「まぁ、とりあえず。神酒ちゃんの推測は当たってるぜ。私のメインアルバンはあの『ソニービーン』だしね」
「ソニービーン……食人伝説の?」
「そうそう、あのソニービーン」
ソニー・ビーン。過去スコットランドに居たとされる人物であり、多数の人間を殺害、そしてその血肉を食したとされる伝説がある。
それを基にしている為か、アルバン化した状態でもその手の能力を持っているらしい。
「さっき喫茶店で見せたアレも1つの能力だね。何でも食べれるようになって、食べたモノによってバフを得られるんだよ」
「へぇ……ちなみに人肉は?」
「あは、勿論自分の身体で試したさ。他のモノとは比べ物にならないくらい強力だったぜ」
何てことのないように言っているものの、それなりに危険な能力であるとも言えるだろう。
自身の身体を使う事で強力なバフを得られると言っても、それをする時点でHPが削れるのは必然となる。その場で死なない為に、自ら死へと近付くような行為なのだ。それでしょっぱいバフが付与されたら……それはそれで苦情モノにはなってしまうだろう。
……中々尖ってるなぁ、やっぱり。
2つ目の能力は私と同じパッシヴのステータス強化であったために聞き流しつつ。
気になる3つ目の能力はどういったものなのかを質問した。
「3つ目は簡単。任意発動型の、敵の数によって自分含めたパーティメンバーの強化能力さ」
「わぁ!思ってたよりも結構使えそうな――」
「でも、その上限数は5体まで。そもそも5体以上敵が居る時は使えない」
「――使いにくいですね」
「あは、手のひら返しが早すぎるぜ?神酒ちゃん」
対ボス特化、とでも言えばいいのだろうか。
明らかに道中、探索中に発動する事を考えられてない、決戦用の強化スキル。だがその分、パーティメンバーにも効果が及ぶのは強いだろう。
「まぁでも……使い勝手については見た通りさ。問題は無いだろう?」
「そりゃあ、あんだけ汚物に塗れた魚を踊り食いされたら文句は言えませんよ」
それに至極楽しそうに
「よし……じゃあ行きましょうか!お互いに大体戦闘スタイルも分かりましたし……これからちゃんと探索!です!」
「オーケィオーケィ。行先は任せるぜ」
そう言って、迷宮と化した下水道を2人で歩き出す。
警戒はしているものの、猿夢の時とは違いライオネルが増えているのだ。そこまで探索に苦戦する事はないだろう。
―――――
そう、思っていたのだが。私達の下水道探索はほぼ進んでいない。
理由は簡単だ。
汚物塗れの魚達。あれらがほぼほぼ常に襲い掛かってくる為に、それの対処に追われ探索どころではなかったのだが。しかしながら分かった事もある。それは、
「魚達、来る方向限られてますよね」
「そうだね。それも何かから逃げてる感じ。たまーに傷付いた状態の子も居たしね」
「へぇ……?」
魚達は決まった方向からしかやってこない。
何かから逃げ、そうして辿り着いた先に私達が偶然居た……その様な形でエンカウントしているのだ。
……これだけじゃあどんな都市伝説かは……読めないな。
下水道だけで考えるならば1つ有名な都市伝説があるものの……考慮する範囲を魚にまで広げると、途端に候補が増えていく。
だが、何かから逃げている、というのは重要な情報だ。
「どうします?アイテムとか買って出直しますか?」
「いんや、行けるところまで行ってみようぜ。どうせデスペナもそんな辛くはないし……あれ?喰らったことある?デスペナ」
「いえ、幸いまだ1回も死んでないんですよ!凄いでしょ!」
「あは、そりゃあ凄いじゃあないか。誇って良いよ」
そう言いながら、私達は下水道の中を進んでいく。
現実の下水道なんて入ったことが無い為によくは知らないが、都市伝説の影響なのか迷宮の様になっている道を、勝手を知っているかの様にライオネルは先導して歩いている。
「さっきから迷いがない感じですけど、何か目印とか知ってる道だったりするんですか?」
「んー、勘だね」
「勘!?」
思った以上にどうしようもない答えが返ってきた。
呆れ、ちゃんと戻れるかどうかを心配し始めた私に対し、ライオネルは笑いつつも、
「大丈夫大丈夫。私、こういうので迷った事は一度も無いし……今回の勘は多分当たってるよ」
「当たってるって……何が?」
「そりゃあ、ボスの居場所……かな?」
そう言うと共に、彼女は左腕の袖を肩口まで捲り上げる。
そこには、何かの腕がデフォルメされたような印が刻まれていた。
……メインは舌にあったから……多分、サブ?
