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第6話 迷子の少年

 僕の町は都市開発中で、半分くらいは地方都市くらいまでレベルアップしたけど、残りはまだまだ田舎の域を出ない。

 特に田舎要素を強めているのが、町の周りに広がる森だ。

 木々が密集するただの森だけど、まだ開拓されていないのは『迷ったら出られない・魔物が住んでいる・入れば祟られる』などの言い伝えやら噂やらが絶えないからだ。そのため住民の反発が強く、業者さん達はまだ手を出していない。

 そんな森の奥――熟練の猟師でも迷うような深い場所に廃神社がある。心霊スポットさながらの雰囲気を漂わせ、まるでそこだけ時間が止まっているような不気味さで訪問者を恐怖に染め上げる。境内へ踏み入った瞬間に寒気がするのは、未だ慣れない感覚だ。

「神様ー。お供え物を持ってきたよー」

「あー、ようやく来た。待ちくたびれたよ」

 ひょこっと。神様がお社から出てきて、僕の手からコンビニ袋を引ったくる。チョコプリンを連呼しながら袋を漁るのは見慣れた光景だ。

「むひゃー! チョコプリンが十個も! 幸せ! 幸せすぎる!」

 チョコプリンを持ちながらクルクル回る神様。これは見慣れない光景だ。

「それと米倉さんが『手伝ってくれてありがとう』だって。あと『また会いたい』とも言ってたな」

「うげっ。あの警官、まだ私を霊感のある人間だと思ってるの? 面倒臭いなぁ……いっそ正体を見せてやろうかな」

「そんなことしたら容赦なく発砲されるぞ。まぁ全然効かないんだろうけど……怪物でも痛みは感じるんだろ?」

「拳銃の弾は痛いより痒いが近いかなぁ。痛みを感じたのは、やっぱり破魔の矢で射られた時だね。これまで生きてきた中で一番人間を恐れた瞬間だったよ。あれ無茶苦茶に痛くてさぁ。こう、自分の肉をズタズタに引き裂かれて傷口をゆっくり広げられるような、そんな感覚なんだよ」

「そりゃ怖い。拷問だな」

 仏教において、破魔の矢は烏摩勒伽うまろきゃと呼ばれる神様の持つ矢が発祥といわれている。そして日本が弓矢を使うようになったのは縄文時代だそうな。

「……てか、神様って何歳なん?」

「こらこら。女の子に年齢を聞くのは駄目だって、親から習わなかったのかい?」

「生憎、うちの両親は放任主義なので」

「ふーん、そうなんだー……美味しいっ! 舌がチョコで洗われていくっ!」

 他所のご家庭事情よりも大事なのはチョコプリン。神様は顔の周りに花を咲かせて供物を口に運んでいく。

「無事に供物を持って来れたってことは、今日は特に襲われなかったんだね」

「まぁな。途中ちょっと変な当たり屋と遭遇しちゃったけど、結果的に無事で済んだ。異常もないし、目も痛くない」

「そう。どうやら君の目はようだ。丁度いい、これなら安心して仕事を任せられるよ」

「……仕事?」

 神様から頼み事とは珍しい。一体何を任せられるのか。好奇心と恐怖、二つの意味でドキドキワクワクしちゃうぜぃ。

「実は森で迷子になった子がいてね。帰る時、その子を連れて外まで出て欲しいんだ」

 そう言って神様が後ろを向く。つられて僕も視線を辿ると、お社の陰から顔を半分覗かせる少年がいた。あら可愛い。

「外まで案内するだけでいいのか? 親に連絡とかは?」

「うーん、多分、大丈夫かな。本人は森の外に出られれば帰れるって言ってたし。自分でなんとかするでしょ――――おいで」

 神様が呼ぶと、とててて、と少年が走ってきた。見たところ、年齢は十代前半。わんぱく男子の印象だ。

「この透って人が君を外まで連れて行く。よかったね。ようやく家に帰れるよ」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 神様にお辞儀し、僕にもご丁寧な挨拶をする少年。なんだろう、年齢の割には大人びているような……?

「……あの。お兄さんはさっきのお姉さんと、どういうご関係なのでしょうか?」

 廃神社から出て数分。順調に森を進んでいた時、少年が口を開いた。

「……もしかして恋人ですか?」

「んなわけあるか。神……あの人とは、まぁ友達みたいなもの、かな?」

 嘘です。本当は特殊な関係です。命を握る握られの間柄です。でもそんな性癖、小さな子に教えるわけにはいきません。

 というかお兄さんって。そりゃ髪短いし、目は鋭いし、胸もないし、私服は白Tシャツに半ズボンだし、口調も僕だから勘違いされてもおかしくないけど……そっかぁ、お兄さんかぁ……。

「あ、あの、どうかしましたか?」

「いやぁ別にぃ。もう少しお洒落に気をつけようかなって思っただけでーす」

 子ども相手に大人げない。気を取り直し、話題の矛先を変えよう。

「ところで僕からも一つ質問したいんだけど、君は……えーと、少年は……」

塚内真斗つかうち まさとです」

「真斗君は、なんでこんな森の中を一人で?」

「それは……」

 真斗少年が黙り込む。うーむ、虫取りで遊びに入ったとか、そういう軽い理由じゃなさそうだ。もしかしてデリケートな理由?

