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Episode13 - チェンジアンドチェック


「そもそもの話ですよ。『下水道のワニ』ってあんな全力でファンタジー能力使うタイプの都市伝説じゃないでしょ!」

「あは、それ言ったら私達のアルバンにも言えちゃうからなぁ……」


 汚水の顎に噛み砕かれた後。

 私達は再び生産区の喫茶店にて集合していた。

……今回はしっかり肉弾戦、かなぁ?

 下水道のワニは主にアメリカ各地で広がった都市伝説であり、その題名の通り、下水道にワニが棲んでいる……というだけの噂話だ。

 だが、その話の流れで様々な尾ひれがつく事で現実と空想の境目が曖昧となっている。


「ちなみにライオネルさんが感知したボスって、どれくらいの大きさかは分かります?」

「一応……私達2人を縦に並べたよりくらい?かな?流石に嗅覚と聴覚だけだから正確には分からないけど、音の大きさ的にそれくらいは絶対あるよ」

「となると……体長3メートル以上ですか。大変だ……」


 幾ら巨大でも普通のワニをアルバン込みの戦力で討伐してくれ、と言われたら簡単に出来るだろう。

 近付いてくる前に刃物を投げたって良いし、純粋に強化されたステータスに物を言わせ抑え込んだって良い。

 だが、ワニが特殊能力持ちとなってくると話が変わってくる。

……汚水を操る能力なのか、汚水を使って攻撃をする能力なのかが分かってないのが厳しいな……。

 今回私達を噛み砕いた、汚水の顎。本体らしきものが近場に居なかったのにも関わらず、跳び回り逃げ回った私をほぼ正確に捕捉していた事から、高精度の感知手段を持っていると考えるべきだろう。

 推定だけで2つの能力を持った巨大なワニ。

 それと戦うと考えるだけでも……中々に面倒だ。


「現状での勝算はあるかい?神酒ちゃん」

「んー……あると言えばありますよ?ぶっつけ本番の策が1つと、これから勝算になるかもしれない択が2つですね」

「おぉ、合計3つもあるじゃん。十分だねぇ。……ちなみに、私の仕事は?」

「勿論、どれになったとしても、全部がダメだったとしても前衛です」

「良いねぇ、その思い切り。事務員にしておくのが勿体ないくらいだよ」


 私の言葉に、彼女は嗤う。

 ハッタリではなく、単純に現状で考えられる策や択がそれだけあるのだ。諦めるにはまだ早い。

……じゃ、まず行かないといけない所があるよね。

 まずは、その中の1つの択を確認しに行こう。


「じゃ、一旦自由行動でいこっか。神酒ちゃん行きたい所あるんでしょう?流石に隠したい事もあるだろうし、私はちょっと別の事して待ってるよ」

「あ、本当ですか?じゃあお言葉に甘えて。……大体、多めに見積もって3時間くらいかな?終わり次第連絡入れますね!」

「はーい、了解了解。じゃ、いってらっしゃい」


 ライオネルに一度礼をした後、私はそのままの足で地上へと向かった。

 行き先は1つ。解読屋だ。


「これ全部解析お願い!あとアルバンの強化もしたいんだけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です!では、アルバンの強化画面を出現させますね。……他のプレイヤーからは確認できない様になっている為、安心してください!」

「それは助かるよー」


 解読屋のNPCの言葉と共に、私の目の前にウィンドウが出現する。

 そこには、私の持つアルバンの一覧と、そのアルバンが持つ能力の一覧。そしてそれらを強化する為に必要な都市伝説の欠片の数が表示されていた。

……ま、勝機って言うほど確実じゃないからね。これ。

 ライオネルに言った、2つの択の内の1つ。それが、自らの持つアルバンの強化だ。

 私の持つアルバンは2つ――、


「あれ?」


 ――では無く、3つ。そこには表示されていた。

 【口裂け女】、【メリーさん】に続き、もう1つ。手に入れた覚えはないものの、それらしい通知・・自体はあったもの。

 【猿夢・・】と、そこには表示されていた。


「ふ、ふふ……なぁんだ。これじゃ択から勝機に変わっちゃうじゃん」


 思わず笑みが溢れてしまう。

 猿夢を討伐した時、流れていたログの中にあった、討伐報酬という文字。本当はアルバンの強化後に確認しようと思っていた、残りの択の1つだったのだが……どうやらする必要は無くなったらしい。


