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Episode1 - チェックシチュエーション


 「……収穫はナシ、とは言わないけど……」


 某日、午前。

 私は自宅の電子端末の前へと座り、複数あるディスプレイと睨めっこしてはキーボードを叩くという作業を行っていた。

……見つかったのは1つだけ、充分それだけできな臭さはあがったわけだけど。

 Arban collect Online。私、篠崎瑞希が所属している秘匿事象隠蔽特課より遊ぶ事を命じられた、都市伝説をメインのモチーフとしているVRMMO。

 先日、2体のボス……『猿夢』、そして『下水道のワニ』という現実でもそこそこの知名度がある都市伝説相手に立ち回り、勝利を収めた後、私は現実にてそのゲームについて調べ物をしていた。

 というのも、だ。


「都市伝説が現実に、なんて……秘匿事象隠蔽特課ウチからしたら止めてもらいたい事この上ない事案だしね。でもそれが本当かのソースは見つからない……!」


 私が仕事仲間と見つけてしまった謎のデータ。その中身は、私達の在り方を揺るがしかねない内容だったからだ。


「見つかったのも、ゲームサーバーが何処にあるのかも、開発が何処に会社を構えてるのかも不明っていう……情報として捉えて良いものか怪しいし……」


 だからこそ、私は調べ出した。

 中から調べられない、外側の話。しかしながらその進捗は芳しくない。

 出てくるものは全てがアンノウンであり、逆にそうだからこそ信憑性が高まる結果になってしまっているのは皮肉なものだが。

……運営は各国。しかも各国にサーバーが用意されてるのは確認出来てる。アクティブ数とか関係無いのも……ちょっと怖いなぁ。

 先進国、開発途上国等の括り等関係無く、ほぼ全ての国に対してサーバーが用意されている。この時点で開発資金や技術的に可能なのか?という疑問は浮かぶものの……可能なものは可能、という事なのだろう。


「はぁー……ライオネルさん側でも何か見つかってれば良いけど……って!時間やっば!?」


 そうして一息ついたところで時間を見てみれば、待ち合わせの時間が迫ってきていることに気が付き、慌ててVR機器を装着してからベッドに横になる。

 じわじわと何処かへと落ちていくような感覚と共に、私の意識は仮想空間へと飲み込まれていった。



―――――



--仮想電子都市:トウキョウ・生産区


「すいません遅れました!」

「あは、元気だねぇ。そこまで待ってないから大丈夫だぜ?」


 ログインした私は急ぎ生産区の喫茶店……待ち合わせの場所へと向かった。

……うわ、今日は満漢全席だ。喫茶店で出てくるものじゃないでしょ!?

 ここ数日で見慣れたものの、1つどころか4つものテーブルを占領し、大量の料理を食らっている姿は目を惹くものがある。


「ま、座りなよ。調べ終わったんだろう?」

「そうですねー……分かりきってた情報しか出てこなかったですけど」

「そう簡単に出てきてもらっても困るけどね。……さて」


 ライオネルは適当に目の前の料理を片付けるかのように平らげて。

 行儀が悪いものの、鉄製の箸をこちらへと向けながら、


「じゃあ情報交換と行こうか」


 良いかな?


