『ゴッゴゴゴッ……!』
「ッゥ……!メガホン持ちの能力!」
巨大な猿の脇を抜けようとした私の身体に、突然の衝撃が走ると共に一瞬の空白時間が生じる。
何とか身体が動くようになると同時、その場から慌てて後方へと跳び退きながら見てみれば、巨大な猿の両腕が軽く振動しているように見えた。
……腕に生えてるメガホンとかは伊達じゃないって事ね……!
声帯なんてそこにはないだろうが、相手はそもそもが機械。
声帯云々関係なく、そこにあるのならばスタン効果を伴った衝撃波を周囲に放つ事が出来るのだろう。幸いなのは、元々のメガホン持ちよろしく、一度放ったら暫くクールタイムが存在していそうだという点だろうか。
「連打出来ないなら問題ないッ……けどォ?!」
『イィッ!イイイイ!』
「そういうのやってこなかったじゃん!?」
続いて、3つの顔の内1つが叫ぶと共に、両腕から生えている無数の鉈が四方八方へと射出されていく。
私に対して向かってくるものに関しては多少腕が痺れるものの……ロングソードで弾く事が出来た。しかしながら、それ以外の方向へと飛んでいった鉈はと言えば……本当に金属の塊かと疑ってしまう程に床や壁、天井を反射し、不規則な挙動を描き続けていた。
しかも、それだけで終わりではないようで。今も腕からは新たな鉈が生えていくのが見えている。
……背中側から鉈が来たらどうしようもないなぁ……!
流石の私も、背中側には視界はない。その場で立ち止まり対処し続けるのが一番手っ取り早い安全な方法だろうが……それではやがて、猿夢の方のタイムリミットが来てしまう。
既に挽肉まで来ているのだ。次のアナウンスが入った時、私が生きている保証はどこにもないのだから……前へと進むしかない。
「だぁああもう!私は勝てる!ここからどうやっても先に進める!『そうだよね!?』」
『――、ン?いやいや~そんなわけないじゃん~。君はそこでちゃ~んと死んでね~?』
「よっしゃあ!」
何かが明確に削れるような感覚と共に、私の身体全体に首元から溢れた赤いオーラが纏わりついた。
少し気分が高揚しつつ、私は更にアルバンの能力を重ねていく。
……最悪、目の前の猿は倒さなくても良い!扉に辿り着くのが第一目標!それ以外はサブ!
右手を電話の形にしつつ、巨大な猿をしっかりと見据え、
「『あたし、メリーさん――』」
飛んだ。
巨大な猿の背後……私との身長さがあり過ぎたが故に、空中へと転移した私の身体は下へと落下しつつも、右手の甲から溢れ始めた青色のオーラによって覆われていく。
巨大な猿は突如私が目の前から消えた事に戸惑い、背後の私には気が付いていないようだった。
「『――今あなたの後ろにいるの』ッ!!」
だからこそ、その背中の中心。
人間であれば、背骨が通っているであろう位置に手に持っていたロングソードを突き立て。
それを足場にするように蹴る事で、私の元々の進行方向……奥の扉の方へと跳んでいく。
だがそれを易々と許してくれるような相手ではない。
『タッァ!』
「あっぶなぁ!?」
風切り音と共に、私の頭の横を鉈が掠めていく。
ちらと後方を確認してみれば、そこには床に落ちている鉈を拾ってはこちらへと投げようとしている巨大な猿の姿がそこにはあった。
……直撃コース以外は……諦めよう!
見切れぬ速度ではない。2重に強化が入っている私の身体は、動体視力も向上している為かある程度の速度までならば対応は可能だ。
だが肉体強度が上がるわけでは無い為に、しっかりと直撃してしまえば……それだけでお陀仏になってしまう事だろう。
「よっ、ほっ、とぅ!」
『『『イイイッゴッゴゴッァタァ!』』』
「なぁーに言ってるのか分からないッ、なッ!」
右手にロングソードを、そしてもう片手には斧を具現化させ。
着地すると同時に、私は振り向いてこちらへと投擲された鉈を弾いていく。
……ッ、きっついなぁコレ……!
