「おかめパンが一点」
あ、やばい噛んだ。
「失礼いたしました。おか、おかめパ、いや、おかま」
「先輩、お米パンです……」
隣でパンを袋詰めしていた日比谷が声を震わせながら小声で指摘する。
「えっと、お米パン一点、二百十円です」
お客さんの顔をちらりと見ると、何の感情もなく死んだような顔をしていて、こちらもメンタルが死んだ。せめて笑ってくれ。
「こちら、次回からご利用出来る割引券です」
さっさと会計を済まし、気を取り直して次のお客さんを迎える。
並んでいる列がはけ、やっと一息つく。朝からこんなにお客さんが並ぶとは。さすが土曜日だ。
「望月先輩やめてくださいよ、笑わすの」
溜まっているトレーとトングを洗いながら、日比谷がいじってくる。
「次お米パン見たら俺笑っちゃうかもなー」
「うるさいな、忙しかったんだからしょうがないでしょ」
私はサンドイッチをカットして袋に入れながら日比谷に対抗する。忙しくなると慌ててしまいパニックになる自覚はあるのだ。あるが仕方ない。
ショッピングセンター内にあるパン屋で働き始めたのが半年前。高校二年生の春だ。おなじ学校で一個下の日比谷は、私より二ヶ月後に入ってきたけれど私よりも要領が良く、もうフライヤーの仕事を完璧にこなしている。
三連休の中日とあって、パンの売り上げは良く、頻繁にお客さんが並ぶ。平日と比べてお店に陳列するパンの量も増えているし、期間限定キャンペーンだかなんだかで、いつもはない割引券を配布しなくてはならないし、てんやわんやだった。
「先輩声だけは良いから逆に面白いんですよねー」
「うるさいよ顔だけは良い後輩」
「先輩この前もいらっしゃいませって言おうとして、行ってらっしゃいませって言ってましたよね。今来た客ソッコー帰そうとするなよっていう」
「マジ黙れ?」
「玉ねぎパン焼き上がりましたって言おうとしておにぎりパンって言い間違えたりね。焼きおにぎりにするなよっていう」
「いいからさっさと洗い物しろ」
「え、ドラえもん?」
「あ、ら、い、も、の!」
日比谷が引き笑いをしているところでお客様がレジに来た。
「いらっしゃませ~」
私は慌ててレジに向き直り、声をワントーン上げて、トレーを受け取る。
「こちら、次回からご利用出来る割引券です」
私は笑顔でお客さんに割引券を渡した。最後の一枚を配布し終えた。これで次からは煩わしいやりとりが一個なくなる。
「配りきった! 割引券!」
「よかったっすね。っていうか先輩、さっきまた早口になってましたよ。怒っているように聞こえるし焦りが見えちゃうから、落ち着いて下さいね」
やはり忙しくなってくるといつもの接客が出来なくなるのだが、そんなとき日比谷はいつも横から注意してくれる。こいつは要領がいいというか落ち着いているというか、周りがよく見えている。指摘にたまにイラッとはするが正論なので、最近は素直に聞くようにしている。
「日比谷ー、手空いたらこっちの品出ししてもらっていい?」
厨房から呼ばれた日比谷は、はいはーいと調子よく返事をして中に入っていった。店内にお客さんはちらほらいるけれど、慌てるほどではなく、スムーズにレジをこなしていく。が、正午過ぎから買い物を終えたであろうお客さん達がパン屋に流れてきて、一人お会計が終わるとまた一人来るという感じで、並ぶというほどではないがなかなかお客さんが途切れなかった。
そうこうしていると、一人、トレーに山盛りのパンを載せたおばさんがやってきて、さらに焼き上がったばかりの食パンを三本包んでほしいと言われたので、それらを用意している間にあっという間に後ろに列が並んでしまった。
顔を上げると五人くらいは並んでおり、焦りモードに突入する。慌てて袋詰めをしていると、日比谷がレジヘルプに入ってくれたので袋詰めを任せる。
やばい、ここでわたわたしていたらまた日比谷にいじられる。まずは落ち着いて。あ、お釣りの十円まだ渡していなかった。あと割引券……はもうないんだっけ。あと声! 気を付けなきゃ。早口じゃなく、明るい声で、
「こちら、次回からご利用出来る十円です!」
無駄に良い声が店内に響き渡り、隣で日比谷が、ぐふっ、とはっきりと吹き出したのが聞こえた。