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Episode3 - ニューディサイプル


「よし、紹介も終わったな?それじゃあ本題にいこう」

「本題……って言うと……まぁ想像出来るんですけど、マジです?」

「マジマジ。大マジさ。……というか、先輩達に頼むよりも君に頼んだ方がこう……俺の精神的にも良い気がしててな」

「あぁー……」


 ここに来て、1YOUが私を周りにしっかりと紹介した理由は想像がつく。

 と言っても、ライオネル達を差し置いて私を紹介する理由など1つしか無いのだが。


「――じゃ、皆さん。この中で奇譚繊維を出せる人、手を挙げてもらっても?」


 そう、奇譚繊維。

 ライオネルはその性格に難があり、恐らくマギステルも使えなくはないのだろうが……1YOUがこの場に呼んでいない、もしくは来ていない時点で察するものがある。

 私の声にこの場に居る約半数が手を挙げ、もう半数は苦笑いや手元にメモらしきウィンドウを出現させた。


「了解です。1YOUさん、何処から?」

「じゃ、とりあえず今回は先の話をしてもらって良いかな。出せる前提の先の話を」

「はーい、じゃあやっていきます」


 皆の視線を感じつつも、私は全身から出していた奇譚繊維を一度全て仕舞う。

……まさか私がしっかり教師役になるなんてね。

 少し前までならば考えられない状況だ。だが、良い機会でもあると言えるだろう。

 未だ奇譚繊維への理解は自身も甘いと感じている。それを正し、深める為に言語化し他人へと伝える……難しいが、やってみて損はない……と思う。


「ま、出せる人向けの話をするなら――鍛錬あるのみ、です」

「……終わりか?」

「終わりですよ?どう伝えるか、言語化するかを考えたんですけど……全部まとめるとこうなるんですよねぇ」


 人差し指を立て、その先から1本の奇譚繊維を湧き出させ、


「このArban collect Onlineには、アルバン以外にスキルと呼ばれるものはありません。プレイヤースキルは別として、ですね」

「そうやねー。だからアルバンのスキルが重要になるし、サブアルバンの構成もかなり影響出るわけやろ?だから奇譚繊維を……」

「そう、そこで出てくるのが奇譚繊維な訳です」


 操り、様々な絵を空中に描いていく。

 車、飛行機、刀、骨、犬、ワニなど、適当に雑多に、様々な絵を奇譚繊維で表現していく。


「奇譚繊維はアルバンの力の源であり、骨子であり、核であり、私達の新たな力です。これを鍛えていけば、その分『技術』という形で力を得る事が出来ますし……何より、アルバンに左右されない動きだって出来るようになる」


 今度は肩甲骨辺りから大量に奇譚繊維を湧き出させ、両腕のように成形させてみる。

 どう見えているかは分からないが、上手くいっていれば背中側から2本の腕が生えているような形になっている筈だ。


「はい、これでもう手数2倍ですよ?でもしっかり、自分の思い通りになるように動かす為には鍛錬が必要な訳で」

「――だから、鍛錬あるのみ、という訳か」

「そういう事です♪」


 私は席に座り、店員に頼んで持ってきてもらった紅茶に口をつける。

 ハーブティの良い香りが鼻を抜けていくのを感じ、少しだけ気分が良くなりつつも周りの様子を見てみれば……三者三様と言うべき様相を見せている。

 駆除班の面々はと言えば、それぞれがメモか何かを取っているのであろうメモを表示させながら奇譚繊維を湧き出させている。

 Sneers Wolfの面々は1YOUが事前に伝えていたのか、そこまで考え込む事もせず知っていた風な反応だ。

 問題はそれ以外。いつの間にか集まって来ていた全く関係のない野次馬達が、もっと教えろと、まだ秘密はあるだろうと言わんばかりの表情を浮かべているのが見えていた。


「……ま、これだけじゃ理論もクソも無いと思うので……どっかの地下潜ります?」

「む、良いのか?神酒さんの時間も別に余裕があるわけじゃあないだろうに」

「問題無いですよ。というか、私もちょっと挑みたい所があるので」


 言って、私はある方向へと視線を向ける。

 丁度、この生産区にはいつかリベンジしたいと思っていた地下への入り口が存在しているのだ。



―――――



「という訳で、やってきました地下の入り口前。挑むのは【下水道のワニ】のハードモードとなっております」

「……知ってはいたが……君の生産区のボスはワニだったな……」

「そうですそうです。で、今回私と一緒に来るのはこの3人で良いですか?」


 地下への入り口……廃坑の前で、私は背後へと振り返る。

 そこには1YOUとリック、そしてもう1人駆除班の女性プレイヤーが立っていた。

 顔を逸らし、こちらからあまり見えないようにしている彼女に謎の既視感を感じつつ、


「あぁ。1YOUさんは奇譚繊維を先に教わってたかもしれんが、俺とこいつは違うからな。神酒さんの実力も見る為にちょっと本気のメンツだ」

「一応紹介してもらっても?」

「……RTBN。以後ヨロシク」

「よろしくお願いします」


 信用されていないわけではないと思う。

 しかしながら、実力を見ていないが故に本当に強いのか……本当に以前のイベントでの功労者なのかを疑われているのだろう。私だって、あんな飛び方したかった訳じゃない。

……とはいえ、過剰戦力感は否めないよね。

 私は言わずもがな。1YOUも、この先の娯楽区の地下を私と共に攻略している。

 その上でボス狩りに特化した駆除班のリーダーであるリックと、彼がちょっと本気と言って連れてきたRTBNというプレイヤー。

 どんな事が起きたとしても、まぁ今更下水道のワニに負けるようなメンツではない。


「まぁどうなるかは見ててください。奇譚繊維を戦闘に活かしたら……本気で使ったらどうなるかを」


 だが、手を抜くつもりはなかった。

 私も私で、くねくね戦から様々な事を考え、実行し、自らの身体アバターでテストしてきたのだ。

 その結果を、ここで見せるだけ。それくらいの気持ちでいけばいいのだ。


『貴女も難しい事を考える立場になったのねぇ』


 誰の所為だと思ってるんだ。


『あら、誰かしらね。……あぁ、それと。RTBNって子、さっきから貴女の手や首筋に視線を向けてるわ。敵意は無いけど……気を付けておきなさい?』


 【口裂け女】の忠告に、少しだけアルバンの埋め込まれている位置へと意識を向ける。

……嫉妬からのPvPとか……昔のMMOにはあったけども。

 こんな、人が居る場所でそんな事をするか?とは思う。

 そもそも、彼女と知り合ったのは今日が初であり、これまで関わりがあったわけでもない。

 故に、忠告は受け入れておくものの……頭の片隅、少ししたら忘れてしまうような位置に置いておく事にした。


「よし、じゃあ行きます」


--地下2-3 Hardmode


 廃坑の入り口へと向かって歩いていくと。すぐに視界は切り替わる。

 瞬間、


「ッ、警戒!もう居ます!」


 私は全身から奇譚繊維を湧き出させ、赤黒いコート、手袋、ブーツ、眼鏡を作り出しながらも3人に警戒するように叫ぶ。

 既に、居る。私達が立っているのは地下の入り口であり、迷宮と化した下水道が延々と目の前に広がっているだけで、酷く静かな場所だ。

 しかしながら、私の頭には……【下水道のワニ】というサブアルバンの能力には、何かがこちらを狙っているかのような音が感じ取れていた。

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