衝撃は軽くない。1本受ける度に腕に甘い痺れが走るのを感じながらも、私はじりじりと後方へと……今は背後に存在している扉へと近付いていく。
普通に走ればすぐにでも届くような距離。しかしながら、今巨大な猿に背を向けて走り出せば鉈によって貫かれてしまう事だろう。
だからこそ、
「それッ!良いコース!」
『『『!?』』』
丁度私の胴体の中心を貫くようなコースで投擲された鉈を、受け止めると同時軽くその場で跳びはねた。
普通、重いモノを受け止めるならばしっかりと地面に足を付け、重心を低くしていなければ耐える事は出来ないだろう。
だが、そもそもとして、その場で耐え続ける必要なんて私にはないのだ。
踏ん張る事の出来ない空中にて飛来した鉈を受け止めた私の身体は、大きく後方へと……扉の方へと弾き飛ばされる。
「かハッ……つらぁ……でもこれで辿り着いた!」
扉へと激突し肺の中から空気が吐き出されると共に、決して少なくはない量のHPが削れたもののこれでいい。
巨大な猿の方へと視線を向けつつもその場に立ち上がり、後ろ手に扉を開けようとする。
しかしながら、しっかりと鍵は閉めているようで軽く引いただけでは開きそうになかった……為に。
「ふんッ!」
『うわぁ!?』
強化された膂力をもって、無理矢理に扉を破壊してその中の部屋へと侵入する。
流石に巨大な猿も、この中にまで鉈を投げるような無謀な事をしてこないのか、既に攻撃は止まっていた。
……ムービーで見た通りの部屋、だね。
乗務員室。そこには機械のニホンザルが、私を見て怯え震えながらも軽く威嚇をしつつその背後にレバーを隠していた。
恐らく、このニホンザルに関しては非戦闘員的な立ち位置なのだろう。これまでアナウンスしか担当していなかった事も考えるに……機械の猿達のブレイン役とか、そういった立ち位置なのかもしれない。
『ゆっ、許してよ~!ちょっと遊びたかっただけじゃ~ん!』
「ふふ、そう?遊びたかっただけ?」
『そっ、そうだ……よ?』
命乞いのような事をし始めたニホンザルを、瞬時に具現化させた刀によって縦に真っ二つに変え。
私はその背後にあったレバーの周りを覆っているガラスを叩き割る。
非情ではない。既に敵であり、この列車内は死地であるが故に……敵であるのだから、倒すのみ。そこに躊躇いはない。躊躇ってはいけない。
「これで終わってくれるとすっごく助かるんだけ、どッ!」
邪魔する者が居なくなった乗務員室で、私は思いっきりレバーを引いていく。
それと共に、かなり強い衝撃が列車全体を走り……やがて、列車は停止した。
『――緊急停止。緊急停止。この度は猿夢列車をご利用になりまして誠にありがとうございます。本列車にて、生者による列車の緊急停止レバーが作動されました為、本列車の機能を停止し、乗客の皆様を現世へと御返し致します。どうか、これからの人生に不幸が来たる事をお祈りいたします』
アナウンスが流れると同時、周囲の景色が歪み、消えていく。
一瞬の浮遊感。それと共に、私の身体はいつの間にか列車に乗せられた駅のホームへと戻ってきていた。
……寒気が無くなってる?
但し私が探索をしていた時とは違い、駅のホームには嫌な雰囲気は既に漂っておらず。
逆に、どこから出現したのか多数の人達が気絶した状態で転がされていた。
【ボス:【猿夢】を討伐しました】
【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】
【戦利品を付与しました】
【これより、地下1-1層の安定化を行います】
「へッ!?」
ログが流れると共に、私の身体は再び浮遊感に包まれた後。
いつの間にかトウキョウの中心部へと戻って来てしまっていた。どうやら、戦闘は終わったらしく……インベントリを開いてみると、ログの通り見覚えのないアイテムが入っている事を確認できた。
【地下1-1層の安定化が行われました】
【地下1-1層改め、仮想電子都市:トウキョウ・生産区が解放されました】
【生産区にて解析部門の人員が貴方を待っています。探してみるのもいいでしょう】
【オンラインヘルプを追加しました】
「つ、疲れたぁー……!」
ログが流れたのを確認した後、私は適当なベンチへと座り込んで息を吐きながら脱力する。
大きな声でそんな事を言っているからか、周囲のプレイヤー達は少しだけ怪訝そうな顔をこちらへと向けたものの……正直、今私に取り繕う余裕はない。
成り行きではあったものの、初見のボス戦をミス無しでこなしきったのだ。集中の糸が切れ精神的にどっと疲れもするだろう。
……戦利品の確認とか……いや、明日にしよう。多分メインストーリー的なのも進んだし。
生産区の方で、私を待っているNPCが居るらしいが……流石に今迎える程の元気はない。
戦利品に関しても、今確認してしまうと見落とし等が発生してしまいそうで怖い。
「まぁ、でも……躊躇わなくて良かったね……」
列車内で何か1つでも躊躇い、行動に移せていなかったら……今こうして、充実感を含んだ疲労を感じてはいなかっただろう。
その事実を噛みしめながら、私は震える指でそっとログアウトを選択した。
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プレイヤー:神酒
・所属
伝承蒐集部隊【蒐集部門】
・所有アルバン
メイン【口裂け女】
サブ1【メリーさん】
・装備
蒐集部門急所特化制服(上)
蒐集部門急所特化制服(下)
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