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Episode17 - スリットマスクウーマン


 そこは、無数の刃物が置かれた場所だった。

 先程まで居た下水道の面影は一切なく、血のように紅く浅い水面が彼方まで続く、他に何もない世界。

 空には笑みのような三日月が浮かんでいる。


「いや何コレ!?」


 多少のパニックに陥りながらも、周囲に刃物以外無いかを確認しようと動き出せば。

 私の視界にあるものが映り、微かに何かが聞こえてきた。見えた何かを追うように視線を動かせば……そこには、映像のようなモノを映し出す1本の巨大な包丁が存在していた。

……さっきまであった?いや、無かったよね?というか……!

 私はその包丁へと近付き、映し出されているモノに釘付けになる。

 そこに映っていたのは……先程まで、私が居た下水道。近くには驚愕した表情を浮かべているライオネルの姿があり、目の前には今も襲い掛かってきている液体と化したワニも居た。

 そして肝心の、カメラの主。先程まで私が居た場所に立っているソレは……私の様で、私ではない存在だった。


『ふふっ……ふふふ。こうして表に出てくるのは……何時振りだったかしら』


 身体を形成する事なく、複数の顎として視点の主へと襲い掛かってくるワニを1本の赤黒い出刃包丁でいなし、受け流し、そして両断して。

 まるで踊っているかのように、目の前で起こっている事全てが面白いかのように嗤いながら、ソレは言う。


現実元の世界とは違うけれど……ゲームこちらだったら本気で力を使って良いっていうのも最高ね。『そう思わないかしら?お嬢さん』』

『ッ!……そ、そうだね』

『あら、知ってて答えたわね?――でも残念。あの子が使うようなモノとホンモノは違うのよ、スペックが』


 私が【口裂け女】の能力を使う時のように、ライオネルへと質問を行い……恐らくは想定された答えでは無かったのだろう。しかしながら、能力は不発にはならず。逆に普段よりも濃く血の色に近いオーラが身体全体を覆っていく。

 それを見て。私は薄々分かっていた現在の状況、その原因が何であるかを確信する。


「十中八九、【口裂け女】……その元かな?コレは。猿夢と逆パターンかなぁ……」


 討伐する事で、その報酬としてアルバンと化した猿夢。

 そして原因……は分からなくないものの。いきなり私の身体を乗っ取るという形で顕現した口裂け女という都市伝説。まだ2つしか例を知らず、答えを導くには情報が足りない状況ではあるが……仮説を立てる事くらいは出来るだろう。

 それは、


「メインアルバンの能力を使い過ぎると、元の都市伝説が表に出てくる……もしくは、アルバンが暴走するって感じかな。面倒臭いなぁ!」


 秘匿事象隠蔽特課の事務員として働いてきた経験から、都市伝説に常識が通用しない事くらいは理解している。

 そもそもゲームの仕様として、アルバンというものが暴走前提で設計されている可能性だってある。

 しかしながら、それらを踏まえたとしても……やはり、都市伝説という存在ものが面倒臭いものであると言わざるを得ない。

……そりゃ使うでしょ!メインなんだもん!あの何かが削れてる感覚ってこうなる予兆って事かよ!

 最初の猿との戦闘時から感じていた感覚であった為に、アルバンの能力が発動出来ている指標になる感覚だと結論付けて深く考えては来なかったソレ。

 防ぎようはなく、解決策を探るには……アルバンやそれらに関連するものを扱う解読屋等に行けば答えは得られそうだが……1つ、いや2つ程問題が発生している。


「ここから戻る方法と……後は今後、こうなる可能性が高くなってるよね、多分」


 1つは、この謎空間から脱出し私の身体アバターの制御を取り戻せるかどうかという点。

 流石にHPが全損すればデスペナを喰らう代わりに元に戻るとは思うが……今も包丁に映る動きからして、ライオネルが頑張ったとしても削り切る事が出来るかは若干怪しい。

 何せ、斬り刻まれた事によって数が増えた液体状の小型ワニに対し、今も出刃包丁1本だけで嗤いながら一撃も喰らわずに立ち回っているのだ。流石に分が悪いとしか言いようがない。

