誰も居ない、何も居ないというのは現代人である私にとっては中々に恐怖を感じる環境だ。
それが、先程まで誰かが生活していたであろう痕跡があれば尚更そう感じてしまう。
「……ここ、で合ってますよね?」
「……合ってるも何もここしかないじゃない」
奇譚繊維を用い、全力で山の頂上へと……そこにあった、巨大な寺の中へと入った私達を待っていたのは、ただの静寂だった。
元よりここはDAUによって生成された、『リアル』を元にしたダンジョンだ。
「これじゃあ真っ向勝負するしか手がないですね……」
特に、その手のモノが見当たらなかったのだ。
悪しき者を遠ざける結界のようなモノや、清めの塩なんかの定番の除霊アイテム。
それ以外にも、仏像や洋風な物で言えば聖水や正十字も一切見当たらない。
「ま、やるしかないならやるだけでしょう。それに勝算はない訳じゃないし」
「それはそうですねー。こっちも全力で……ワニ相手じゃ試せなかった事もありますし」
無いなら無いで、真正面から。現実と違ってこちらにはアルバンの力があるのだ。
対抗する為の力が少なからず備わっているというだけでも十二分に心強い。
……最悪、また心像空間に行けば良いだけではあるんだけど……そっちに行っても、倒せるかどうかは別だもんねぇ……。
これまで、あの空間で倒してきた相手は一応殺せば殺せる相手だった。
だが、これから私達に襲い掛かってくるであろう存在は……元ネタの話の中でも倒せなかった相手だ。故に、ゲーム的に倒せるようにアジャストされていればいいのだが……その辺りは祈るしかないだろう。
「「――ッ」」
『来た……凄いわねぇ。後輩の中でもここまで力が強いのは久々よ?』
と、寺の中を歩き回り。本堂へと辿り着いた所で私達は気が付いた――既にソレが居る事に。
私達によって開け放たれた本堂の入り口から射し込んだ月の明かり。それに照らされるようにして、本堂の中心に、仏像が無いその部屋の中心にソレはいた。
……見たら狂う、なんてのはまだ序の口だったのがよく分かる……!現実じゃなくて良かった、ってレベルだねコレ……!
白装束を纏い、中性的な身体付きをしているソレ。
人型でありながら、頭部は長い髪と大量に顔に貼られた御札によって覆われており……その全身から、冷たい圧をこちらへと向かって放っていた。
「前に出ます。準備は?」
「1分で終わらせるわ。その間よろしく」
「了、解ッ!」
短く、しかしながら私達の意志疎通は早く。私は返答と共に、準備が必要なRTBNの為に床を力強く蹴る。
瞬間、
「ッ!?」
距離を詰めようとした私の真横に、先程まで目の前に居た筈のリアルが拳を振りかぶった状態で存在していた。避けるにしてもどうしようもない距離。
咄嗟に眼鏡を成形している奇譚繊維を使い、顔面にダメージが行かないよう防壁の様にしながら迫ってくる拳を受けていく。
……おっもぉ!?
外見からは予想出来ない、質量を持った一撃。奇譚繊維の防壁に命中した事で直撃自体は避けられたものの。衝撃が身体へと抜けHPが削れていく。
『――』
「ラッシュは聞いてないッ!」
だが、その一撃だけでは終わってはくれない。
一発だけでも重かった拳を何度も何度も突き出してくるのだ。直撃していなかったのにHPが減った拳をマトモに喰らえばどうなるのか等、想像に難くない。――故に、私は一度攻撃を捨てた。
ブーツ、コート状に成形している奇譚繊維を一度解き、その全てを自由に動かせるように……手の様に成形した上で背中側から湧き出させ、
「捌き切る!」
顔面狙いの一撃を、3本の奇譚繊維の手を使い逸らし。
胴狙いの一撃を、4本の奇譚繊維の手を使って叩き落とし。
身体を捻って放たれた裏拳を、2本の奇譚繊維の手を使う事で自身の身体を射程外に逃がす。
受け、回避し、直撃をしていないというのに余波だけでHPが減っていく状況に冷や汗を流しつつも、私はリアルが私を突破出来ないように粘り続ける。
……くっさ!これデバフか!……感覚まで分からなくするタイプ!
