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Episode3 - ファーストファイト


 鉈を避けるのにはそこまで労力は使わない。初めは驚いたものの、振るわれるのを見てから避ける事自体は然程困難では無かったからだ。

 だが、攻めるのは難しい。無茶苦茶に振るわれるそれを避け、機械の猿へと攻撃を通すのには……少しの賭けを勝たねばならなかった。

 だが、


「賭けってなら、私の趣味だから……!」


 日常的に身銭を溶かし続ける日々。それによって無駄に度胸だけは付いている私は、機械の猿が上段へと大きく鉈を振りかぶったタイミングで駆け出して。


「力を貸して!」


 淡い光と共に駅構内へと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。

 音の発生源は2つ。1つは、機械の猿が持つ振り下ろされた巨大な鉈。そしてもう1つは……私の首元の印から具現化し、鉈を受け止めた出刃包丁だった。

 メインアルバン【口裂け女】。その能力である、刃物の具現化だ。

 具現化させた時に何かが削れるような、そんな感覚がしたものの……気にする事でもないだろう。


「い、良いじゃん良いじゃん。1個目の賭けはこっちの勝ち!」


 鉈を出刃包丁で受け止める。普通ならばあり得ない光景だが、私の身体とそこに宿る力はそれを成し遂げてくれた。ならば、私はそれに応えられるよう動くだけだろう。

……思ったよりも重くない。これパッシヴ能力のおかげか!

 【口裂け女】のβ能力、常時発動型の身体能力強化。

 その強化幅はそれなりに大きいらしく。私の予想よりも遥かに楽に、軽口を叩ける程度には自身の膂力を引き上げてくれていた。

 ならばこそ、私は更に自身のアルバンへ勝利を賭けるベッドする


「ふぅー……少し慌てちゃったけど、何とかなりそうじゃん。『そう思わない?』」


 首元の印を意識して、笑みを作りつつ。

 眼前にて何とか私に鉈を届かせようとしている機械の猿へと問い掛ける・・・・・

  瞬間、私と猿の周囲に光の輪が、私の目の前には丸の描かれた小さなウィンドウが出現した。

 一瞬猿が呆けたような様子を見せたものの、


『ィけ造りィ!デス!』

「残念、そうじゃないんだよね!」


 声を発すると同時、私の首元から赤いオーラが溢れ出し身体全体を覆う。瞬間、私と機械の猿の力関係が逆転した。

 受け止めるだけだった鉈を、軽々と押し返し。次いで、オマケと言わんばかりに胴体部へと蹴りを放つ。何かが凹み、壊れるような音と共に、機械の猿の大きな身体が後方へと軽く吹っ飛んでいった。

……このままもう1個も試そうか!

 私の持つ能力アルバンはこれだけではない。目の前の機械の猿を相手に使うには勿体ないかもしれないけれど……一度、使っておくのも練習として考えるならばこれ以上ない機会のはずだ。


