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第2話

「私の名前は、美咲エリカ」


 鏡の前で、そう言ってみる。


「でも、現実ではそんな名前、誰にも覚えてもらえてないだろうな」


私は独り言を呟きながら、ふと机に積まれたノートを見つめた。未完成の宿題の山、乱雑に散らばった教科書やプリント。現実世界ではいつもこれが私を待っている。


学校では特に目立つこともなく、友達も数えるほどしかいない。それに、友達と呼べるかどうかも分からない程度の関係。「授業中、教室の片隅にいる私なんて、誰も気づいてないだろう」そう思うと、さらに気分が沈んだ。


家に帰っても同じだ。両親は仕事で忙しく、私のことなんてほとんど気にかけてくれない。「お帰り」も「今日はどうだった?」もない。まるで、私はここにいないみたいだ。そんな毎日に耐えられなくて、私は現実から逃げる場所を探していた。


そんなとき「リンク・ワールド・オデッセイ」に出会った。


『これは、ただのゲームじゃない』


初めて宣伝を見た時、私の心に強く響いた。世界はまるで本物のように感じられ、プレイヤーの感情と深くリンクするという斬新な戦闘システム。これなら、今の自分を変えられるかもしれない、そう思った。


「ここでなら、私は強くなれる…変われるんだ」


そう信じて、私は貯めていたお年玉をぜんぶ崩して、迷わず購入した。


現実では何も変えられないけど、このゲームの中では自分を強く、自由に、そして誰よりも輝ける存在にできる。そんな期待を胸に、私はLWOに没頭していた。


ログインすると、目の前にはまたあの広大な草原が広がっていた。「ああ、やっぱりここが私の居場所だ」エリスとしての自分が、この世界にしっかりと存在している。現実の鬱屈とは無縁の、自由な世界。


「さぁ、今日はどこに行こう」私は剣を手に取り、一歩を踏み出す。


その時、後ろからノアが近づいてきた。「おはよう、エリス。今日はどこに行くつもり?」


私は振り返り、ノアの顔を見上げた。やっぱり彼女は美しい。青い髪が風になびき、宝石のように輝く瞳が印象的だ。彼女の立ち姿には、いつもどこか圧倒されてしまう。現実の私とは違う、完璧な存在。少し羨ましい気持ちが胸をチクリと刺したけれど、それ以上に尊敬の念が強かった。


あれから、ノアは私とフレンドになった。ノアは発売日からLWOをやっていた古参プレイヤーで、初心者の私に色々と教えてくれる。


「ノア、今日はどこを目指せばいいの?」


私は少し緊張しながら尋ねた。ノアは経験豊富なプレイヤーで、いつも的確なアドバイスをくれるから。


「まずは、この近くにあるダンジョンがいいんじゃないかな。ここから北に進むと小さな洞窟があって、そこにいくつかクエストがあるはずだよ」


ノアは自信満々に言った。


「ダンジョンか…強そうな敵がいるのかな?」


私は少し不安になりながらも、内心ワクワクしていた。ダンジョンという響きだけで、冒険の匂いがしてくる。


「大丈夫、最初のダンジョンは初心者向けのクエストだから。君ならすぐにクリアできるよ」


ノアは軽く笑った。その言葉に、私は少しだけ安心した。ノアの言うことなら、きっと間違いないだろう。


「よし、じゃあ行こう!」


私は気持ちを引き締めて、ノアと一緒に歩き出した。


北に向かって歩き始めると、草原の風景が徐々に変わっていった。広々とした大地が終わり、岩場や木々が増えてきた。


「あれがダンジョンの入り口かな?」


遠くに洞窟のような暗い穴が見えた。


「そう、エリスの、初めてのダンジョンだよ」


ノアが指を指して教えてくれた。


洞窟の入り口に近づくと、ひんやりとした空気が漂ってきた。洞窟の中は薄暗く、何が待っているのか分からない。


「ちょっと緊張するな…」


私は小さな声で呟いた。


「大丈夫、エリス。私がついてるから、安心して」


ノアは優しく微笑みながら、私の肩を軽く叩いた。その一言で、私は少しだけ勇気が湧いてきた。


「ありがとう、ノア。私、頑張るよ!」


私は剣をしっかりと握りしめ、ダンジョンの入り口に向かって足を踏み出した。


洞窟の中は薄暗く、足元に水滴が落ちる音が響いている。壁にはコケが生え、時折小さな光が漏れている。緊張感が漂う中、ノアは先頭に立って歩き始めた。


「最初の敵はそんなに強くないはずだから、しっかり攻撃のタイミングを見計らってね」


ノアが後ろを振り返ってアドバイスをくれる。


「うん、分かった!」


私は彼女の言葉を心に留めながら、進んでいく。


その時、突然前方に何かが動く気配がした。


「気をつけて、来るよ!」


ノアが警告する。


次の瞬間、洞窟の暗がりから現れたのは、小さなゴブリンの群れだった。


「あれが最初の敵…!」


私は剣を構え、ゴブリンたちに向かって走り出した。


「やぁ!」


叫びながら剣を振り下ろすと、ゴブリンの一体があっけなく倒れた。まだ、体が震えている。初めての本格的な敵との戦いだったが、次第に自信が湧いてきた。


次のゴブリンが素早く動き出す。


「次もいける…!」


私は足を踏み出し、敵の動きを読みながら再び剣を振る。剣が軽やかに動き、正確にゴブリンに命中した。


その瞬間、私の中で何かがはじけた。


「…今、何か…?」


体の中に温かい感覚が広がり、画面の端に通知が表示された。


《スキル取得: フェンサー流二段斬り》


「スキル…? これが!」


私は興奮していた。ゲーム内での成長が、こうやってリアルに感じられるなんて。初めてのスキルを手に入れたことが、私に大きな自信を与えた。


「よし、このスキルを試してみよう!」


私は次のゴブリンに向かって走り出し、頭の中にイメージを集中させた。


「二段斬り…!」


思い切って剣を振り下ろすと、連続した攻撃が鮮やかに決まった。ゴブリンは一瞬で倒れ、消えていった。


「やった…!」


息を切らしながらも、私は笑みを浮かべた。確実に成長している実感がある。


「よくやったね、エリス。君、だんだん戦い方が上手くなってきてるよ」


ノアが嬉しそうに言った。


「ありがとう。でも、もっと強くならなきゃ…まだまだだよ」


私は息を整えながら、剣を収めた。


「それでいいんだよ。冒険は一歩一歩進んでいけばいいんだから」


ノアが微笑みながらそう言った。その笑顔に、私は少しずつ自信を持ち始めていた。


「よし、次に進もう!」


私は再び前を向いて歩き出した。この世界で、もっと強くなるために。

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