ライオネルの、事前に教えてくれなかったサブアルバン。後で教えると言われていたものの、今の今まで何処に埋め込まれているのかも、どんな能力なのかも知らされていなかったモノ。
「さぁーって、本日1回目……使おうか。――『起きろ』」
ライオネルが言うや否や、彼女の左腕が印を中心に変化していく。
人の腕だった物が、干からび、細くなり、毛が生え、獣の様に……猿の様なそれへと変化して。
彼女は私には見えない、虚空に浮かぶ何かを変化した腕で掴み取った。
瞬間、彼女の身体全体から緑色の光が淡く放たれる。
「それ……もしかして」
「あは、想像通りだと思うぜ?私のサブアルバン――【猿の腕】。能力は簡単。デメリットはあるけれど強力なバフを1日3回まで得られるって訳なんだけど……」
そう言う彼女の身体からは、紫色の泡が湧き出ては消えていく。
……あれは確か……毒の状態異常だったっけ。
一応はVRMMOであるが故に、状態異常というものは存在しているのは把握している。
今ライオネルの身体から湧き出ている紫の泡のエフェクトは効果時間中、HPを削り続ける『毒』の状態異常のはずだ。
それ以外にも、身体に切り傷や四肢の損傷が起きた時に発生するらしい『出血』や『骨折』、強すぎる衝撃を喰らった時に発生してしまう『スタン』等、様々な種類の状態異常がArban collect Onlineには実装されている。
「今回は当たりだねぇ。HP回復薬で凌げる程度だし」
「ちなみに今まではどんなのが?」
「全ステータス強化バフを選んだ時は腕と足が吹き飛んだかな。……今回は嗅覚と聴覚を強化するバフを選んだんだけど……結構強化されてて、毒よりもそっちの方が辛いよコレ」
「つ、使いにくい……」
適切なタイミングで、適切なバフを選び取る事が出来るものの。
それに付随して四肢が吹き飛んだり、毒になったり……例としては挙がってこなかったものの、他のデメリットを背負う可能性だってあるだろう。
『猿の腕』……3度だけ所有者の願いを叶える代わり、多大な代償を要求するという都市伝説が基になっている為にそのような能力にアジャストされているのだろうが……それにしたって使い手を選ぶ能力だ。
「まぁ能力を見せておきたかったからね。……さて、ここで1つ悪い知らせがあるんだけどさ」
「な、何ですか?」
「あは。――ごめん、多分ボスっぽいのの臭いと動きの音を感知したからか……
「は、はぁああ!?」
言われた瞬間。
周囲の汚水が無数のワニの顎のような形へと変化すると共に、私達の身体を噛み砕こうと襲い掛かってきた。
……ちょっとちょっと!?
その場から跳び退く事は難しくない。しかしながら、場所が悪い。
下水道という、汚水が豊富に存在している環境。それでいて、推定ボスからの攻撃はその汚水を操って行われているのだから……今この瞬間を生き延びたとしてもその後に続かない。
「うーん!これ詰みっぽいね!ごめーん、さっきの喫茶店で落ち合おう!」
「了解!やれるだけやりますけどね!」
言ったは良いが、本体でもない汚水相手に私の得物は相性が悪い。せめて斬り裂ける肉体があれば良かったのだが……刃物は液体相手には無力だ。
何度も何度も汚水の顎を跳び避けつつも、両手に持った片手剣で斬り裂いてみても……特に勢いが変わる事は無い。
よくファンタジー作品に登場するスライムのように、核か何かが存在していたならば話は変わっただろう。
「あぁもう無理!限界!……でもここまで分かりやすければ、都市伝説の目星は付いたぁ……!」
やがて、逃げ場を失うと共に私の身体は噛み砕かれていく。
身体能力の強化が身体全体の硬さにまで影響しているのか、初めはゆっくりとした速度だったものの。次第に四肢を、胴を、そして頭部を複数の顎によって噛み砕かれ……そして視界は暗転した。
【死亡しました】
【デスペナルティ:身体能力低下(30m)】
【Tips:都市伝説によって有効な攻撃手段は異なります!アイテムやアルバンの調整、強化をする事で対応しましょう!】