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Episode14 - ホワイトストレンジネス3


 この場がどういう場所かは未だ理解していない。【口裂け女】の居た場所と似ている事から、恐らくは都市伝説やそれに類するモノ、伝承らの力の源のような場所であるのは理解しているし、ここではないがボスの内側へと侵入する事でギミックを無視出来ないかと考えたのは私だ。

 だからこそ、この状況に文句はない。全て私が望んだ結果なのだから。

……それに、表に出てない人達を犠牲にするなんて……いつも通りだ。

 私が所属している秘匿事象隠蔽特課、否。名を変え、現在は超常事象対応特課となった組織は、超常的な存在、現象が表に出ないように……公にならないようにと奔走してきた。

 事務とは言え、ネット上等に蔓延るそれらをリアルで相手にしてきたのだ。救えなかった者や、救おうとせず釣り餌の様に使い、現象を引き起こした事だってある。

 だからこそ、


「今更、良心に訴えかけられても意味がないんだよッ!」


 一閃。侵食されていっている刀を振り抜く事で、私は無理矢理にくねくねを弾き飛ばし刀を捨てる。

 犠牲になった人の声BGMが少しだけ五月蠅いものの、新たに刀と片手剣をそれぞれ両手に具現化し、再び距離を詰めていく。

 対して、くねくねの動きは緩やかだ。なんせ相手は私の身体に触れればそれで終わりなのだから。

 向こうから決して近づこうとせず、身体を左右に揺らしながらこちらの動きを追っている。だが、そこに何かの技も、ブラフの類も感じない。その手の事を考えた事も無いのだろう。

……隙だらけなのは本当に有り難い。

 伊達に様々なVRMMOを経験してきた訳ではない。最近行動を共にする事が多い実働班の面々に比べれば大した事はないだろうが、それでも十二分に戦闘経験だけはあるのだ。

 超至近タッチの距離で、相手の隙だらけな動きを視て避けて腕を、全身を使って両手に持った得物を振るっていく。

 使えるのは凡そ二度の攻撃までが限度だろう。それ以降は私にまで侵食が及ぶ可能性がある為に、しっかりと手放して。その上で【口裂け女】というアルバンを身に宿している事を良い事に、延々と刃物を具現化させていって。


「もうちょっとさァ!抵抗とかしてくれないとッ!!」


 斬る。こちらの胴へと伸ばしてきた手を上へ払うように。

 斬る。タックルのように迫ってきた身体を押しのけるように。

 斬る。慣れていないであろう動きの蹴りを弾くように。

 斬って、切って、絶って。絶望と痛みに叫ぶ声を聞き流しながら、私は目の前の青白い存在を赤黒く染める為にキっていく。


「私が苛めてるみたいになるじゃんかッ!」


 斬った。相手の動きが先程よりも鈍くなってきた。

 斬った。相手の身体に先程よりも刃が入るようになった。

 斬った。相手の傷跡が先程よりも再生しなくなった。

 相手のダメージの許容量よりも、私の攻撃量、ダメージ量が上回り始めたとは思わない。もっと単純な話だ。

 目の前の相手しか見ていなくとも分かる事がある。

……ふふ、もう真っ赤だね。

 水面が紅く、どこまでも朱く染まっているのだ。先程まで五月蠅く聞こえていた叫び声も、今では小さく、その人数も少なくなっている。

 それだけ私は相手を斬ってきたのだろうし、それだけ相手は弱体化しているのだ。

 だからこそ、ならばこそ。


「終わりにしようか!」


 更に苛烈に、更に意欲を持って刃を振るう。

 何やら身体から少しだけ奇譚繊維のようなものが湧き出ているように見えるものの、それを確認している暇はない。

 今の私は、目の前の相手だけを斬る機械、システム、法則のようなモノに成っているのだから。


『――ッガァア!』

「……へぇ?喋れるんだ」


 避け、斬って。退いて、斬った。

 それだけを繰り返し、時折避け損ねた時に刃を追加で犠牲にしながらも相手を血濡れにしていると。

 これまで一言も発してこなかった相手が、苛立ちを含んだ声をこちらへ吠える。

 それに私は――歓喜した。


「ふふッ、それ・・凄く良いよ!――『君もそう思うよね』?」

『ァアア!ゥァッ!』

「ぶっぶー、違いまーす!そうじゃありませーん!」


 瞬間、私の首元から赤いオーラが湧き出て全身を覆っていく。

 喋れるのならば、言葉を発するのならば。私の持つ【口裂け女】というアルバンは、それを答えと認定してくれる。返答と誤認はんていしてくれるのだから。

 相手が明確に弱体化している場面での、自身の大幅強化。

 だが、変化はそれだけに留まらない。身体から勝手に湧き出ていた奇譚繊維が独りでに動き、全身に巻き付くと同時、刃を具現化させていく。無論、意識などしていない。していないが、


「丁度、良いッ!!」


 一度、刀を思いっきり横に振るいながら手を離す事で、くねくねを弾き飛ばすと共に刀を捨て。

 腕を上段に構えながら、再度新たな刀を1本具現化させていく。

……全力の一撃、本気の、今出来る一刀を!

 それに呼応する様に、私の全身に刃を具現化させていた奇譚繊維が刀へと巻きつき、巨大な、それでいて赤黒く鈍く光る刃の塊を作り出す。

 現状、どうやったって奇譚繊維の操作技術や【口裂け女】からの茶々によって、普段ならば出来ない能力の使い方。

 しかし、それを心像空間という特殊な空間故なのか成立させて。


「終わり、だぁああッ!」


 こちらから距離を取ろうと、覚束ない足取りで逃げ始めていたくねくねに対して振り下ろす。

 ダメージを水面下の人々に転化させたとしても、再生能力があったとしても。この一撃だけで倒し切る。

 そんな事を考えていたからなのかどうかはわからない。巨大な刃の塊となった刀が振り下ろされたと共に、巻き付いていた奇譚繊維が解け、直撃地付近に刃を撒き散らすという……私が考えていた以上の破壊を巻き起こしたのだ。

 直撃を避けても、付近に居れば致死量の刃の雨を全身に受ける。無論、直撃すれば刀の一撃をも喰らい、良くて全身裂傷だらけの瀕死になる一撃。故に結果はすぐに分かった。


【ボス:【くねくね】を討伐しました】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】

【戦利品を付与しました】

【特殊状況確認……特殊戦利品を付与しました】

【単為同調確認】

【逸話同調:技術獲得:単為同調 Lv1】

【逸話同調:技術獲得:心像顕現 Lv1】

【データ蒐集完了:DAUの強制帰還システムを起動します】


 私の視界が再度暗転し、気が付けばダンジョンに挑む前……DAUの目の前に立っていた。

 どうやら、普通の地下とは違い精神のみを送り込んでいる都合上なのか、攻略が終わり次第こちらへと戻されるらしい。


「つっかれたぁ……」

『ん……あら、戻ってきたのね』


 その場に座り込み、息を吐いて脱力する。

 最後の場面、心像空間という場所がどういう場所なのかは未だ分からないものの、精神的に疲労する戦いを繰り広げた事には変わりない。

 【口裂け女】に聞きたい事が増えてしまったな、と思いつつ。


「少しだけ、このままでぇー……」


 今は少しだけ休ませて欲しいと、仰向けに寝転がるのだった。

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