リアルの攻撃自体は単純だ。武器らしい武器を持ち合わせていない為か、己の肉体に頼った動きをしてくれる。だからこそ、格闘技術をある程度持ち合わせている私にとっては相手しやすい……のだが。
相手の特殊能力が厄介だった。
「RTBNさん!コレ攻撃喰らっちゃダメ!デバフで最終的に立てなくなるタイプ!」
「気張りなさい!」
「無茶苦茶言うじゃんあの人!?」
拳を振るい、私が捌く度に身体に付着していくヘドロ状の何か。
強い悪臭を放つそれは、私に『悪臭』というデバフを何重にも付与し……徐々に身体の力を奪っていく。
……普通はただの、鼻を使うアルバンを使えなくなるだけのデバフだっていうのに……!
どういう能力かハッキリとは分からない。しかしながら、ヘドロが付着し悪臭が重なっていくと共に、私の足腰に力が入っていかなくなるのを感じていた。
一度離れ、洗い流す事が出来れば解除されると思うのだが……それを行うにしても、相手に攻撃されている現状では難しい。
「――あぁもう!やるかぁ!」
気張る。言われたからではないが、この場面で私が出来る事は気張るくらいしかないのだ。
気張って、自身の能力を全力で扱う。そして何とか耐えきる。それだけをする機械となる。
……洗い流せないなら……こっちの物にすればいい。相手の拳が重いなら……逆に、こちらは鋭くカウンターを入れれば良い。
徐々に私の動きが変わっていく。
先程まではリアルの攻撃を受け、回避する事をメインとした動きだったのに対し。
私の全身から湧き出ていた無数の奇譚繊維の手が4本程度まで少なくなり、全身に付着しているヘドロへの侵食を開始した。
その上で、
「受けて、返すッ!」
『――!?』
腰を入れ、体重の乗ったリアルの拳を4本の手が受け止めると同時。その場でしゃがみ込み、前へと倒れるようにリアルとの距離を詰め……私自身の拳を胴体へと放つ。
デバフによって力が入っていない為か、拳自体のダメージはほぼ無いように見える。しかしながら、私の攻撃はそれだけでは終わらない。
じゅくり、と。水音のようなものが聞こえると共に、私の放った拳から、リアルの拳を受け止めた手から、そして全身のヘドロへと侵食し始めている奇譚繊維から……無数の刃が具現化し、周囲全てのモノを突き刺し貫いていく。
「申し訳ないけどさァ!今の私って近接特化なんだよね!真正面からの!」
ハリネズミの様になった私は、そのままの勢いでリアルの身体を斬り裂いていく。
血の代わりにヘドロのような黒い液体が出ているのが少し気になるが、都市伝説や逸話の存在だ。気にしても仕方がないだろう。
相手が触れられない状態になった上で、こちらは自由に刃を消し動き、ヘドロを侵食する事で身体の調子も戻していく。
……【ダドリータウンの呪い】、効いてないね。
至近距離での戦闘だと言うのに、相手が『呪い』に罹る様子はない。【ダドリータウンの呪い】よりも格上の相手だからこそ通らないかもしれない。
「――良し、準備完了。良いわ」
「ようやく!」
と、背後から掛けられた声に思考の海へと沈みかけた意識が戻ってくる。
目の前のリアルは全身に裂傷や刺傷が目立ち、肩で息をしているような状態にはなっているが……それでも、感じる威圧感だけはそのままの状態だ。
その様子を少しだけ不思議に思いながらも、私はその場から大きく跳び退く事でRTBNから伸びるリアルへの射線を開け、
「行きなさい――【キング様】」
瞬間、巨大な槍がリアルの身体を貫いた。