洞窟の奥に進むごとにスライムの数はどんどん増えていく。
あれ、俺が生まれた時ってこんなに多かったっけな?
「
まあクラリスが魔法の茨で一掃してくれるから何の問題もないんだがな。
残されたスライムコアを拾い集めたアンナがこんなことを告げる。
「これでもう数は揃ったな。帰ろう」
「待ってアンナちゃん! 奥に何かあるよ?」
好奇心なのかクラリスが奥にある小さなスペースに脚を踏み入れた。
俺も後に続くと、そこは既視感のある場所だった。
ピトン、ピトン、と鍾乳洞から垂れる水滴で生まれた水たまり。そのすぐそばに粉々に割れた卵の殻が散らばっている。
そして最奥に横たわる恐竜のような骨。
間違いない、ここは今生で俺が生まれた場所だ!
「クカア……」
「わあ~、きれいな場所だねー。しかもなんか神秘的だよ~」
クラリスの言う神秘的な美しさに、俺は言葉を失う。
そっか、俺はこんな場所で生まれたんだな。
最後に入ってきたアンナは例の骨が気になったようで。
「何だこれは? 見たところ何かの骨のようだが……」
「ねえねえアンナちゃん、これなんとなくダイナに似てない?」
そんなことを話すクラリスとアンナを尻目に、俺は割れた卵の殻をしみじみと見つめる。
昨日生まれたばかりのはずなのに、なんか懐かしいぜ。
「あれダイナ、何してるの?」
「クカッ」
「この卵の殻、もしかしてダイナのか……?」
アンナの問いかけに俺はこくんとうなづいた。
「じゃあここってダイナの生まれた場所なんだ! ってことはあの骨もダイナの親だったのかも!?」
口々に驚くクラリスたち二人を前に、俺はなんかこそばゆく感じる。
「それにこの骨も持って帰れば高く売れそうだ。ダイナの
「クケッ!?」
アンナのその言葉を聞いたとき、俺は骨格の前で彼女に立ちふさがった。
「ギュルルルル……!」
「どうしたんだダイナ、いきなり唸り声を上げて」
「アンナちゃん、もしかしてダイナはこの骨に手をつけてほしくないんじゃない?」
俺は顔も知らない骨を守ろうとする。
正直親かも知れない骨を売られるなんて、いい気しないからな。
そんな俺にアンナはふっと軽く息を吐く。
「それもそうだな。親かも知れない者の骨を売るなど、無粋なことを言ってすまなかった」
俺みたいなちび恐竜なんかに頭を下げるなんて、アンナも真面目だよな。
「それじゃあ改めて帰ろっか」
「ああ」
さりげなく落ちてた卵の殻を回収して俺の生まれた場所から離れる二人の後を、俺はとことことついていく。
洞窟の出口に差し掛かった時だった、人間の匂いが鼻につく。
「クカッ」
一声鳴いて前に出た俺に不思議そうな顔をするクラリス。
「どうしたのダイナ?」
「――危ない!」
突然前に踏み出したアンナが腰から抜いた剣を振るうと、真っ二つに断ち切られた矢がハラハラと落ちた。
「どうやら私たちを狙う奴がいるようだな……。出てこい、近くにいるのは分かってる!」
辺りを見渡しながらアンナが声を張り上げると、森の方から見覚えのある男が一人歩み出てくる。
あいつは確か昨日の……。
「デニールさん……?」
そうそう、昨日俺に因縁つけてきやがったデニールだ。
「うっひょー、お前らも派手にやられたみてえだなあ。その格好じゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ」
「……っ!」
デニールの向けるイヤらしい目に、クラリスは顔を真っ赤にして身体を隠すように縮こまってしまう。
クラリスたちをそんな目で見るなんて、やっぱり気に入らない奴だぜ!
……あ、ついさっきの俺もだった。
「デニール、一体何の真似だ」
ギッと歯を噛み締めながら冷ややかににらみつけるアンナに、デニールはヘラヘラと笑いながらこう抜かした。
「ここなら邪魔なギルマスの目もないからな。クラリス、お前が俺とパーティー組めよ。なあ?」
「――またその言い口か。何度誘っても答えは同じだ、諦めろデニール」
「だからさあ、お前には聞いてないんだっての!」
そう吐き捨てるなり剣を抜いたデニールが、アンナに斬りかかる。
「くっ!」
すかさず剣でデニールの攻撃を受け止めるアンナだけど、筋力の差なのかジリジリと圧されてしまう。
「アンナちゃん!」
「クカアァ!!」
俺がデニールに突っ込もうとした時だった、それを妨害するようにどこからか矢が飛んできて俺の背中に突き刺さった。
「ガッ!?」
「ダイナ!!」
背中に刺さる激痛で、目の前が霞む。
体力:10/60
くそっ、今ので体力がゴッソリと持っていかれちまった……!
「させねーよ? さあ、お前がはいと言わなければ仲間がどうなる、か!」
「うっ!」
デニールに剣を払われてアンナが丸腰になってしまう。
あいつ、あんなに強いのか……!?
「へっへっへ、Eランクのお前らがCランクの俺に敵うわけないんだよ!」
そう吐き捨てたデニールが、アンナの腹を蹴りつける。
「かはっ!?」
尻餅をつかされて反吐を吐くアンナの首を掴んで、デニールはケタケタと笑った。
「一人じゃ所詮こんなものだよなあ。クラリス、こいつがどうなってもいいのかなあ?」
「くっ……、クラリス、こんな奴の言うことを聞いては駄目だ……! ――ぐ……っ!」
「アンナちゃん! ――もうやめてええええ!!」
首を絞められるアンナを前に、クラリスが悲痛な声をあげる。
「お? それじゃあパーティー組んでくれるのかあ?」
ニタリと口角を吊り上げるデニールに、クラリスは目に涙を浮かべながら首を縦に振る。
「クラリス、駄目だ!」
「お前は黙ってろ!」
「ううっ!」
アンナの首を絞める手をさらに強めるデニール。
くそっ、動け俺!
こんな時に仲間を守れなくて何が転生主人公だ!!
痛みをこらえながら立ち上がった俺は、がむしゃらにデニールに突っ込んだ。
「ヒャハハハハ、お前から死ねえ!!」
「だめえええええええええ!!」
クラリスの悲痛な叫びと同時に、俺の頭上からデニールの剣が振り下ろされようとする。
それを俺は咄嗟に白く閃光を放つ尻尾で弾き飛ばした。
「何っ!?」
思わぬ反撃で面食らったのか、デニールの手が緩むのが見える。
その隙にアンナが膝蹴りで奴の股間に一撃を加えた。
「ぐむっ!?」
うわあ、あれは痛そう……。
アンナを離してひざまずくデニールに、今度は地面から伸びた茨の蔓が絡み付く。
「わたしの仲間にひどいことをして、許さないんだから……!」
背後に目を向ければ、杖を構えたクラリスがどす黒いオーラを放っている。
「くそっ! この俺にこんなことをしていいとでも――ヒデブッ!?」
デニールの抵抗も虚しく、クラリスの魔法の茨で奴はたちまち絞めつけられて気絶。
「ひぃ~~~!」
物陰に隠れてその様子を見た仲間とおぼしき男共が逃げようとするけど、クラリスの茨はそいつらにも追随して絡め取った。
「お、お助け……!」
「ここで反省しててちょうだい!」
そう言って叱責するクラリスに、男共はすっかり震え上がってしまっていた。
うひい、クラリスも怒らせると怖いな……。