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Episode16 - スーアアリゲーター3


 声が、聞こえる。

 私の心の内の声でも、共に戦う彼女の声でも無い。

 聞いたことの無い、不明瞭でありながら女性であると分かる声。

 だが、私はその声の主を知っている気がした。



―――――



「まだまだ大きいなッ、と!」


 これで何度目になるのか分からない投擲と共に、合わせる様にライオネルが鮪包丁をワニへと向かって振るう。

 ワニの攻撃法自体は既に割れ、それに合わせた動きと連携でギリギリの戦いを私達は続けていた。

……大きさ的にはもう最初の半分くらい……だけど。

 今や、ワニは私達よりも一回り二回り大きい程度まで縮んでおり、このまま攻撃を続けていればいずれ倒すことが出来るだろう。

 ワニが再生すると共に嵩が減っていた下水も、既に底のヘドロが見える程には無くなった。

 しかしながら、次第に私達の身体には傷が増えていく。理由は簡単だ。


「あは。小さくなれば速くなる、道理だよね」

「言ってる場合ですか?!」


 相手の速度が上がっているのだ。

 鈍重だった姿は既に無く、リアルに存在するワニよりも素早く、そして攻撃性の高いソレは今も私達を喰らおうと顎を開き迫ってくる。

 少し前までならば、その動きを見てからでも尚余裕を持って避けられていたそれ。しかし、今ではその予兆を読み、勘を多分に含んだ予測回避によってなんとか直撃を避けるように動かねばならない程に厄介な行動となっている。


……ただ噛み付いてくるだけならやりようは幾らでもあるのに……!

 現実のワニにも複数の行動があるように、目の前に居るワニにもしっかりと行動パターンというのが存在している。

 強靭な顎を使う噛み砕きに始まり、それの派生としてその巨体を横へと転がす範囲攻撃。

 尻尾を振り回す事で周囲の物体を薙ぎ払う攻撃。そして、その身体の維持にも使われているであろう、周囲の汚水を使った遠距離攻撃等……中々に多様な攻撃方法を持っているのだ。

 本体のスペックが高いが故に、それだけの攻撃手段で普通の相手ならば狩る事が出来る。体積を減らしてくる相手だとしても、本体のスピードが速くなるのだからやがて狩る事が出来る。

 つまるところ、結局本体のスペックが高いからこその攻撃をしてくるのだ。


「ライオネルさん!後どれくらい・・・・・いけますか!?」

「……とりあえずあと1回。でも次は確実に重いの引く事になるね!」

「ならこっちが手札切ります!タイミング合わせて!」


 ライオネルのサブアルバン……【猿の腕】は多大なデメリットの存在する回数制のバフ付与能力。

 私が見ているだけでも1回、ワニとの交戦中に1回と既に1日に使える数をほぼ使い切っており……デメリットであるデバフが彼女の身体を現在進行形で蝕んでいるはずだ。

 それに、元ネタである猿の腕は確実に所有者に対して多大な代償を要求する都市伝説。3回目の能力行使をした時点で、身体が突然吹き飛ぶようなデメリットを引いてもおかしくはない。

……もうちょっと良い所で使いたかったけど……仕方ない!

