ファンタジー小説では定番だったギルドの本物をお目にかかれて、俺は感激のあまり浮き足立っていた。
それがいけなかったのか、誰かの脚に俺はぶつかってコケてしまう。
「クケッ」
「あぁん?」
険悪そうな男の声で見上げると、身軽そうな身なりの若い男が顔をしかめていた。
あ、嫌な奴に目をつけられた。
どうしたものか、逃げるか?
いや、命の危機でもないのに背を向けるのはプライドが許さない。
何より俺を見下すような目がいけすかないぜ。
「ギュルルルルル……!」
「あ? なんだお前、やる気かあ?」
ガンをつける男に唸り声をあげる俺を、背後からクラリスが慌てて抱き上げた。
「ごめんなさい! わたしの使い魔が迷惑をかけてしまい……!」
「使い魔だあ? ――ん、お前は……」
ペコペコと頭を下げるクラリスの胸元を、男は凝視する。
そんな男の頭上にはいつものごとくテキスト表示が。
デニール・ガスト
【ヒューマン】
ああ、こいつデニールって名前なのか。
ヒューマン、つまり普通の人間ってところだな。
そんなことを考察する俺をよそに、デニールはニヤリと下衆な笑みを浮かべる。
「そうだ、クラリスじゃねーか。お前がオレとパーティー組んでくれるなら、そっちの使い魔の無礼は許してやってもいいぜ?」
「ううっ。でも……」
そう提案したデニールにクラリスはあからさまに嫌悪の表情を示した。
俺でも分かる、クラリスはデニールのことが苦手っぽい。
するとここでアンナが間に割って入る。
「おいデニール! 何度誘ってこようが答えはいつもと一緒だ。クラリスは私とパーティーを組んでいる、お前とつるむ気など彼女にはない! だいたい使い魔をだしに持ちかけようなど卑怯な……っ!」
そんな彼女をデニールは払いのけて、さらにクラリスに詰めよった。
「外野の意見はどうでもいいんだよ。なあクラリス、使い魔のこと考えたらお前に拒否権なんてねーよなあ。いますぐにでもそいつをぶっ殺してもいいんだぜ?」
「そんな……!」
ねちねちと言い寄るデニールに、クラリスは困り果てている。
ついでに奴の目が彼女の豊満なおっぱいに釘付けになってやがる、やっぱ気に入らねえ!
「クガウ!」
「いっ!?」
気がつくと俺はデニールの手に噛みついていた。
「ちょっと、ダイナ!? ダメだよそんなことしちゃあ!」
慌てふためくクラリスを尻目に、俺は振りほどこうとするデニールの手に食らいついて離れない。
「てめえ! ぶっ殺してやる!!」
俺が手からすっぽ抜けたところでデニールが腰の剣を抜こうとしたときだった、その手を筋肉隆々な腕が止めた。
「あら、何やってるのかしらあ? ギルド内での武器の使用は認めてないわよ~?」
「うげっ、ギルマス!?」
ギルマスと呼ばれたムキムキマッチョのおねえを前に、デニールは顔面蒼白。
シュワルト・バルク
【ヒューマン】
なるほど、これがマッチョおねえの名前ね。
そんなシュワルトの前で、デニールは慌てて取り繕う。
「違うんですギルマス! オレはただこの生意気な使い魔にお灸を……」
「言い訳は見苦しいわよ。今回は大目に見てあげるけど、次また同じことをしたらどうなるか、わ・か・る・わ・ね?」
「ひいっ、すんませんでした~!!」
シュワルトさんの凄まじい圧に恐れをなしたのか、デニールは一目散にギルドホールから出ていった。
「ありがとうございます、ギルマスさん!」
「あら~、いいってことよお。だけどあーいうしつこい男にはハッキリ言ってやんなくちゃダメよ?」
「はい……」
安堵の息をついたクラリスに、シュワルトさんは続ける。
「そ・れ・と、使い魔がいるならギルドに登録してちょうだい。これも決まりだからね?」
「は、はい!」
「それじゃあシュワちゃん、事務に戻るわね。また困ったことがあったらいつでも言ってちょうだい?」
そう言い残してシュワルトさんはわざとらしく尻をプリプリと揺らしながら奥に引っ込んでいった。
「――またギルマスさんに助けられちゃった。わたしってばダメだよね、自分の言葉で断んなくちゃなのに」
「クルルル……」
「気にすることはない、私がいつもそばにいる。それよりギルマスもああ言ってたし、とりあえずダイナの登録に行こう」
「うん、そうだねアンナちゃん」
アンナに慰められたクラリスは、俺をギルドの受付に連れていく。
そこで待っていたのは黒髪のおかっぱ頭と眼鏡にフリフリの制服が可愛い受付嬢だった。
リコッタ・ルルリエ
【ヒューマン】
「おはようございますクラリス様にアンナ様。本日はどのようなご用件で?」
「まずはこちらで依頼の達成を頼む」
そう告げたアンナがカウンターに置いた風呂敷の中から、さっき仕留めたギガントカリブーの生首をお披露目する。
「おお、本当にギガントカリブーを……! ただいま鑑定しますね」
「ついでに肉と毛皮も確保してあるが、後で提出しようか」
「はい、助かります! ……確かに今回の依頼達成を確認いたしました、お疲れ様です」
にこやかな笑顔で受付嬢のリコッタさんは、アンナの差し出したカードみたいなものにハンコみたいなものを押印するように近づける。
すると小さな魔法陣みたいなのが浮かび上がって、それからまた消えた。
何だったんだろう?
続いて発言したのはクラリスだ。
「あの、もう一つお願いしたいことがあるんですが」
「はい、何でしょう?」
「この子を使い魔として登録してもらえないですか?」
そういったクラリスがリコッタさんの前に俺を差し出す。
「見たことない魔物ですが……かしこまりました。それではこちらの書類に必要事項をお書きくださいませ」
リコッタさんが差し出した書類に、クラリスは何やら意味不明な文字の羅列を綴っていく。
こいつが異世界の文字か、口から発せられる言葉と違って文字は俺の分かるようにはならないみたいだ。
ふとクラリスのペンが止まる。
「そういえばダイナって何の魔物なんだろう? ――まあいっか」
いや、まあいっかじゃねえだろ!?
自分の種族を教えてやれればよかったんだけど、喋れない俺にはそれも叶わず。
「はい、リトルドラゴンの一種ということで登録させていただきますね」
結局種族のところだけはうやむやに済ましたっぽい。
とにもかくにも俺の登録は滞ることなく完了したみたいだった。