「おぉ、新しい指示が来てる!」
猿夢を倒した次の日。
ゲームにログインする前に諸々の連絡などを返そうと端末を起動させると、そこには秘匿事象隠蔽特課からの新たな指示が送られてきていた。
内容は、
「……生産区にて、協力者と接触せよ?私以外にも居たんだ。ゲームやってる人」
ゲーム内での他プレイヤーとの接触。
今まで、特に関わる事も無く来てはいたものの、折角のMMOなのだ。何処かのタイミングで自ら関わろうとは思っていたが、こういった形になるとは予想していなかった。
……出来れば話しやすい人だと助かるなぁ。
特課に所属している人員に会った事は一度もない。故に、どの様な人物が所属しているかは、内部の人間でありながら知らないのだ。
協力者、と書いてある辺り、もしかしたら所属外の人間の可能性だってある。
「もうゲーム内で待ってるみたいだし……まぁ取り敢えず行ってみよう!」
VR機器を装着し、ゲームが起動する。
水の中へと落ちていくような感覚を味わいつつも、少しだけそれに慣れてきている自分がそこに居た。
―――――
--仮想電子都市:トウキョウ
仮想のトウキョウは今日も賑わっており、見渡せばプレイヤーらしき姿をどこでも見掛ける事が出来る。
ゲームの題材故か、自分と同じ性別のプレイヤー為に、街の中を歩いているとたまに話しかけられるものの、それもまたMMOの味という奴だろう。余りにしつこい場合はGMコールによって通報しているが。
「お、君1人?この後俺達地下に行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「あー、ごめんね!私ちょっと行くとこあるから!」
「そう?じゃあフレンドだけでも――」
「ごめんごめん!そういうのは大丈夫かな!また今度話しかけてよ!」
ナンパ紛いのパーティの誘いを断りつつも、私は走り地下へと向かう。
と言っても、今回は攻略の為に入るのでは無く、
「えぇっと……入る前に調べた情報だと……このまま地下に入ればいいんだよね」
猿夢を討伐した事によって解放された生産区へと訪れる為だ。
討伐後に流れたログに因れば、猿夢に影響を受けていたであろう地下1-1層が生産区へと切り替わっているらしいものの……どう変化しているかは見てみない事には分からない。
……協力者さんも猿夢を倒したって事だよね……?
地下鉄への入り口を見つけた私は、下へと向かって階段を降りていく。
待ち合わせが生産区の以上、この先で待っているであろう協力者は私と同様に猿夢を倒した、という事になる。
サービスが開始して間もない現状で、ボスを倒しているというのは実力者の証だ。
自身がそこに分類されるのが少しだけくすぐったくはあるものの、同時にこれから会う協力者は同じ土俵に立っている者。出来るだけ友好的に接する事が出来れば良いのだが。
そんな事を考えながら、階段を降りていくと、
--仮想電子都市:トウキョウ・生産区
「うわぁ……えぇ?全然面影ないじゃん!すっごい!キラキラでいっぱいだよ!」
いつの間にか、周囲の景色は切り替わっていた。
地上であるトウキョウとは打って変わり、そこは薄暗く。しかしながら所々に設置されている街灯から漏れる光によって、明るさは確保されていた。
……建物は煉瓦造り?地上とは全然違うじゃん。
地上が現実、現代風と言うならば、この生産区はファンタジー風と言うべきだろうか。
煉瓦造りの建物が立ち並び、地上ではあまり見かけなかったNPC達が和気あいあいと慌ただしく動き回っている。
地下であるのにも関わらず、所々から立ち昇る白い煙は炊飯か、それとも鍛冶か。どちらにせよ、地上には無かった活気と、それに伴う産物がそこには在った。
「もう一個の街じゃんこれぇ……!ちょっと見て回りたいなぁ……!」
「おっと、それは後にしてもらえると助かるよ。お嬢さん」
「ふぇ?」
