「おいで、おいで……」
仕事帰り拓也は、道端で鳴いている猫を見かけ、声をかけ、手を差し伸べた。
彼は幼い頃から猫が大好きで、何度も野良猫を助けてきた。
「猫ちゃん、一匹なの?お母さんは」
拓也は子猫に話しかけると反対側の道路で別の猫が鳴いた。
母猫だろうか。子猫は母猫の元に行くために車道に出てしまう。
「危ない!」
猫を助けるために車道に飛び出す。
子猫を捕まえ、母猫の元へ行こうとするが
車が猛スピードで走ってくる。
猫だけは守らないと
必死の思いで猫を親猫に投げた。
その瞬間、車との猛烈な衝撃。
あ〜死ぬんだと意識を失う中で
子猫の方を見る。子猫は無事だ。
よかった。猫が無事で本当によかった。
次に目を覚ました時、目の前には青い空と広がる森。
「……あれ? 俺……ここはどこだ……?」
拓也はゆっくりと起き上がる。
意識が朦朧としていた拓也だが、次第に頭がクリアになっていく。
そして、自分が確かに車に轢かれた瞬間を思い出した。
「あの猫を助けて……それで……」
そうだ。子猫を見つけ、その猫が親猫の元へ行こうとして車道に出てしまう。
助けようとしたが車が迫ってきて、衝撃を感じた記憶がまだ鮮明に残っている。
しかし、痛みはもうどこにもない。むしろ、体が異様に軽い。
何が起きたのか理解できずにぼんやりとした視界を巡らす。
涼しい風が頬を撫で、聞き慣れない鳥の鳴き声が耳に入る。
「……夢、じゃないよな?」
自分の手を見つめ、ぎこちなく動かしてみる。しっかりと感覚がある。
夢にしては現実味がある。
「まさか、これって……異世界転生?」
だがパッ見た感じ自分に変わった所はない。
仕事帰りのスーツのままだ。
異世界転生ではないなら、異世界召喚?異世界転移?
荒唐無稽な話だが、今の状況にそれ以外の説明がつくはずもない。
拓也は周囲を見渡す。そこは広がる森の中。
異世界の風景と言えばそんな気がするが判断がつかない。
「にゃー……にゃあ……」
突然、聞き慣れた小さな鳴き声が耳に飛び込んできた。
思わず声のする方に振り向くと、そこには一匹の小さな猫がいた。
柔らかな毛並みが風に揺れ、まるで絵画の中にいるような美しい姿をしている。
「あ……! 猫だ……!」
見知らぬ異世界に放り込まれて、困惑の中にいた拓也だったが、
その瞬間、不思議と安心感が生まれた。
猫がいる。それだけで、どこか知っている場所に戻ったかのように感じるのだ。
手を伸ばし、そっと呼びかける。
「おいで……怖がらなくていいよ」
しかし、猫は少し距離を置いたまま、じっとこちらを見つめている。
近づきたいが、どうやって信頼を得ればいいのか……その時だった。
「……あれ?」
拓也の手の中に、小さな猫用のおもちゃが現れた。
カラフルな羽と鈴が付いた、よく見るおもちゃだ。
異世界にいるはずなのにそんなものが手元にあることに驚き、困惑する。
「……これ、もしかして異世界スキル?」
信じられない気持ちで他の猫のおもちゃをイメージすると手元に現れた。
「これが、俺のスキル?」
自分でもよくわからないが、どうやらこの異世界で与えられたスキル
『猫のおもちゃが作れる』ようだ。猫のおもちゃの制作。
おもちゃを色々出していると、おもちゃに惹かれて
先ほどの三毛猫が静かに近づいてきた。
「そうそう……大丈夫だよ……ほら、遊ぼうか?」
拓也は猫じゃらしを振ると
猫は一瞬戸惑ったようだが、猫じゃらしの魅力には逆らえないのか、
拓也に近づき、猫じゃらしに興味を示し始めた。
拓也は嬉しそうに猫と戯れ始めた。
「うわー、こんなにすぐ仲良くなれるなんて……最高だな、このスキル!」