「あー、ごめん。言いたくないなら無理に答えなくても」

「い、いいえ! その、なんて言ったらいいのか……」

 真斗少年は悲しそうに、困ったように顔を曇らせた。

「……俺、家出したんです。親から逃げたくて……あの家から離れたくて、出て行ったんです」

 家出。その単語から連想されるものは、あまりよいイメージではない。

「なんか酷いことされたのか?」

「……俺、旅館の一人息子なんです。将来は親の跡を継がなきゃいけなくて。経営とか戦略とか、お客様との接し方とか毎日勉強して、大手のホテルとか他の旅館で修行もしました。周りの人は頑張ってるねって褒めてくれて、みんなが俺を跡取りとして応援してくれました。でも俺、本当は友達とゲームしたり、どこか遊びに出かけたりしたかったんです。将来は医者になりたいって夢もありました。だけど父さんは『そんな時間があるなら勉強しなさい』、母さんは『立派な跡取りにならなきゃいけない』って……そればっかり言うんです。俺のことを息子じゃなく、ただの跡取りとしてしか見てくれてなかったんです。それが嫌で、辛くて……」

「だから家出したってか。だとしても、こんな森の中に一人は危ないだろ」

「いえ、この森に来たのは偶然で……そうですね、お兄さんの言う通りです」

 途中で言葉を濁したのは気になるが、根掘り葉掘り訊くのはよろしくない。誰にだって言いたくないことの一つや二つはあるものだ。

「まぁなんだ。あくまで僕個人としては、真斗君が少し羨ましくも思うけどな。たとえ跡取りとしてしか見られていなかったとしても、それはそれで大事にされてるってことだからな」

 子は必ずしも親に愛されるわけではない。そして親も愛するために子を産むとは限らない。人間の愛情はいつだって不安定なのだ。

「僕は腫れ物扱いされてきたからさ。親の期待とか怒られるとか、そうゆう気持ちを向けらたことがない。その原因を自覚してる分、変に自分を苦しめたりしなくて済んでるけど、だからかな。自覚して、どうしようもないと諦めて、なんか色々どうでもよくなって……我ながら冷たい人間に育ったね。だから真斗君みたいな悩みが羨ましいよ。少なくとも、君の親は愛を理由に暴力を振るったり殺人を犯す人間じゃない。君に色々と言うのも、我慢させるのも、君を愛しているからだ――とまぁ長々と喋ったけど、要するにきちんと家に帰って、ちゃんと話し合いなってことだ」

 らしくない語りをしているうちに、森の外に到着した。顔が熱いのは、きっと夏のせいだ。夏は夜でも暑いのだ。

 などと夏に羞恥心を丸投げしていたら、真斗少年が頭を下げた。

「……あの、ここまで案内していただき、ありがとうございました。よかったら、これを……」

 そう言って、真斗少年は何かを差し出した。それは一枚の割引券だった。表面には旅館のイラストと店舗名、裏目には地図と住所などが記載されている。

「これって、もしかして」

「はい、うちの旅館です。もしよかったら今度いらしてください」

 真斗少年は微笑する。何故だか、その笑みには寂しさが滲んでいた。

「俺、家出しちゃったけど……色々と愚痴っぽいこと言っちゃったけど、今になって後悔してるんです。もっとちゃんと話し合えばよかったなって。将来が決まってるのも悪くなかったんだなって、そう思ってます」

「おう」

「お兄さんと話せてよかった。本当に、ありがとう」

「礼はいいから早く帰りな。親御さん心配してるだろうし」

 はい、と静かに返事をして、真斗少年は夜の中へと走り去った。後になって「やっぱり家まで送り届けるべきだったか?」と焦ったけど、不思議なことに真斗少年なら大丈夫だと思うのだった。

 翌日の夜。いつものように神様がいる森へ向かう道中、人集りを見つけた。少し覗いてみると、地面の上にブルーシートが被せられており、数名の警官が作業している。

 殺人事件でもあったのか。適当な人に訊いてみたところ、どうやら人間の白骨死体が見つかったらしい。

「子どもの死体らしいわよ」

「いやぁねぇ、怖いわぁ」

「可哀想にねぇ」

 見物人から聞こえてきた言葉が鼓膜を揺らす。世界から徐々に音が遠のいていく。

「……あぁ、そうか」

 僕は地面に視線を落とす。

 こんな偶然は、そう簡単に起きるものじゃない。

「……こういう別れ方は、何回味わっても慣れないもんだな……」

 子どもの白骨死体。誰の死体か、警察はこれから身元の特定を行うのだろう。

 けど、僕は確信に近い予想を持っている。

 だって。

 白骨死体が見つかった場所は、昨夜、真斗少年と別れた場所だったのだから。


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