思いついた、と言うよりは思い出したと言った方が正しいだろう。
両手、首と来て私が白い種を埋め込めて、尚且つ目立たない場所。それは、
「よぉーし……んべ」
身近に居るメインアルバンを舌に埋め込んだ、ライオネルという存在。彼女の場合はマズルマスクという形でアルバン特有の装飾品が表に出てきていたものの……今回の場合はどのように影響が表れるかは予想出来ない。
……そういえば【猿夢】の装飾品って何処に出てるんだろう?
これまで気にしていなかった事を考えながら舌の上に白い種を乗せ、指でゆっくりと押し込んでいく。
四度目ともなれば、身体に埋め込む際に感じる寒気や違和感等も少しは慣れてくる……ものの。流石に多少の嫌悪感というものは感じてしまうのは仕方ないだろう。
【サブアルバンの適応完了:【下水道のワニ】】
自身の視界からは確認できないものの、ログが流れ【下水道のワニ】の能力が
そしてそれと共に、
「ッ……成程、パッシヴ系の能力……!」
私の頭に様々な振動という形で音が伝わってきた。
……都市伝説ってよりは……ワニという生物の特徴が能力になってる感じね……!
ワニは元より聴力が良い生物とされている。
頭へと振動等を伝える事で音を聴く事ができ、尚且つ音源の特定能力も持っているらしい。その上で鼓膜によって人間のように空気の振動による音の伝達も聴く事が出来るのだから……中々広い範囲で、様々な環境で『音を聴く』という行為が出来る生物だ。
だからこそなのだろう。私とライオネルが戦った下水道のワニという都市伝説は、離れた位置からでもこちらの事を認識し襲撃してきていた。
それがアルバンの能力として発現したのが、コレなのだ。
――――――――――
【下水道のワニ】
種別:逸話・サブ
状態:安定
β能力:【狩人の知覚】
説明:半径500m以内の音源を感知、振動として頭部へと伝え続ける(on/off可)
制限:トウキョウ内では能力の行使が行えない
強化状態:なし
――――――――――
詳細を表示し、オンオフが可能である事を確認したものの……今オフにする事は出来ない。何故ならば、
『あら、辛そうね』
「そりゃあそう!自分の声も響くし、周囲から……こっちに近付いてきてる何個かの音も振動って形で感知出来てるんだもん……!」
こちらへと近付いてきている敵性バグが何体か居るのが感知出来てしまったからだ。
恐らくは先程の鉈持ちとの戦闘音を探知したのだろう。流石に敵が近付いてきているというのに感知系能力をオフにする事は出来ない。
……使いにくいっちゃ使いにくいけど便利なのが悪いなぁコレ!
軽く気持ち悪くなってきたものの、かなり便利な能力ではある。
なんせ、範囲内の音源……今回の場合であれば、こちらへと近付いてきている敵性バグ達の位置が大まかにではあるが把握出来るのだ。
どうやって、と言われると説明に困るものの……分かる。頭の中に直接叩きこまれているかのような感覚。まぁ、振動を直接頭に叩き込まれているので比喩になっていないのだが。
「まずは……一番近いのから!」
『頑張るわねぇ』
走り出すと共に、自身の発生させた足音にも能力が反応するのに絶望しつつ。
私は一番こちらへと近付いてきている音源の元へと走り出した。
―――――
「ほら一撃!早く!」
『っるっさいわね小娘!』
「そっちが私の両腕乗っ取ってなきゃ何も言ってませんー!こっちは蹴りしか出来ないんだからホラ!」
『あぁもう!こんなはずじゃ……!』
私の身体へと目掛けて、複数の方向から鉈が振るわれる。
それを見て、感じる事でどの位置ならば身体に当たらないか……当たったとしても、掠り傷程度に抑える事が出来るかを判断し、紙一重、皮一枚で避けていく。
……ふぅー……流石に集中力も切れてきちゃった。
【下水道のワニ】、その感知能力によって敵性バグの位置を特定、撃破へと動いていた私であったが……ここで問題が発生した。
以前の機械の猿達とは違い、相手の耐久性が向上していた為に【メリーさん】込みの攻撃でも一撃二撃程度では倒せなくなっていた事。
そして何らかの技術を会得出来ていない為に、凡そ二分の一程度の確率で【口裂け女】が私の身体の一部を乗っ取る形で暴走する事。
この2つの理由から戦闘時間が予想以上に長引いてしまい、周囲から追加の鉈持ちが集まってきてしまったのだ。
「数が居る時自爆しないのは助かるけどッ!」
ある種のセーフティが働くのか、2体以上同種が存在する場合にはオイルを使った自爆をしてこない。
それ自体は助かるのだが……逆を返せば、このまま各個撃破していけば最終的に残ったオイル全てに火が灯るという事でもある。
……でも、良い情報は得れたかな?
今も
「はい、やって!」
『言われなくてもやってるわよ!』
【口裂け女】に乗っ取られた左腕が、関節を無視した動きで機械の身体を貫き心臓部を抜き出し、光の粒子へと変えていく。
背後から迫っていた鉈持ちを私は視界を使って認識はしていない。【下水道のワニ】、その感知能力によって位置と動きを把握して動いているのだ。
極論、慣れてしまえば……この能力を使っている間は視界を必要としない。死角という死角が存在せず、感知範囲内ならば全ての動きが音として、振動として頭へと伝わるのだから見るという動作は必要ないのだ。故に、
「あっ、と。右腕だけ元に戻ったね!じゃあ――『あたし、メリーさん』」
瞬間、私はその場から遠く離れた……感知範囲にギリギリ引っ掛かっていた1体の機械の猿の背後へと転移する。
ターゲットが必要な能力の、実質広範囲化。
【下水道のワニ】と【メリーさん】という、起源も広がった国すらも違う2つの
『ゴッゴゴォ!?シャァッ!』
「『今あなたの後ろにいるの』ッ!」
『貴女、私を良い様に使いすぎ!』
突如背後に出現した私に反応するように声を挙げる機械の猿……メガホン持ちは、こちらへと向き直ろうとしたものの。
【メリーさん】の能力によって強化された左腕の一撃によって、頭部から縦に真っ二つとなりすぐさま消えていく。
「ふぅー……周囲には何も居ないっぽいし休めるね。ほら、左腕返してよ」
『随分と暴走に慣れたわね……』
「そりゃあまぁ?慣れたっていうよりは、大体理解したって感じかな?」
『理解、ねぇ』
こちらへと近付いてくるモノが居ない事を確認してから、適当な壁を背に座り込む。
【メリーさん】の能力によって乱戦状態から抜け出す事が出来たものの、それまで数体の鉈持ちに囲まれていたのだ。精神も擦り減って然るべきだろう。
……暴走、ってよりは【口裂け女】の行動がどの程度までなのかが分かった、って感じだけど。
それと共に、私は今も赤黒い出刃包丁をペン回しかのように操っている左腕に視線を向けつつ、自身の内側に居る存在へと話しかける。
「1つだけ聞きたい事があるんだけど良い?」
『……何かしら』
「貴女って、私に危害が及ぶ行動が出来ないようになってない?もしくは……前みたいな全身乗っ取りじゃないと、貴女でも自由に身体を動かせないとか」
『それは……』
返答次第で、私の次の答えが決まる。
静かな駅の構内で、都市伝説との対話が始まった。