「いらっしゃいませ。……神酒様ですね?全てのデータの解析が終わっていますが、先に1つだけご忠告を」
「はいはい、何です?」
「これらを見てしまえば、貴女は恐らく戻れない位置まで近づいてしまいます。宜しいですか?」
時間が経ち、ライオネルに連れていかれたRTBNを見送った後。解析されたデータの受け取りに解読屋へと訪れてみると。
何やら神妙な表情を浮かべた店員NPCに、意味深な事を言われ始めた。
……完全に中身入りなのを隠す気ないなぁ、この人。そういう人なんだろうけど。
恐らくは優しさで言ってくれているのだろう。私がどのような立場であろうとも関係なく、私という個人を危険から遠ざける為に、忠告してくれているのだろう。
だが、
「良いですよ。元から退くつもりなんてありませんし」
そもそもとして、私はこのゲームをプレイする事自体が仕事なのだ。
そして仕事をする事で……世界を救った英雄なんてものになれるのであれば、なるしかないだろう。
「こっちは社会人以前にゲーマーで、ゲーマーってのは……昔っから英雄になる事を憧れるんですよ。ドラゴンなクエスト然り、ファイナルなファンタジー然りね」
「……分かりました。では、こちら側も出来る限りのバックアップをしましょう」
「あ、それは素直に助かります。
溜息を吐かれながら受け取ったデータを、一度インベントリ内へと仕舞ってから。
私は娯楽区へと移動を開始した。あの反応からして……あまり人が多い場所で見るべきではないだろう。
「さ、見ていこうか。何が書いてあると思う?」
『2つ分でしょう?どうせしょーもない事よ』
「そのしょーもない事でも確認しないといけないのが私なんだよねー」
受け取ったデータをインベントリ内から取り出してみると、何やら日記のような本が2冊出現した。
……日記、日記ねぇ。嫌だなぁもう。
ホラー系や、それこそTRPGなんかでは日記なんてアイテムは厄ネタでしかない。
被害者のモノだったり、そもそも黒幕が狂っていく様子が描かれていたりと読んでいる側の正気をやすりで削ってくるような物ばかりだからだ。
「病視の双眼鏡で一応視ておこ」
『慎重ね』
「まぁあんなボスと戦った後だしね。今の所新しいボス2体ともお約束の『見てはいけない』を守って来てるし」
トラップのようなものがあれば気が付けるこの双眼鏡は本当に便利だ。
力の流れが見れる、というのはそれだけで悪用も有用な使い方も出来るのだから。
……ん、特に危険は無しっと。大丈夫そう。
変な力の流れのようなものは見えない。しかしながら用心に用心は重ねるべきだ。
そう考え、手のひらから奇譚繊維を湧き出させ2冊の日記をそれぞれ侵食していくと。
『あら真っ赤になったわね。……こっちの方が危険物っぽくない?』
「言わないの。やった私もそう思うんだから」
そこには、鈍く光る赤色の日記が誕生していた。
侵食したが故に染色された様だが……ページの方には色がついていない為、そのまま読めるようで安心しつつ。意を決して開いてみると。
「……うわ、そういう感じか……」
『これ、開発側の日記ね。
「良いんじゃない?フィルターとか掛かってないみたいだし」
開発側の人がつけたと思われる日記。これを読んだ所で精神が侵される、何てことはないだろうが……覚悟は必要だろう。
なんせ、今まさに全世界を敵に回している存在の文章なのだから。
「ふぅーん……まぁ前半部分は基本的にゲーム作りをやってるだけ、みたいだねぇ」
『健全ね、本当に。ただただ普通に作ってるだけ……ではあるけれど』
「そうだね。所々変な所が出始めてる」
誰々と共にゲームの会社を立ち上げた。次に作るゲームはあれをテーマに……なんかの、他愛無い話から、横暴な支援者に対する愚痴等といった、凡そ普通の人間であるような内容。
しかしながら、時折その中に紛れている……開発側の、この日記を書いた人間のゲームのクオリティに対する執着心の高さ。
……『VRなのだから、現実とそう変わらない感覚を』、『現実に負けない程の演出と体験を』……ねぇ。