突然掛けられた声に驚きつつ、声のした方向へと視線を向けてみると。
そこには、黒く長い髪をした整った顔の女性が立っていた。
服装は私に近いものの、所々の装飾品が私とは違っている。その最たる例は、口の周りに着けられている犬用のマズルマスクだろうか。
「えぇっと……貴女は?」
「警戒せずに聞いてくるのは中々豪胆だねぇ。私の名前はライオネル。分かりやすく言うなら……そう、君の
「へっ?!わ、私の名前も!えっと、その」
「あは、ちょっと混乱させちゃったかな。良いぜ良いぜ、ちょっとお茶でもして噛み砕いていこうじゃあないか。丁度君を待ってる間に良い喫茶店を見つけたんだよ。さぁ行こう」
混乱している私の手を引き、ライオネルと名乗った女性プレイヤーは近くにあった喫茶店へと入店し、軽くつまめるものと適当な紅茶を手早く頼む。
ここまでの怒涛の流れに圧倒されつつも、未だ混乱している頭の中を少しだけ落ち着かせ、
「ら、ライオネルさんは協力者……つまりは」
「そ。秘匿事象隠蔽特課……長いな。まぁ良いや。そこに所属してる実働班で、事務員である神酒ちゃんとはあんまり関わらない立場の人間だねぇ。証明する為に現実の方でメッセージでも送ろうか?」
「い、いえ大丈夫です!」
「そうかい?君がそれで良いなら良いのだけど……じゃあ今回こうして集まった理由の方を話していこう」
所属組織の名前を出されては信用するしない以前の問題だ。
……思った以上にフレンドリーなお姉さんが来ちゃった。
私よりも背が高く、それでいて何処かこちらを値踏みするような視線。1つ1つの所作には隙らしい隙が見当たらず、何処か危険な雰囲気を放つ女性。しかしながら、彼女が発する言葉はそのどれもがフレンドリーという……外見と内面でのギャップを感じざる得ない人だ。
「神酒ちゃんの方の指令書……というか、メッセージにはどう書いてあったんだい?」
「わ、私の方には『協力者と接触せよ』としか。ライオネルさんは?」
「私の方も概ねそんな感じ。流石にアバターネームとかは書かれてたけどね。……って事はここからまたアドリブかぁ……」
「どうします?……多分攻略しろって事ですよね?」
私のその言葉に、ライオネルは少しだけ笑う。
「上が言いたいのはそうだろうねぇ。……でも」
「でも?」
「折角のゲームだぜ?神酒ちゃん。仕事の為に進むのは大事さ。でも……楽しいって感じる事もやらなきゃ、後でポッキリ折れちゃうよ」
「それはそうですけど……このゲーム、地上じゃ遊べる場所なんてほぼ無いですよ?それこそ地下に潜るくらい?」
「だからこそだよ!神酒ちゃんは何か好きなモノとかあるかい?」
期待したような目をこちらへと向けるライオネルに、少しだけ気圧されながらも、
「き、綺麗なモノとか?」
「へぇ、良いじゃんね!それこそ今居る生産区とかそういうモノがいっぱいあるぜ?さっきランプ専門店とかも見つけたし……どうだい?行ってみたくなってきてないかな?」
「良いですねランプ!……ちなみにライオネルさんは何が好きなんですか?」
その質問をすると同時、NPCが注文していた紅茶などを私達のテーブルへと運んでくる。
彼女はそれを一瞥し、マスクを外すと共に、
「私はね。――食べる事が好きなんだ」
「へっ――!?」
目の前の
中身を、という話ではない。紅茶が入っていた陶器のマグカップも、フィッシュアンドチップスのような物が乗っていた銀の皿も、果てはそれらを食す為に扱うフォークやナイフまでもを全て、腹の内側へと納めてしまったのだ。
「ちょっ、何して……!?」
「あは、大丈夫大丈夫。こうしてもここの店員達は何も言わないし……何より、私のアルバンはそういう類の能力でね。でもちょっと居心地は悪いか……よし、外を歩いてランプでも観に行こう!話も歩きながら出来るしね」
「え、えぇー……!?」
どうやら私は、中々に癖の強い人とこれから協力していかねばならないようだった。