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Episode1 - ニューランスタート


 くうを舞う。

 壁を蹴り、三角跳びの様にして。重力の制約を受けながらも通路の中で身体を捻らせながら、


「ここッ!」

『グギッィ……!』


 右手の赤黒い、鈍く光るグローブから射出するようにしながら刃を具現化させ、真下に来た機械の猿を頂点から床へと向かって釘刺しにした。

 だが、それで終わらない。


「ッ、で、ここからァ!」


 自身の勢いと、突き刺した刃を軸に縦回転。

 曲芸の様な動きと共に、刀身を短くする事で突き刺さった切先を浮かせる事で、身体の動きを阻害しない様にしながら動いていけば。

 少し危うい着地をしながらも、背後の機械の猿を真っ二つのスクラップへと変える事に成功した。

……ふぅー……次は……結構遠いかな。

 ログが流れたことを確認しつつも、私はすぐに移動を開始する。

 現在、私がいるのは地下1-1のハードモード。以前攻略した場所ではあるものの、だからこそ様々なモノを試すのに丁度いい場所でもあった。


『良い感じね。少なくとも私はやらない戦い方だわ』

「褒めてる?それ」

『褒めてるわよ。私はどうやっても刃物を扱う都市伝説。貴女のように……素手をメインに、格闘術に刃を絡めた戦い方は出来ないもの』


 そういうモノらしい。

 とは言え、自分の格闘術もそこまで大したモノではない。現実でちょっと齧った護身術を、VRMMO用にアレンジを加えたものであり、

……基本的に、人型か超巨大な相手用だしね。

 獣のような相手には対応し切れない。それを補う為に、今アルバンを絡めた戦闘技術を磨いているものの……機械の猿相手では、考えた動きを試す程度しか出来ない。

 幅広い相手を、となるならばエイリアン・ビッグ・キャット辺りのハードモードに挑むべきなのだろうが、独りで挑むのには少しだけハードルが高かった。


「イベント、どうなるかなぁ……」


 次の相手へと近付いていく最中の、ちょっとした気分転換。もしくは現実逃避に少し前の事を頭の中に呼び起こす。といっても、約1週間程度前の事。

 ついに、もしくはもう、と言うべきか。――次回イベント予告とも言える文言が、ゲーム内で見つかり始めてしまったのだ。


『今度も同じ、防衛戦なのでしょう?』

「そうだね。侵食防衛戦。でも前回と違う点が明確にあって……」


 今回、私や周りの知り合い達は見つけていないものの、前回のランタン屋の様に変な結晶を見つけたプレイヤーがそれなりの量居るらしく。

 彼らが掲示板に報告した文言はどれも、『防衛戦が来る』、『クリアしなければ現実に侵食が』、『二の舞にならぬように』と、ほぼほぼ前回見つかったものと変わりがないものばかり……だったのだが。

……ちょっと、面倒そうなのも見つかっちゃってるんだよね。

 1、2人程度の数ではあるものの。

 『食い止めろ、阻止しろ、制圧しろ』という、前回とは少しだけ違った様相の文章を報告しているプレイヤーも居る為に、トウキョウにはそれなりの緊張が走っているのが現状だった。


『食い止めろ、って事は……それこそ前回と違って、文字通りの防衛戦になるかもしれないって訳ね?』

「阻止しろ、制圧しろって文言もあるから、大体そうなんじゃないの?ってのが掲示板とかでの見解だよ。超常事象対応特課うちとしても、今度は物量で来るんじゃないか?って言われてる」

『……貴女、それなのに単体戦闘技術を磨いてるの?』

「煩いな!分かってるよ!現実逃避だよコレも!」


 【口裂け女】にはそう言われてしまったが、私の対多戦闘能力自体は低くはない。

 奇譚繊維を使う事を前提にはしてしまうが、かつて【口裂け女】が見せてくれた戦い方を真似ればある程度の雑兵ならば蹴散らす事が出来るだろうし……何より、私は先のボス戦で相手を侵食する、という方法を手に入れた。

