翌朝から俺たちは村を出発して、馬車で無限草原に向かっている。
出発してからみんな黙り込んでこんな調子だ。
この沈黙はちょっと居心地悪いぜ。
一番近くのクラリスに目を向けると、彼女は震える手を組み合わせている。
「クルルルル……」
「あ、ダイナ。……もしかして心配かけちゃってる?」
俺に気づいたクラリスは、胸の内を隠すように愛想笑い。
「わたし、やっぱり怖いのかな……? みんながいるから心配なんて何にもないはずなのに……」
うつむくクラリスの手に、アンナが優しく手を重ねる。
「――案ずるなクラリス。最低でもお前は私が必ず守る」
「アンナちゃん……」
「それに勇者マルスたちがいるんだ、負けたりなんかしない」
「そうだよね。うん、ビクビクしてたって何にも始まんないよ!」
良かった、クラリスも立ち直ったみたいだ。
さすがアンナだぜ。
俺もあんな風にクラリスを元気づけられたら良かったんだけど……。
そう思いに耽る俺の頭に、今度はクラリスの手が添えられた。
「ダイナもわたしを気にかけてくれてるんだよね。ありがとう、わたしには分かるよ」
「クカ……」
その時俺は思ったんだ、この娘のためなら俺は命だって惜しくないって。
そんなこんなでしばらくすると、チャオが一声あげた。
「見えてきたニャ!」
「これは……!」
見通した先の正面は、だだっ広い草原が広がっているはずなんだけど。
「こいつは派手にやってくれたっすね……」
辺り一面に広がっていたのは黒く焼け焦げた草原の大地だった。
早速みんなで馬車を降りると、まずクラリスが地面に積もる灰を摘まむ。
「ひどい……、ここには小さな生き物たちだって生きていたはずなのに」
名前も知らない命の消失に心を痛めるクラリス。
すると突然、アンナとチャオが慌てて空を見上げた。
「上だ!」
「いたニャ!」
ワンテンポ遅れて見上げた空には、巨大な影が宙に浮いているのが見える。
その影は俺たちに気づいたのか、急降下をしかけてきた。
「グオオオオオオオオン!!」
「みんな! よけろ!」
マルスの指示でみんなが咄嗟にその場を飛び退くと、巨大な影がズシン!と地響きを立てて着陸する。
「グルルルル……」
土煙が晴れた先に立ちはだかっていたのは、絵に描いたような赤く巨大なドラゴンだった。
「こいつがレッドドラゴン……!」
「グオオオオオオオオン!!」
身構えるアンナに恐ろしげな咆哮を浴びせるレッドドラゴン。
こいつも俺の
すると咆哮の圧でアンナが吹き飛んだ。
「うわああ!!」
「アンナちゃん!!」
クラリスの呼び掛けでアンナはヒラリと着地する。
「大丈夫!?」
「ああ、私は平気だ。それよりも気をつけろ、奴は間違いなく強敵だ……!」
強敵と認めたレッドドラゴンを見据え、歯をギリリと噛みしめるアンナ。
「みんな! 力を合わせて奴を倒すんだ!」
マルスの号令でみんながそれぞれのポジションに入る。
もちろん俺もバッグから出て戦いに参加するぜ。
あの時みたいに大きくなれば俺だって……あれ、そういえばどうやって大きくなるんだっけ!?
自分のステータスを見ても巨大化の方法が分からず、俺は呆然としてしまう。
「グオオオオオオオオン!!」
それもつかの間、早速レッドドラゴンが口からものすごい勢いの火を吹いてきた。
「
すかさずクラリスが魔法を唱えることで、ドーム状のバリアが張られてレッドドラゴンの火を防ぐ。
「う、うう……っ!」
だけどクラリスは歯を食い縛って持ちこたえるので精一杯な様子だ。
「我輩が奴の炎を止める!
続いて屈強なロックが全身に赤く焼けたマグマのような鎧を身にまとい、クラリスのバリアから出て火をかき分けながらレッドドラゴンの懐に突っ込む。
「でやああああ!
