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Episode5 - オーヴァーパワー


 RTBNがリックの安否を確認し終わり、いつまた攻勢に出ようかとこちらの様子を伺っているのが見えている。

 だからこそ、相手に大きな隙を作り出す事で合流しやすいようにしたいのだ。


『一応言うと、まぁ出来なくは無いと思うわよ。少し前回よりは難度が高いとは思うけれどね』

「それが分かっただけでも十分!」


 私の思考を読み取った【口裂け女】が疑問に対する先回りした回答をくれた為、私は頬を緩めながら更に前へ……拳だけでなく、全身でワニの身体の中へと入っていくような勢いで前進していく。

 その姿に周りの面々は驚いたかのような雰囲気を醸し出しているが……別に自暴自棄になった訳ではない。

 思い出すのは、つい最近の……くねくねとのボス戦の内容。その上で、私が目指すのはその最後。

……あの謎空間。絶対に自由に……狙って行けるようになった方が今後使える時が来るはず。

 特殊なギミックを持つ相手すらも、直接対決に無理矢理もっていけるあの空間。

 あれがどういう場所なのかも、直接対決にどういった意味があるのかも分かってはいない。しかしながら、


「やれるんだから、やる。それで私は良いんだよ!」


 勢いそのままに全身でワニの身体の中へと入った瞬間。

 眼鏡以外の身体に纏っていた奇譚繊維全てをワニの身体の中へと放出した。それと同時、私の身体の一部が何かに食われたかのように抉れ血が噴き出していく。

 自由に液体で身体を作れる存在の、その身体の中へと突入したのだ。普通ならば自殺行為に過ぎない……のだが。

……私だったら何とでもなる……!

 抉られ、血が流れ出ている場所に突如紫色の結晶が生え止血していく。

 今までどう使おうか悩んでいた、周囲に『呪い』を撒き散らす【ダドリータウンの呪い】。そして、その『呪い』を固形化させる事が出来る忌み十字の指輪。普通ならば攻撃に使うモノを、私は今止血用として使う。


『ほら、道はつけるわ。後は頑張りなさい』


 言われ、私の眼鏡を通した視界の中に1つの小さな光が灯る。

 見れば、そこには……鈍く光る小さな球体の姿があった。

……都市伝説の核!

 くねくねの時は力業で押し通った道。しかしながら今は違う。ゴールが見え、その先に行く為の感覚も私の中には備わっているのだから。

 放出した奇譚繊維を束ね、1つの縄の様にして。それらを見えた都市伝説の核へと殺到させて。


「――!」


 そのまま、気合と共に核の中へと奇譚繊維を侵入させた。

 瞬間、私の視界は暗転する。



--心像空間【下水道のワニ】



「着いたァ!」

『ッ、!?』


 辿り着いた先は、今まで見てきた2つの都市伝説のモノとはまた違う場所だった。

 都市伝説の名前の通り、下水道の様に薄暗く。それでいて【口裂け女】の刃物の代わりにゴミが大量に置かれている。

 その上で、くねくねの様に水面下には数多のワニの死体が浮かんでいた。

……都市伝説の成り立ちや、それに関するものが設置されてる場所。

 この心像空間という場所の、私の認識はそんなものだ。それに加え、都市伝説と直接タイマンが行える場所でしかない。

 だからこそ、少し離れた位置に居る真っ白のワニへと向けてファイティングポーズをとった。


「さぁ、ここまで来たよ。来てやったよ。来たんだよ。――リベンジ、させてもらうよ」


 結局の所、私が下水道のワニを相手に奇譚繊維のデモンストレーションを行った最大の理由はただの私情でしかない。

 当時、ボス戦には確かに勝った。ライオネルが居たし、あの時始めて暴走した【口裂け女】の力もあって勝つ事は出来たのだ。しかしながら、アレは自分の力で、自身の手で倒したとは言い難い。

 故に、ここに来るまではただの建前。この心像空間という、何故か【口裂け女】の声すらも聞こえなくなる空間で。今、私が持てる力だけで……下水道のワニを倒したかったがだけの、我儘だ。


「ッ」


 一息。

 吸った瞬間、私は奇譚繊維を全身から放出させブーツと手袋の形に成形。そのままボスへと向かって走り出した。

……ワニに勝つ方法は1つ。その強靭な顎を抑えつける事!

