは偶然ではないでしょう。オシアノス様……」


 両手をギュッと結んで守り神を案ずるソフィーが、俺にはどこかやりきれなく見えてしまった。


「明日またあの洞窟の近くに行こう。まだオシアノスがいるはずだ」

「行ってどうするのですかアンナさん? ……まさかオシアノス様を殺すなんて言わないですよね!?」


 ソフィーの悲痛な口調に、アンナはどもってしまう。


「……殺す以外に解決の糸口があればいいのだがな」


 この言葉をきっかけに、この場のみんなが沈黙してしまった……。

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