……あれを上手く使えば……大分、戦闘が楽にはなると思うんだよね。

 あの時侵食したのはくねくねであり、ボスの分体とも言える存在であったが故に、何やら不思議空間へと迷い込んでしまったものの。単純に敵性バグを一時的とは言えど自由に操れるというのは中々便利だ。


「おっと、侵食っと」

『……慣れたわね、本当』

「結構使ってきてるからね。全身から出せるようになったし……何より、装備みたいな形で奇譚繊維を維持出来てるのが大きいよ」


 私のすぐ横でポップした鉈持ちに対し、すぐさま奇譚繊維を全身に巻き付け侵食を行う。

 くねくね相手の時は多少難しかったものの、今では機械の猿達程度の相手ならばすぐに自分の色に染め上げる事が出来る。

……技術重要だね。これのレベルが上がるだけでも全然違うや。

 逸話同調、その技術のレベル。今まではそれがどういう意味を持つのかをあまり理解していなかったものの、現実にこうして見せれられると実感する。

 私が奇譚繊維をある程度扱えるようになったのも、今も赤黒い身体となって私の指示を待つ機械の猿を従えられているのも、全てが技術のレベルが上がったが故だ。

 自身の戦闘技術を磨く、とは言ったものの。こういった技術側のレベルを上げる事も目的ではある為、無駄な行動とは言われない……筈なのだ。多分。


「ま、言っても大き目の人型でしかないからサクっと終わらせようかな。呼ばれてるし」

『あら、何かしらの用事?』

「うん。――Sneers wolfと駆除班が共同主催の、次回イベント用の編成会議、だってさ」


 前回イベント時に主導となって指揮を執った、1YOU率いるプロゲーミングチーム『Sneers wolf』。

 そしてそれを支える形で動いていた、ゲーム外ボス戦特化クランである『駆除班』。

 彼らから呼ばれてしまっては、無名の私としては行かざるを得ないというのが正直な所だ。まぁ正しく言えば、ただのゲームプレイヤーの神酒ではなく、超常事象対応特課の篠崎瑞希として呼ばれている可能性が高いのだが。

……実働班の面々も呼んでるだろうけど……マギステルさんもどっかマトモじゃないからなぁ。

 このゲーム内で関係のある実働班のプレイヤー達の顔を思い浮かべたものの、現実でも超常的存在、現象を相手にしているからか、何処かしらおかしい所がある面々だ。

 彼ら彼女らに意見を求めるよりは、ある程度話も出来て事情も知っている私を呼ぶというのは……まぁ無難な選択ではないだろうか。


「よっし、それじゃあ……『あたし、メリーさん』」


 言って、視界が切り替わる。かつては暴走に頼った為に、自力で倒したとは言い難い巨大な猿。それが出現する駅のホームへとあの時と同じ様に転移して。


「『今あなたの後ろにいるの』ッ、とォ!」


 再挑戦、という誰に言うわけでもない言葉を胸に秘め、私はボス戦へと挑んでいく。




--仮想電子都市:トウキョウ・生産区


「よし、集まったな?」


 場所はいつも通りの喫茶店。だが、いつもの様な静けさはなく、数多くのプレイヤーがそこには集まっていた。

 中心となる席に座っているのは、Sneers wolfのリーダーであり私の知り合いでもある1YOU。

 そして、その隣にはライオネルの様なマズルマスクを着けた青年が座っている。

……確か、駆除班のリックさん……だったかな。

 面識はなく、話を聞く程度でしか名も聞かない。しかしながら、1YOUの隣に座っているという事はそれなりに実力がある人物、という事なのだろう。

 私は私で、1YOU達が居る中央の席からは近いものの、少し離れた席に座って言葉に耳を傾けていた。


「それでは、侵食防衛戦対策会議を開始する」


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