 自身アバターの膂力、そして奇譚繊維によって造られたブーツに何らかの能力が備わっているのか、普段よりも早い疾走でボスとの距離を急激に縮め。

 こちらの動きに反応する前に、顎を上から踏み付ける。


「まだ終わらないよね?!」


 だが、それで終わらない。

 ブーツを幾らか解き、ワニの顎を開かないようぐるぐる巻きにすると共に、更に拳を振り上げ叩きつける。何度も何度も、相手の脳がある位置を執拗に叩き続ける事で無理矢理に揺らし、行動をさせないようにしていれば。

……やっぱり、衝撃逃がしてるね。

 肉を打つ音の中に、水音が混じっている。場所が場所だ、別に水音が混じってもおかしくはないように思えるものの……それにしたって、私の想定している音よりも大きい。

 その理由は簡単だ。


「液体置換能力、厄介だね――ッ!」

『――ッァ!』


 目の前のワニが身体の内部を水に変える事で衝撃を身体全体に逃し、受けるダメージを抑えていた事に他ならない。

 当然、その状態の相手に攻撃を徹す方法はある……と言うよりも。

……その為の、奇譚繊維ではあるんだよねっと!

 近くに居る私を巻き込むように、もしくは私に距離を取らせる為に。下水道のワニはその身体を横へと回転させ始める。

 現実のワニも行う、ワニの必殺技とも言われる行動。


「デスロール!――でも、それも分かってるんだよ!野生動物!」

『?!』


 回転が始まると同時、私は大きく足を上へと蹴り上げる――ワニの顎に繋がった、ブーツごと思いっきり上へと、だ。

……おっもい……けど!

 普通ならば持ちあがらないし、片足となっている為に回転に巻き込まれもしてしまうだろう。

 しかしながら、そうはならない。何の為に会議中に内職のように体内で奇譚繊維を操っていたのか……そう、今のように身体能力が必要になる時の為だ。

 自身の内側で全身に、主に脚部に対し奇譚繊維を集中させる事で膂力の補強を行って、


「一本釣りッ!」


 足一本で空中へとアルビノのワニを釣り上げた。

 そうすればどうなるか。相手は元より翼は無く、その能力も液体が近くに無ければ十全に機能するとは言い難いもの。空中で攻撃を避ける事は難しいのは当然であり必然だ。

 だからこそ、私は笑う。


「呆気ないけど、これで終わりッ!」


 両手を上へと、空中を舞うワニへと向け。

 手袋の形にしていた奇譚繊維を思いっきり放出すると共に、私はその全てから刃を具現化させていく。

……衝撃を逃がしたり出来るって言っても、逃がしようがなかったらどうしようもないでしょ!

 出来上がるのは、空中の相手に対して迫る大量の刃物の濁流。

 まともな防御手段が無ければ全身を斬り刻まれ、もし逃げられたとしても余力のある私がすぐに近づき再度同じ手を使えるという、ちょっとズルいと言われても仕方がない攻撃手段だ。


『ッ!!!』

「おっと最後っ屁」


 下水道のワニに、その手の手段はなかったが故に濁流へと飲み込まれていく……のだが。最期の力を振り絞ったのか、こちらへと向けて何かを吐き出して来た。

 流石にボスから放たれたものをそのまま生身で受ける訳もなく、それでいて下水道のワニというボスの性質からして下手に水面に落とす事も出来なかった為に、適当に刀を具現化し打ち上げる。

 硬い感触があった為、やはり生身で食らう選択は無かったなと思っていると。

 空中の刃物の濁流が消えていき、周囲の景色も少しずつ溶けていっている事に気が付いた。


【ボス:【下水道のワニ】Hardを討伐しました】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】

【戦利品を付与しました】

【特殊状況確認……特殊戦利品を付与しました】


 ログが流れ、元居た場所へと戻るのかとじっとしていると……中々視界が暗転もしないし転移も開始されない。


「おっと?どういう事かなぁ……」


 軽く、周囲を見渡してみると。

 散乱しているゴミの中に、1つ妖しく光る都市伝説の欠片の様な物を発見する事が出来た。

 またこのパターンか、と思いながらそれをインベントリ内へと仕舞うと同時。待っていたかのように私の視界は暗転していった。


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