VRという世界であるが故に、技術次第では何でも出来る世界が故に。
求める先のハードルが高すぎれば、要求される側のスペックも高くなってしまうのがこの世界なのだ。
「……『自分が望むクオリティに届かない。頭が狂いそうだ。嫉妬で身が焦がれてしまいそうだ』」
『恋?』
「似たようなモノかもよ?私には分からないけど」
「……『インスピレーションが欲しい。都市伝説だけでは足りない……もっと、もっと古い文献や噂を集めないと』」
都市伝説だけならば、まだ問題はない。超常的な存在は元より存在はしているが、それにしたって関わろうとしなければ、特殊な事をしなければ出遭う事など無いのだから。
だが、偶然そういう事に巻き込まれる人だっている。偶々、やっていた事がそれらと関係を持ってしまう事柄である事だってある。
「……『冗談半分で、海外の文献に記されていた儀式を模したコードを書いてみた。……一瞬だけ、画面にノイズが走った気がしたが気のせいだよな?……一旦寝るか』。どう思う?コレ」
『何を書いたかに因るわね。現実にも悪魔とかは居るんでしょう?』
「居るには居るけど……激レアだよ。悪魔や天使は基本的に現実には出てこないし、出てきたら出てきたで戦争級の対応しないといけないからさ。私だってまだ対応した事ないし」
確かに、他の超常的な存在とは別に天使や悪魔が存在している……なんてデータは、一応見かけた事はある。
しかしながら、最後に確認されたのは何十年も前と……私が生きていない、もしくは物心ついていない頃のモノしか見当たらなかった為に、仕事として対応した事は一切ないのだ。
……正直、居るかどうかは疑わしいけどね。色々知ってるからこそ思っちゃうよ。
他の、都市伝説等は現実に存在しているが、それらに関しては本当に虚構……人々が作り出した架空の存在なのではないか?とも思っている。
当然だろう。終末のラッパを吹くような存在が現実に存在していて欲しいわけがない。
「あ、ちゃんと運営の人も心配してるっぽいよ?『最近、運営の奴が五月蠅い……何が変な本を読むのを止めろ、しっかり休めだ。あいつは良いよな、出来上がったものにケチ付けるだけなんだから!俺の苦しみも知らないで!』。逆効果っぽいけど」
『行っちゃってる相手に言ったら……まぁ逆効果になるわよね。貴女も言葉には気を付けなさいな』
「気を付けてるよ。対応は人によって変えるけどね……っと、次々……」
そうして読みつつページを捲っていく。
ここまで挙げた点に比べれば、あまり気にならない内容ばかりだ。多少、開発側のメンタルが更におかしくなってきているのか、途中途中で泣いたような痕や、ミミズが這ったような文字で書かれている部分があるが……だが、まだおかしくはない。
自ら高いクオリティを求め、出来上がったモノに満足できていないのだ。
多少、精神的におかしくなるのは、歴史上有名なクリエイター達を見れば明らかなのだから。
「……『作業中、また画面にノイズが走った。……だが、今回ははっきりと何かの声が聞こえた。『望む力をやろう』だなんて、まるで御伽噺に出てくる悪魔かゲームの魔王くらいじゃないか。作業のしすぎで幻聴でも聞こえるようになったか?……鏡を見ると、俺の目が紅く染まっていた。疲れだろうか』……うわー定番ー」
『定番が故に、どれか判別は出来ないわね。でも少なくとも
「だよねぇ。ってなると他の逸話とか伝説とかの存在かなぁ……?にしたって、ただゲームのコードに儀式を書いただけで呼ばれないでよ……本当に」
『その辺は……開発側の素質もあったんでしょうねぇ。きちんとモノと場所を揃えてたら、多分書いた時点で呼び出されてるわよ、これ』
恐ろしい事に、まだこれで1冊目。
ページが切れたからか、この後の展開は2冊目に書かれているようだが……これから読むには気が重たくなる内容なのは確かだろう。
だが読まねばならない。これは私が見つけた、開発側の行動を理解出来るかもしれない糸口なのだから。