その後も時折襲ってくる盗賊や魔物を退けながら進むこと三日、馬車に乗った俺たちは山を越えて港町ナギサに到着した。
「ここまで乗せてくださり、ありがとうございました!」
「いやいや、むしろここまで護衛してくれて助かったよ」
馭者と別れたところで、俺たちは早速ナギサの町並みを歩いてみる。
立ち並ぶ建物が白一色で、町の至るところを運河が流れている。
これが海沿いの町ってやつか。
だけど町行く人たちはまばらで、店の活気も今一つ。
「あれれ~、なんかみんな元気ないよー?」
「店もほとんど閉まってるしなあ。とりあえずこの町のギルドで話を聞こう」
そう言ったアンナがギルドに向かおうとしたのを、クラリスが止めた。
「待って、アンナちゃんギルドの場所分かるの?」
「分からん」
即答かよ!?
「それだったら町の人に聞いた方がいいよー。――すいませ~ん!」
クラリスが呼び止めたのは、通りすがりのおばさん。
「あら、見ないお嬢ちゃんたちだねえ。どうしたんだい?」
「あの~、実はわたしたちこの町のギルドを探していて。どこだか知らないかなあ?」
「ギルドなら海のすぐそばにあるよ。そうだね~、ここならあっちの方角かしら」
「ありがとうございます、おばさん」
おばさんに示された方向に、クラリスたちは向かうことにした。
「知らないところではこうやって町の人に頼った方がいいんだよ、アンナちゃん」
「うーむ、それは分かっているがどうもためらってしまうのだ」
やっぱアンナは警戒心が強いというか少し人見知りなところがあるか?
そんな会話をしながら向かっていた俺たちは、海のすぐそばに木造の簡易的な小屋があるのを見つける。
「まさかあれがギルドなのか……!?」
「さっきのおばさんの言う通りだとあれになるんだけど……」
アンナとクラリスが不思議そうな顔をするのも無理はない、その建物はギルドというよりは俺の知る海の家に近い風貌だったのだから。
「すみませーん」
木の扉を開けて中に入ると、木の座席があちこちに散在している空間の奥に受付があるのが目に入る。
「ずいぶんと寂れたギルドだな」
「ここってホントにギルドなのかなあ?」
「――ええ、ここは確かにギルドよ。失礼しちゃうわね」
「ふえっ!?」
「誰だ!」
突然屋内に響いてきた女性の声にビビるクラリスと、剣に手を掛けるアンナ。
「クカッ!」
俺もバッグから飛び出して警戒の体勢に入ると、受付の奥から露出の激しい格好をした妖艶な女の人が姿を現す。
「お前は……?」
「あら、驚かせちゃったわね。あたしはビアンカ、ここのギルドマスターよ」
「ギルマスさんでしたか! 良かった……」
豊満な胸をほっと撫で下ろすクラリスに、ギルマスのビアンカさんが問いかけた。
「珍しい客ねえ。こんなところに何の用で来たのかしら?」
「はい。あの~、実はわたしたちブラウンのギルドから依頼を受けて来たのですが」
え、俺たちの住んでる街ってブラウンなんて名前だったのか!?
今さら知った事実に目を丸くする俺をよそに、クラリスとアンナはギルド証を提出する。
「確かにブラウンのギルド証ね。依頼っていうと、海の魔物たちの討伐かしら?」
「そうだ。詳しいことはこのギルドで聞くように言われているので教えてほしい」
アンナの補足を受けて、ビアンカさんは説明を始めた。
「実はね、今月になってから海の魔物が活発になっているの。それで漁やビーチ事業など海に関する商いはみんな停滞、町も活気がなくなって困ってるってわけ」
「それでみんな元気がなかったんですね……」
あごに指を添えるクラリスに、ビアンカさんは続ける。
「そういうこと。だからあんたたちには海の魔物を退治してほしいの。できるわね?」
「もちろんだ。任せてほしい」
「この町の活気も戻るよう、精一杯頑張ります!」
「ありがとう。期待してるわ」
こうして俺たちは改めてこの依頼を進めることになった。
その後詳しい話を聞いたクラリスたちは、ひとまず宿を探すことに。
さすがにすぐ魔物討伐ってのは体力的に厳しいからな。
俺たちが泊まることにしたのは、俺の知る鯛みたいな魚が看板の宿屋。
早速入ってみると、すっかりくたびれたようなおじさんが出迎える。
「あのー、しばらくこの宿に止めてもらえないかなあ?」
「おお、お客様ですか。どうぞどうぞ、こちらの宿屋でよろしければ」
快く受け入れてもらえたところで――俺は大人しくバッグの中に隠れていた――、クラリスが簡易なベッドに腰を掛けた。
「宿屋の主人なのかなあ、あの人も元気なかったね」
「そうだな。どうやらこの問題、思ったよりも根が深そうだ」
二人とも眉にシワを寄せて深刻そうな顔をしてるので、俺はそれぞれの身体に顔をすり寄せてみる。
「ありがとうダイナ。気遣ってくれてるんだよね?」
「クカ」
「お前はやはり妙に人間臭いところあるよな」
人間臭いというか元人間ですので。
そんなことはおくびにも出さずに、俺はクラリスの膝に飛び乗った。
「えへへ、よしよ~し」
「クルルルル」
やっぱクラリスになでられるのは気持ちいいぜ。
そんなこんなでクラリスに癒されていたら、主人から食事の知らせが。
「それじゃあ行ってくるね。お利口にしてるんだよ?」
「クカッ」
クラリスたち二人が食事の間、俺は部屋でお留守番だ。
*
クラリスたちが下の階に下りると、テーブルには白身魚を揚げたようなものとパンが置かれている。
「こんな粗末なもので済まない」
「ううん、わたしたちは大丈夫だよ。海の魔物のせいなんだよね?」
クラリスの確認に主人が重々しくうなづいた。
その隣には町娘を思わせる少女もいる。
「お姉さんたちが海の魔物をやっつけてくれるってほんと?」
「うん、ホントだよ」
「危ないよ?」
「大丈夫、お姉さんたち強いから。この町のこともなんとかしてあげるから、心配しないでいいんだよ」
そう説明しながらクラリスは娘の頭をなでる。
「娘を気にかけさせて済まないねえ。孫娘のピアでこの宿の手伝いをやってくれているんだが、最近客が来なくてこんな調子でしょんぼりしてるんだ」
「そうなんだ……」
頭を悩ませていたクラリスだが、いつの間にか揚げた白身魚を口にしていた。
「うん、美味しいね! これお魚だよね? わたしお魚は初めてだよ~!」
クラリスの感想で、ピアの顔にパァ……と光が宿される。
「えへへ。このフィッシュフライね、ピアが作ったの」
「ピアちゃんが!? すごいね~!」
「えへへ。今はお魚これしかないけど、普段はもっといろんなお魚料理があるんだよ」
「そうなんだ! それなら俄然やる気が出てきたよ~!」
ふんすと鼻息を豪快に鳴らすクラリス。
クラリスたち二人は初めて食べる魚料理で英気を養うのであった。