 そして2つ目は……この状況が繰り返される可能性が非常に高い、という事だ。

……一度開いちゃった扉は、どんなに堅く閉めたとしても開いちゃうものだからね。

 都市伝説問わず、一度通れてしまった道は何度でも行き来出来るように。

 一度こうして表に出てきてしまった以上、口裂け女は機会があれば表に出てくる事を躊躇わない筈だ。

 それこそ私達、秘匿事象隠蔽特課が都市伝説の隠蔽や蒐集をするのにそれ以外を犠牲にする事を躊躇わないように。


『あら、そうでもないわよ?こうしてしっかり出てこれるのは今回くらいじゃないかしら?初回サービスって奴よ』

「……こっちの声も聞こえてるんだ……」

『そりゃあそうよ?私の中だもの。貴女が私の声を今まで……ついさっきまで聞こえていなかった方がおかしいのよ』


 と考えていたら、予想外の所から答えが返って来て驚いた。

……道理ではあるけど、納得はしたくないなぁ。

 自身の中の出来事だからこそ観測が可能であり、それは私自身にも言える事である。

 そう考えればそうなのかもしれないが、さっきまでそんな事を考える余裕も、その考えに至るようなヒントもなかったが故の現状なのだ。


「で、私の身体を返してくれるのはいつかな?出来れば早めに返してくれると助かるんだけど!」

『えぇ?もう少し遊びたいわ。目の前の元気なワニちゃんはもう少しで動かなくなっちゃいそうだし……次はあっちのお嬢さんと遊ぼうかしら』

「なっ……やめてくれる!?」


 下水道のワニを倒してくれるのは正直ありがたい。

 しかしながら、その矛先がライオネルにも向けられるとなれば話は別だ。


「どうにか……どうにか?」


 そこでふと、私は自然すぎて気が付かなかったものに気が付いた。

 ゲーム内が故に自然であり、今までの間ずっと表示・・されていたが故に考えから外していたモノ。

……ここ、所謂精神世界って奴だよね?なのにHPバーが存在してる……ッ!

 そこまで考え、私は1つの解決策を思いつく。

 普通だったらならば、そんな方法は通らないはずだ。しかしながら、ここはゲーム内であり都市伝説という規格外の世界の内側。

 試すだけならばタダだ。


「いよっし、それじゃあ……せーのッ!」



―――――



■ライオネル


 目の前に突然現れた、と言うよりは。

 先程まで共に行動していた、仕事仲間が突如変貌したと言った方が正確だろう。

……いや、本当どういう事ぉ……?

 ソレは、漆黒に近い黒の髪を持ち。

 ソレは、白いマスクをする事で口元を隠し。

 ソレは、1本の赤黒い出刃包丁で下水道のワニを1人で征していた。


「ふふッ……これで終わりかしらね」


 声は仕事仲間と同じであり、それが混乱を加速させる原因とはなっているものの。

 私の脳内では1つの仮説が立てられていた。

……乗っ取るタイプの都市伝説って居たっけなぁ……。少なくとも口裂け女はその手の能力は持ってなかった気がするんだけど。

 目の前の存在は、神酒のアルバンである口裂け女が暴走した結果の存在だという事。


【ボス:【下水道のワニ】を討伐しました】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】

【戦利品を付与しました】

【これより、地下2-3層の安定化を行います……失敗:都市伝説による介入を確認】


「もうちょっと遊びたいのよ。少しだけ、少しだけよ」


 言って、推定口裂け女はこちらへと向き直る。

……プレッシャーが凄いなぁ。流石に日本の有名な都市伝説だけはあるか。

 その全身から放たれる威圧感に少しだけ気負わされながらも、無理矢理気分を高ぶらせる為にも笑みを浮かべる。


「あは、やっぱり私と戦うのかい?」

「いやね、遊びって言って頂戴?私別に貴女の事を殺したいわけじゃないもの。それに……相性も悪いみたいだし?」

「口裂け女に相性が悪いって言われるのは……誇っていいのか分からないなぁ」


 その所作1つ1つに隙らしい隙を見つける事が出来ない。

 下手に動けば、手に持った出刃包丁によって文字通り捌かれてしまうという確信もある。

 冷や汗をかきながらも相手の出方を伺っていると、


「ッ!……あーあ。気が付かれちゃったみたい。じゃあねお嬢さん。今回はここまでらしいわ」

「へ?……あれぇ?」


 突如、口裂け女の首元から1本の包丁が内側から生えてきて。

 急速にHPを減らし、プレイヤーが死ぬときと同じ様に光の粒子となって消えていってしまった。


【脅威存在の消滅を確認:地下2-3層の安定化を行います】

【地下2-3層の安定化が行われました】

【地下2-3層改め、仮想電子都市:トウキョウ・賭博区が解放されました】

【オンラインヘルプを追加しました】


 ログが流れ、気が付けば私はトウキョウの地上側へと転移させられていた。

 ボス戦が終わったから、地下の安定化がされたからだろう。これについては以前も……巨頭オを討伐した時も経験した事であり混乱するような事でもない。


「いや、本当どういう事ぉ……?」


 巨大な謎を1つ残したまま、私と神酒の2人での初めてのボス戦は幕を閉じたのだった。

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