「ゴガア!?」
突き出したロックの盾が、レッドドラゴンの口につっかえて火をせき止めた。
「今だ、みんな! ――
「
すかさずマルスの光輝く剣とアンナの雷電を宿した剣が、レッドドラゴンの身体に振り下ろされる。
その途端マルスの剣がレッドドラゴンの赤い鱗をザクッ!と切り裂いた。
「グオオオオオオオオン!!」
悲鳴ともとれるレッドドラゴンの咆哮で、懐に飛び込んでいた三人が吹っ飛ばされてしまう。
「ぬうう!?」
「くっ!!」
「うわあ!!」
吹っ飛ばされつつもしっかり着地して体勢を立て直すアンナたち三人。
そんな俺たちを見据えるように、レッドドラゴンはどっしりと構えている。
「空を飛べるのに敢えてこっちの地上戦に応じるなんて、大した自信っすね……!」
「それならそれで奴の慢心を後悔させるまでだ!
脚に風をまとったアンナが俊足で再びレッドドラゴンに接近。
「
雷電を宿した剣で今度は奴の翼に斬りかかる。
「くっ!」
だけどアンナの太刀筋では翼の膜にほんの小さな傷をつけるのが精一杯のようで。
「グオオオオオオオオン!!」
「ぐあっ!?」
逆にレッドドラゴンの翼の一振りで、アンナが地面に叩きつけられてしまった。
「アンナちゃん!!」
慌てて駆け寄ったクラリスが、痛みに疼くアンナを介抱する。
「待ってて、今治してあげるから! ――
クラリスの手から放たれる優しい光で、アンナの傷はたちまち癒えていった。
「すまない、クラリス」
「先走りすぎだよアンナちゃん! もっと気をつけないと!」
「そうだな。気をつけよう」
「――来るっす!」
サラの警告で振り向いたクラリスたち二人に、レッドドラゴンが
させるかあ!
「――グルル?」
だけど俺の放った石では奴の鱗に傷ひとつつけられず、逆に奴の怒りを買ってしまった。
それでも引き下がるわけにいかねえんだよ!
「クカアアアア!!」
食らえ、
白く光らせた牙でレッドドラゴンに食らいつこうとした俺だけど、奴の顔面がデカすぎてうまく噛めなかった。
「カゴッ!?」
「ダイナあ!!」
「――
俺の小さな身体が振り払われると同時に、チャオの矢がレッドドラゴンの目頭に射られる。
「ギシャアアアアアア!!」
レッドドラゴンの悲鳴が耳に届くと同時に、俺はチャオに受け止められた。
「大丈夫ニャ!?」
「……クカ」
「ダイナきゅんになんてことをお!!」
躍起になって突っ込もうとするサラを、ロックが呼び止める。
「待てサラ! 闇雲に突っ込んでもこちらが不利だ!」
「分かってるっす! 分かってるすけどボクは……!」
次の瞬間、間髪いれずに振るわれたレッドドラゴンの尻尾がロックとサラをはね飛ばした。
「うぐうう!!」
「うあああ!!」
派手に地面を転げる二人に、レッドドラゴンが迫る。
「ギシャアアアアアア!!」
「――
すかさずクラリスが魔法の蔓でレッドドラゴンをどうにか絡めとろうとするけど、奴の怪力ですぐに引きちぎられてしまった。
「そんな!」
顔を青ざめるクラリスに、レッドドラゴンの鋭い眼光がギロリと向く。
「あ、ああ……!」
「させるか!」
腰を抜かすクラリスを庇うようにアンナが前に出た瞬間、レッドドラゴンの鋭い爪が振り下ろされた。
マズい!
「クカアアアア!!」
小さな身体のままクラリスたちを突き飛ばした刹那、レッドドラゴンの爪が俺の横腹を掠る。
地面に打ち付けられてみると、周りが自分の血で滲んでいくのがみてとれる。
「ダイナ、ダイナあああああああ!!」
ああ、クラリスの悲痛な絶叫が遠く彼方で聞こえているようだ。
俺はこのまま死ぬのか……?
走馬灯のように過ぎ去っていく、今までの思い出。
ああ、俺はクラリスたちと出会えて本当に幸せだった。本当に――。
意識を手放そうとした時だった、俺の意識に一筋の光が射し込む。
この光はクラリス……?
そうだ、今俺が死んだらクラリスが悲しむ!
そんな風になってたまるか!!
そう思えば俺の足腰に再び力が宿されるようだった。
「クカアアアア!!」
【条件を満たしたことにより、大恐竜モードに入ります】
咆哮をあげる俺の身体があのアナウンスと共に光を放ち、気がつくとクラリスたちを見下ろすまでに巨大化していた。