「ありがたいありがたいっと……さて、どうしよっかな?」


 【猿夢】に傾きかけていた思考を無理矢理戻し、アルバンの強化へと向き直る。

 といっても、【メリーさん】の強化は行わない。アレは現状特に扱いに困るような能力では無いし、手を加えるのは最後でも良いくらいだ。

 では何を強化するか、と言えば。

……αかβか……刃物の具現化能力も、ステータス強化も、どっちももうちょっと強くしたいよね。

 【口裂け女】、その中に内包されている2つの能力だ。

 どちらも弱い訳ではなく、不足は感じない能力ではあるのだが……今回の相手である下水道のワニや、その能力であろう汚水操作能力を前にすると、流石に今のままでは決定打にはなり得ない。

 ならばこそ、強化すべきと考えたのだが、


「具現化距離延長、バリエーション増加、強化幅上昇、極端化……うーん……」


 強化する事が出来る項目が思った以上に狭い。

 無論、どれも欲しい強化ではあるのだ。

 具現化距離が延長されれば、これまで以上に遠距離からの攻撃をし易くなるだろうし、バリエーションが増えれば、対応出来る状況が増えていく。

 ステータス強化に関しても、強化幅が上がってくれればこれまで以上にゴリ押しし易くなるだろうし、強化を極端化させる事で、あまり要らないと感じていた強化の分を他に回す事が出来る。

……悩むな……いや、別に取りたいもの取っていいんだこれ。

 と、ここで思い直す。

 別に片方を得たらもう片方を得られなくなる訳ではないのだ。

 解析し、安定化した都市伝説の欠片さえあれば、今表示されている強化を全て得る事が出来ると考えれば迷う必要は無い。


「よっし、手持ちは……うん、全部って訳にはいかないけど……問題なさそう!」


 刃物具現化能力に関しては、今回バリエーションを増やさずにその具現化時間の方を出来るだけ強化して。

 ステータス強化の方は、強化幅と極端化の2つを選択する。

……これで、私の索敵能力は下がったけど。

 しかし、その分だけ私の膂力……腕力STR素早さDEXに相当するステータスは強化された。

 デメリット付きではあるが、索敵をライオネルに任せてしまえば、ある程度は問題ないだろう。ソロの時にどうするかは考えねばならないが。


「よっし、強化終わり!……ちなみに、あのデータの解析ってあとどれくらい掛かりそう?」

「少々お待ちください。……最低でも5時間から約半日は掛かるかと」

「あちゃ、やっぱり他とは違うかぁ。分かった、ありがとうね!」


 あのデータ……ランタンから変じた、謎の結晶の解析はまだまだ掛かるらしい。

 だが、どうせ急ぎのモノでもないため、この後……ライオネルとのダンジョン攻略が終わる頃にもう一度確認しにくれば良いだろう。


「よっし、じゃあ次……確認しとこうか、【猿夢】!」


 解読屋から出て、人通りが少ない裏路地の方へと歩いて行きインベントリ内からそれ・・を取り出す。

 キャラクタークリエイト時にも見て、身体の中にも埋め込んだ、白い種。再び見る事になるとは思っていなかった為に、少しだけ感動しつつも、私はそれを左手の甲へと押し込んでいく。


「ッ……やっぱりこの感覚は慣れないなぁ……!」


 息苦しさ、異物感、そして寒気を伴った熱。

 キャラクターメイク時に感じたそれと、何かが削れていくような感覚を味わいつつ、それら全てを呑み込んでいけば、


【サブアルバンの適応完了:【猿夢】】


 ログが流れ、私の左手の甲にデフォルメされた猿が眠っているように見える印が出現した。

……よし、能力自体はちらっとさっき見ちゃったから……後はライオネルさんと合流してからかな。

 思った以上に早く用事が済んだ為に、向こうの邪魔になったら申し訳ないなと思いつつ。

 私は再び生産区へと足を向けた。

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