「――とは言ったものの」
地上へと戻ると同時、その場で振り返り生産区へと繋がっている階段を……否、少しだけ空間が歪んでいるように見える階段を見る。
攻略済みの地下、その難度が上がったバージョンへのアクセス方法は簡単でいつものように階段を降りていく途中で、生産区か地下のどちらへ侵入するかが選択できるのだ。
つまるところ、既にここは地下への入り口の目の前であり……一歩踏み出せばかつて見た人1人居ない駅構内へと侵入する事が出来る。
……制御出来る類のモノなのかな、アレ。
練習を始める前から少しばかり後ろ向きな考えではあるものの。
実際、初回だったからなのかは置いておくにしても、抵抗なんてする暇もなく【口裂け女】は表側に出てきてしまったのだ。
「やってみる、と言うよりは……まず糸口探しから、だね!」
迷宮の中で出口を探すようなものだ。それも、帰還用の糸を持たない状態で。
だがやってみない事にはそのスタートラインにすら立てないのだから……やるしかない。
そう考え直し、私は一歩前へと踏み出した。
--地下1-1 Hardmode
視界の隅に文字が表示されると共に、私の周囲の景色が切り替わっていく。
明るい時間だと言うのにも関わらず、誰一人として存在していない無人の駅構内。
誰かに見えられているかのような嫌な感覚が身体全体に纏わりつくと共に、私は変化に気が付いた。
「……荒廃、ってよりは何かに破壊された、って感じだね……」
使われていない、誰も存在していない割には綺麗に、時が止まったかのように保たれていたそこは、今や見る影もない。
至る所にある破壊の跡。巨大な刃物によって付けられたであろう傷や、何かによって亀裂の入れられた壁。
他にも本来はアナウンス等を放送する為のスピーカー等は、断続的に放電しながらもノイズを垂れ流し続けている。
「どれも犯人は思い当たるけど……うん、進むしかないか」
『あら、少し待っても良いんじゃない?』
「ッ、その声……!」
とりあえず、と歩き出そうとした私を止める様に。
何処かからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
……出所は……いや、言ってたね。
周囲を見渡してもソレは居ない。
当然だ。あれは元より
「ふぅー……【口裂け女】、だよね?」
『正解。もうちょっと慌てるかと思ってたのに……つまらないわね』
「こっちも事情があってね。聞いても良い?」
『あら、何かしら』
首元の印に軽く手を当てながらも、周囲の警戒を続けつつ。
私は出来る限り平静を保ちながらソレに聞く。
一番聞かねばならない事。聞かねば、今後の行動に支障が出る事。それは、
「貴女って、私に力を貸してくれるの?それとも邪魔したいだけ?」
協力の意志があるかどうかだ。
相手がゲーム世界のデータにしろ、何かの間違いでゲーム内に紛れ込んでしまったナニカだとしても。
私の今の大目標は、今後開催されるイベントを失敗させない事。それを達成するには、どうしても
『んー……まぁ場合によるわね。好き勝手したいっていうのは嘘ではないしぃー……でもそれはそれとして、私が外に出れないのに他の有象無象が外に出て好き勝手するのは許せないわ』
「あぁー……成程、成程ね。ちなみにイベントについては?」
『知ってるわよ。中から見えるし聞けるから。だから……そっちについては出来る限り協力はしてあげるわよ』
ありがたい。素直にそう思うと共に、何を要求されるのか怖くなってしまう。
付き合い自体はほぼ無いものの、相手は都市伝説。そのデータであり、本体、本物では無いにしろ……力を借りる対価や代償は必要になるだろう事は容易に想像出来る。
「……まぁ、協力してくれるなら良いか……じゃ、私はここの攻略進めるから」
『あら、もうちょっと話してもバチは当たらないのじゃなくて?』
「会話聞いてたなら知ってるでしょ!私がここに来た目的!」
