--地下2-3層
生産区の鍛冶屋にて、布が巻かれた長い棒状の何かを受け取っていたライオネルと合流し、私達は再び地下へと足を運ぶ。
今回は推定下水道のワニ討伐を目的にしている、のだが。
「そう言えば、私達ってここの探索全くしてませんよね」
「まぁ探索出来るか出来ないかで言えば……出来ないよねぇ」
「それもそうなんですけどね」
探索自体は全く進んでいない。
道中にて絶え間なく襲い掛かってくる汚物の魚、迷宮のような造りの下水道。それに加え、まだ本体は見れていないものの、徘徊しているらしきボスである下水道のワニ。
下手に探索をしようものなら背中から襲われる事態になりかねず、かと言って探索出来ていない現状も現状で不安が尽きない。
……何かしらの見落としとか……あったりするんだろうなぁ。それこそ猿夢の時にも。
猿夢と言えば……能力の確認自体はライオネルとの合流時に終わっており、私も彼女も『これは使いどころによっては使えるだろう』という評価に落ち着いた。
だがそれを使うにしても使わないにしても、まずはボスと遭遇しなければならないのだが、
「……見つけられそうです?」
「んー……イケるかイケないかで言えばイケるね。今回は薬の効果だから変に気が付かれる事も無いだろうし……」
今回もライオネルにそこら辺は全て任せている。
ステータス強化を極端化した影響はそれなりにあったようで、前回だったら少し離れた位置からでも気が付けていた汚物の魚の接近にも反応が遅れる今の私には索敵等は行えない。
だからこそ、索敵系にも強い能力、アイテムを持っているライオネルに任せているのだが……これが環境的に難しい。
……下水道だしなぁ。
実質的に嗅覚が潰されていると言ってもおかしくはない環境で、遠く離れた位置に居るであろう相手を音だけで探すのは難しいなんてものではないだろう。
ゲーム的に強化されているとは言え、私達のアバターは人間準拠の能力しか持たないのだ。これがイヌ科や科学の力で索敵なんて出来ていたら……また話は変わっていたはずだ。
「……おっ、見つけた」
「ホントですか?どこです?」
「ちょっと待ってね……ん?これは――おっと」
私の問いにすぐには答えず、その場で軽く準備運動を始めたライオネルに嫌な予感がして、私は太刀を1本具現化させる。
それを見て、彼女は笑いながら、
「あは、勘が良いね。ご想像の通り……もう来てるぜ」
その場から後方へと跳び退いた。私もそれに合わせるようにライオネルとは逆の方向へと……前方へと飛び込むように移動すれば。
次の瞬間、下水の中から巨大な水で出来たワニの顎が私達の元居た位置を呑み込むように出現した。
「もうちょっと早く言ってくれませんか!?」
「ごめんごめん!見つけた時にはもうすぐそこだったんだよ!」
言っている間にも、こちらへと向かって周囲の汚水がワニの顎のような形を取りながらも迫ってきている。だが、前回のような絶望感は全くない。
装備も、能力も前回とはほぼ変わらない。しかしながら、変わった事はしっかりとある。
……秘匿事象隠蔽特課は……ある種、情報を扱う機関!そこに所属してる私達が『敵の攻撃行動』という情報を欠片でも得たって事は――。
「――対処できない事は、ないッ!」
一閃。アルバンの強化により、以前よりも素早く、そして力強く振るわれる太刀によって迫るワニの顎を斬り払いながらも。私は勝機に成りえる可能性のある手札を1つここで切る。
ライオネルに話した時から考えていた、もしかしたらと考えていた手札であり、私の持つ力を活かす為の1枚の手札。それは、
「ライオネルさん!私達、このワニに『勝てませんよね』?!」
「おい、おいおいおい神酒ちゃん。それは違うなぁ。勝つ勝てないじゃない。私達は絶対にこいつを終わらせないといけないんだよ!」
「ふふっ、ありがとうございますっ!」
【口裂け女】、そのγ能力である【私キレイ?】の制限は『質問の意図を理解出来る相手にのみ有効』だけであり……ステータス強化に関しては、ターゲット以外にも有効。つまり……味方を対象に発動したとしても、ステータス強化を得る事が出来る。
……事前に相談とかしてなかったけど、すぐに察してくれて助かる!
首の印から赤いオーラが溢れ、全身を覆っていくにつれ……周囲の汚水の動きも変わっていく。
ワニの顎のような形をしていたそれらは、いつの間にかこちらへと攻撃する事を止め、最初に出現した巨大な顎の辺りへと集まっていき……1つの身体を作り出していた。
「あぁーっと……神酒ちゃん。さっきの言葉、訂正してもいいかな?」
「いやぁ、ダメって言いたいですけど……私だって訂正したいですよ。対処できない事はないって」
「あは……ぁー……でっけぇー!」
そこに出来上がったのは、白く、巨大な身体だった。
紅くこちらを睨む瞳。無数の鋸のような歯が生えた口。そして胴体と同じくらい長く、そして太い尻尾。
アルビノの巨大なワニが、そこに居た。
……怪獣じゃんこんなの……!?3メートルとかそのレベルじゃない?!
5メートルはあるだろうか。目測の為に正確な大きさは分からないものの、明らかに私とライオネルの身長を足しても同程度の大きさにはなり得ない。
その姿に驚愕していると、ワニは動き出す。
一歩、一歩と動きはゆっくりでありながらも、その巨体によって少し動くだけでも脅威となっていた。
「まぁ、でも……やるしかないよ!逃げられないもん!」
前方に居るからか、それとも赤いオーラを纏っているからか。白きワニの瞳はこちらへと向いている。
現状、私は自身のアルバンによって複数強化を得ている状態ではあるが……だからと言って、自身よりも遥かに巨大な動物相手にタンク役を請け負えるわけがない。
だからこそ、
「『あたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』!」
飛ぶ。背後へと、ライオネルが居る方向へと。
挟み撃ちの形は勿論魅力的だ。普通の相手ならばそのまま戦闘へと入っていてもおかしくはないくらい。しかしながら、目の前のワニのような相手に対してそれを行うには私達2人の実力が足りていない。
だからこそ、私は一度合流する為に能力を使う。一度見られた事による対策を取られるリスクよりも、合流し力を合わせて戦える土壌を整える方を選ぶ。
……おぉっと!?
瞬間的に切り替わった視界と共に、自身の飛んだ場所を確認すれば……そこは空中。
以前猿夢の最後……巨大な異形の猿相手に使った時と同じ様に、相手が巨大であるが故の転移先。それに合わせるように、手に持っていた太刀を白い背中へと投げつけながら何とか地面へと着地した。
「おかえり。前は変わるぜ」
「ただいま。頼みます」
ワニの叫び声が響く中、私達は位置を入れ替えるようにお互い移動して。
ライオネルは私の前へ、私はそのまま後ろへと下がり数本のナイフを具現化させる。
見れば、彼女の腕は既に猿のように変わっており……その手には地下へと侵入する前に受け取っていた棒状の何かを持っていた。
「さぁって、実働隊の実力を見せちゃおうか!全然神酒ちゃんも攻撃しちゃって良いからね」
「ふふ、言われるまでもなく!」
Arban collect Online、その中での2回目のボス戦が改めて始まった。