「まず大体察せられるけど……新しい情報は出なかった。これは良いね?」

「えぇ。掲示板や公式サイトに載っている以上の情報は見つけられませんでしたし、そこから奥に潜っても何も発見出来ませんでした」

「うん、大体うちの隊長の予想通りかな。その上で……実働隊ウチの動きは現状維持・・・・に決まった」


 現状維持。

 よく言えばそのまま攻略を進めてほしいという旨を。悪く言えば、


「対処しない、隠蔽しない……って事ですか?」

「隊長の考えは分からないけど、そう言うよりはこのゲームにあんまり人数を割けないって感じかな」

「それは……もしもイベントが失敗に終わった時を考えて?」

「多分ね」


 イベントがどのような形式かは分からない。

 しかしながら、それを失敗させてしまうと現実側に都市伝説が……私の内側に宿る【口裂け女】や、それに類するモノ達が現実に溢れてしまう。

 実働隊としては、未然に防ぐ事も大事ではあるものの……その上で、もし失敗したの時の事を考えての配置なのだろう。

……人数が増えてくれれば……その分、統率が取れるとは思うんだけどな。

 だが、不安が強い。

 良くも悪くもMMOというものは、自分勝手に動く者が多く居る環境になりがちだ。

 特にリアルマネートレードに類するシステムを公式に導入しているこのゲームではその手の輩は多くなるはずだ。


「って事は……私達で何とかしないとですか」

「うんにゃ?私の後輩くんとか友達とか知り合いとかに声掛けてあるから人数の方は大丈夫」

「へ?」

「これでも結構人脈広いんだぜ?私。とりあえずは……大体追加で5人は堅い筈さ。ちょっとしたクランくらいには動けると思うよ」


 クラン。ファンタジーでも、そしてこの現実世界でもある所にはある概念であり、言ってしまえば互助会や仲良い者達の集まり、組合の様なもの。

 助け合い、時に足を引っ張り合いながらも前へと進んで行くためのグループであり、少ない人数で組むパーティよりも、色々な効率が上がるであろうものだ。


「ちなみに私達の事を知ってるのは?」

「後輩くんだけだね。というか後輩くんはそのまま実働隊だし」

「な、成程……!」


 秘密、と言うほどではないものの、それを共有出来る相手が増えるというのは有り難い。

……でも、問題はこれからかな?

 だが、人数が増えた所で大きな問題は片付いていないのだ。

 イベントは勿論、私にはもう1つ大きな問題が残っているのだから。


「ま、イベント迄にはある程度形にしておくから……先に考えるべきは神酒ちゃんの方だね」

「そう、ですよねぇ……」


 考えていた事を察せられたのか、意味深な笑みを浮かべ言葉を投げられる。

 自然、私の意識は自身の首元へと向けられるものの……特に反応は無い。まるで何も無かったかのように。


これ・・に関しては、ライオネルさんに合わせてイベント迄には何とか……してみます」

「お、手助けとか要らないかい?」

「要らないってよりは、手助けしてもらえる問題なのかって感じですね!それに……丁度良く、鍛えられそうなのが来てくれましたし」


 言って、私とライオネルの前に1枚のウィンドウが出現する。

 そこには、


「『大型アップデート実装』。今日からですしね!」

「あは、私達が考えてた以上に先に進んでほしいらしいね?開発側は」


 今日から実装された、Arban collect Onlineに大きな変化を加える要素。

 その名も、


「攻略済みの地下、その難度向上バージョンの実装……!」

「私としても助かるんだよねぇ。巨頭オとか割ともう一回戦いたかったし」

「こっちは……まぁ特殊なボス戦でしたけど、その分連戦だったんで。制御を身体で覚えるにはもってこいですよ!」

「その意気や良し、って感じだぜ神酒ちゃん。つくづく事務じゃなくて実働隊に欲しい精神性だよ」


 褒められているのかどうか分からないものの。

 イベントが始まるまでの時間で、何をするか、何をするべきなのかが確定したのが有難い。

……制御、出来れば良いけど。

 不安な部分も勿論ある。そもそもが強烈なファーストエンゲージ初遭遇だったのだ。

 だが使いこなせる様になったならば……それは自身にとって、大きな力となる。

 それが間違いないのだから……躊躇わず、私は進む。


「じゃ、行ってきます」

「お、早速だ。お姉さんは……少ししたら下を調査しに行く事にするよ」

「下……賭博区ですね?」

「そうそう。下水道のワニ討伐後の、安定化した地下。そこに現れた区画とか……調べない訳にはいかないだろう?実働隊としては」

「真面目な事言ってますけど、裏の『賭博したい』って気持ちが透けてますよ」

「あは、バレてたか」


 賭博区は私も気になっている。

 賭博といえばお金。お金といえば、私の好きなものなのだから当然だろう。

 しかしながら、それを安心して楽しむ為に……先に新たな難度の地下へと挑むのだ。

……さぁ、新しい挑戦の時間だ。

 私は席から立ち上がり、地上へと足を向けた。


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