『知ってるわ。知ってる上で……私を御し切れるならやってみればいいじゃない。中から見つつ、話し掛けられるの待ってるわねー』
口裂け女、という都市伝説とまともに会話が出来るという記録が存在した記憶がない。
だからこそ話半分に内容を聞きつつ、出来ることをこなす。これしか今は道がない……と思う。
「やってやろうじゃん……!」
半ば挑発であろう事は理解しつつも、私は荒廃した駅構内を歩き出した。
その先に何が待つかは予想出来つつも、己の内側のナニカによって状況が崩されないよう祈りながら。
―――――
探索していくにつれ、駅構内の荒廃具合がどの程度のモノなのかが把握出来た。
……元々人が居るであろう場所が徹底的に破壊されてる。
駅構内の本来であれば店員がいるであろう店や、人々が行き来するであろう改札などは見る影もない程に破壊され。
それ以外の、人があまり来ないであろう従業員通路やそれらに該当するであろう場所に関しては破壊の痕跡が少ないのだ。
「人、もしくはその人の痕跡がある場所が基本的に目標になり得る……って感じなのかな」
それに加え、機械の猿達が設置したのか所々に粗雑な造りのトラップが設置されている。
近付けばけたたましい音量の警報が周囲に鳴り響く物から、地雷のような物、普通の人間ならば感電死してもおかしくはないであろう電撃を食わらせてくる物に、火炎放射によって全身を焼こうとする物。
全てが全て、食らってしまえば面倒な事になる事は明白だ。
しかしながら、機械の猿達が設置したが故か、それとも私が猿夢という都市伝説を蒐集したが故なのか。
それらの罠は特に隠されておらず……私が引っかかったのも、電撃の罠を一度だけ注意不足によって作動させてしまっただけだった。
『ただ歩いてるだけの視界を見るのは退屈ねぇ……』
「あれ?さっき私が感電してたの見てなかった?アレ?……ッと、話題に出したからかな?丁度来たみたいだよ?」
『あら、空気の読める良い子じゃないの』
身体の内側から響く声に反応した声が大きかったのか、はたまた偶然か。
こちらへと向かってくる機械の駆動音が1つ聴こえてくる。
……STRとDEXだけに強化を振ってるから、気が付けなかっただけ……とも言えるかな。
自身で調整、強化したとは言え、現在の私の索敵能力は並の人間と同程度。
何かしらで補強するべきだとは思うものの……それをする術は、
「……あ」
忘れていた。
こんな、これから戦闘に入るであろう数瞬前に思い出すような事ではないが、1つ忘れていた事を思い出した。
「くぅ……この後絶対確認してやる……」
少しばかり悶えそうになりつつも、駆動音のした方向……通路の先へと視線を向けてみれば。
そこには、一対の赤く光るレンズがこちらへと向けられていた。
……元の鉈持ち……じゃないね。アレ。
それは、巨大な赤黒い錆びの付いた鉈を持っていた。
それは、身体の内側から時折火花が散るコードを溢れさせていた。
それは、真っすぐと殺意を込めた視線をこちらへと向けていた。
総じてそれは、私の知る機械の猿のソレではなかった。
『ヒ、ヒヒ、ヒ……ト……』
口を開き、その奥にあるスピーカーから以前とは違う文言を流しながらも、こちらへとゆっくりと……一挙手一投足がしっかりと観察できる程にゆっくりとした動きで近寄ってくるそれに、私は逆に警戒心を強めた。
……心配だけどやるしかないか。
首元に手を添え、いつでも刃物を具現化出来るようにしておいて。
一定の範囲……今の私の身体スペックで余裕をもって避けれるであろう距離を保てるようにしながらも観察を続けていれば、
『イィ……ッケ造りィイイ!』
「やっぱりそうなるの!?」
ある一定の距離まで距離が縮まった瞬間、急に全身からオイルを撒き散らしながらも勢い良くこちらへと向かって駆け始めた。
それによって、周囲に設置されていた罠が作動し派手な事になっているが……戦闘開始だ。