 私は具現化させていたフランキスカを一度消し、左手の甲へと意識を向ける。その瞬間、私の左手の中には1つの制帽が具現化されていく。

 無論、【口裂け女】の具現化能力に依るものではなく……左手に宿るアルバンによるもの。


「ふぅー……よしッ」


 しっかりと、今も目の前でライオネルと至近距離で戦い続けているワニを見据え、息を整える。

 それと共に左手に持った制帽を被り、右手で指鉄砲のような形を作りそちらへと向けた。

……【猿夢】や【猿の腕】って……私達、猿系の都市伝説ばっかり持ってるなぁ。

 少しだけ変な事を考えつつも、しっかりと狙いを付け……ワニと指鉄砲の狙い先が被った瞬間、


「『出発進行オールアボート』」


 言った瞬間、私の横に大量の光が集まっていき……門を形成する。

 流石にそんな事をしていれば、ワニも気が付いたのかこちらへと狙いを定めるものの……ここまで来たらもう遅い。


『電車が発車します、電車が発車します。進路上のお客様は居ない神にでも祈り散らかしてください~』


 聞いた事のある声のアナウンスがどこからともなく流れだし、光の門がゆっくりと開いていくと共にそれは現れた。

 遊園地などのテーマパークに存在していそうな、猿を模したファンシーな列車。

 知っている者が見れば畏怖と憎悪を。知らない者が見れば気が抜けるであろうそれは……つい、この間私が活動を停止させた都市伝説のモノ。

 こちらへと一瞬で迫り、大きく口を開け私を噛み砕こうとしてきているワニに対し、逸る気持ちを抑えつつゆっくりと笑いかけ、


「人身事故、行ってみよう!」

『お客様と接触します~。運転見合わせなんて事はしないので、全開全速力で駆け抜けます~』


 猿夢の列車に側面から突っ込まれ、その身体を弾けさせた。

 元ボス、現サブアルバン【猿夢】。

 その能力は、一度ボスとして存在しているソレを倒す必要があった為か破格とも言える性能を持っていた。


――――――――――

【猿夢】

種別:怪談・サブ

状態:安定


γ能力:【出発進行~】

   説明:1.猿夢本体である列車を出現させ、指定した目標へと向かって発進させる(地下内限定能力)

      2.縮小化された列車を出現させ、自由に操縦する事が出来る(トウキョウ内限定能力)

   制限:モーション固定(狙いを付ける、制帽を被る)

   起動文:『出発進行オールアボート

   強化状態:なし

――――――――――


 列車の出現能力。地下かトウキョウかで能力の詳細が少し変わるものの、どちらにしても強い事には変わりない。


「再生は……されてない、かな?」


 衝撃が強すぎたのか、ワニの再生はまだ始まっていない。

 ログが流れていない為、まだ生きているとは思うのだが……液体状態になっている相手に打てる手も特に無い。消えていく列車に手を軽く振りつつ、こちらへと駆けてくるライオネルに対して話しかける。

 私は今回後衛として戦っていたために、被弾は少ないものの。

 彼女は彼女で、私の代わりに前衛として戦っていたのだ。HP的な消耗もそうだが、アバター自体に現れている生傷も多く、その姿は痛々しいものになっている。


「ほぼ終わり、ですかね?」

「多分そうかな?流石にあの量だと……両断出来るだろうし。最小サイズがどれくらいかは分からないけど、ありんこサイズは無いだろうしね」

「そうなったら怖すぎますよ。仮にもワニがアリのサイズで行動してたら……」


 流石に目視も難しい大きさで行動する事は無いだろうが……もしも本当にそうなったら恐ろしいなんてものではない。

 相手を倒す為に動き続けるのであれば……もしかしたら相手の体内へと入り込み、内側からその身体を壊してくる可能性だってあるのだから。

……猿夢の時とは違う疲れ方をしちゃったなぁ。

 前回はソロ、今回はパーティでの攻略なのだから疲れ方が変わるのは当然だとは思うのだが……どちらにしろ、精神的に疲れた事は事実だ。


「あは、神酒ちゃんも疲れちゃったっぽいし……早めにトドメ刺して帰ろうか。えぇーっとワニワニ……」

「ホントですよ。元々事務職の人間にこんなのやらせるなんて――「危ないッ!」――えっ?」


 気が抜けていたのだろう。ボス相手をほぼ無力化したのだから当然とも言える。

 しかしながら、相手は液体の状態でも動ける事を失念していた。初めて遭遇した時の事がすっかりと頭から抜けていた。

 声のした方向へと振り向いてみれば、そこには液体の状態で大きく口を開けたワニが居て。

 どうやっても私には避けられる状況ではない事がすぐに分かってしまった。

……あー……油断したなぁ。これ。

 どこか達観した気持ちで、こちらへと迫ってくるソレを見つつ心の中で溜息を吐いた。

 倒す事は出来るだろう。単体性能が低い私がやられるよりも、ライオネルがやられていた方が厳しかったのだから。

 そう思い、そう考え生存を諦めた所で……それを聴いた・・・・・・

 汚水の、鋸のような歯が私の身体へと届く瞬間、


『ふふ……丁度良いわ。丁度良い。本当に。貴女……少し、借りる・・・わ』


 知らない女性の声と共に、私の視界は暗転した。

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