 2重に付与された身体能力強化によってか、ゆっくりと体勢を立て直しつつこちらへと向かってこようとしている様に見える機械の猿をしっかりと見据え。

 出刃包丁を左手へと持ち替えながら、右手では電話を模した親指と小指だけを伸ばした形を作り、軽く息を吸ってから。


「『あたし、メリーさん――』」


 声が駅の構内へと響き渡る。

 瞬間、私の視界は一変し、機械の猿の背後へと回り込んでいた。だが……まだ、終わらない。私の口はまだ動き続けているのだから。


「『――今あなたの後ろにいるの』ッ!」


  言葉と共に、無防備な背中へと力の限り振り下ろす。

 右手の甲にある印から青色のオーラが溢れ、手に持った出刃包丁に纏わりついて……霧散して。それと共に機械の猿の身体からは無数の部品が弾け飛んだ。

 それを確認して尚、私は何度も何度も、相手が動かなくなるまで……機械の、部品の、鉄の塊になるまで延々と包丁を突き刺し続ける。

 途中、こちらを掴もうと腕が伸びてきたり、向き直ろうとしてきたりと抵抗されそうになったものの……強化された身体能力を以て、無理矢理に抑え込む事で解決すると。


「なんとかなった……けど」


 私の目の前には、1つの機械の残骸が転がっていた。

 出刃包丁と共にそれが光の粒子となって消えていくのを見て、一息つこうとした所で私の耳には新たに音が聞こえてくる。

……新手、かぁ。それも……2体かな?これは。

 既に消えてしまった出刃包丁の代わりに、新たに斧、そして刀を両手に具現化させる。

 中々に具現化能力に関しては使い勝手が良い。先程と同様に、何かが削れるような感覚があるものの……それが何かは分からないし、特に変なデバフを受けている様子もないのだから気にする事もないだろう。


 息を潜め、それが近付いてくるのを待っていると。

 ゆっくりと、曲がり角から出てきた機械の猿は聞こえた通り、2体。1体は先程倒した鉈持ちの個体。

 そしてもう1体は、


『――ォ、御乗車ァ!』

「メガホン!?」


 巨大なメガホンをこちらへと向け、周囲のモノを破壊する程の衝撃波を伴う声を叩き付けてきた。

……動か、ない!

 衝撃波によるダメージは、見た目よりも無い。身体のあちこちの皮が裂け、血が溢れた程度であり、HPとして見れば1割削れていれば良い方だろう。しかしながら、それと同時に私の身体は指一本すら動かせなくなってしまった。

 視界の隅には新たに、デフォルメされた身体が痺れているようなアイコンが出現しており……それ自体はすぐに消える、ものの。

 既に目の前には、鉈を持った機械の猿が跳躍してきており。大きく鉈を振りかぶっていた。


「ッ、避けられない!」


 一瞬、避けようかと思ったものの、既にその場から離脱するには時間の猶予は全く無く。

 仕方なく、私は片手の刀を捨て、斧を盾のようにして掲げる事で振り下ろされた鉈を受け止める。

 鈍い金属音が周囲に響くと共に、先程受けた時よりも数段重いそれに対して舌打ちが自然と零れた。


「バフとデバフばら撒くタイプね!」


 メガホン持ちの機械の猿の能力はここで凡そ理解した。

 メガホンを通して放たれる声に伴う、味方に対するバフと、敵に対する一瞬のスタン効果。

 単体で見るならばそこまでの脅威にはならないだろう。しかしながら、今のように機動力の高い前提がいる場合……その脅威度は跳ね上がる。


「つっらいなぁ!」


 幸運なのは、メガホンを使った咆哮が連続して放たれない所だろうか。鉈持ちの背後へと目をやれば、メガホンからは白い蒸気のような物が噴き出ており、すぐには使えないであろう事が分かる。

 つまる所、


「ここで、攻め切るッ」

『いい活けェ造りィ!?』


 それなりに慣れてきていた重さを、下から力強く押し返し斧を左手に移し替え。空いた右手を耳へと当てる。


「『あたし、メリーさん』」


 狙うは目の前の鉈持ちではなく、後方。

 瞬時に切り替わった視点に少しだけ苦労しつつ、ガラ空きの背中へと斧を振りかぶり、


「『今あなたの後ろにいるの』ッと!」

『『!?』』


 一撃で機械の身体を砕き、歯車とオイルを周囲へと撒き散らす。それと共に、私は右手に再度刀を具現化させ一気に鉈持ちへと駆け出した。

……意外と脆かったね!

 集団戦のセオリー、という程のものでは無いが対多数を相手にする時は後衛から先に潰す。鉄板の動きとも言うべきだろう。

 普通の前衛ならば、それを行うには遠距離攻撃類が必要になるものの、私には【メリーさん】という便利なアルバンが備わっている為にある程度はその手の考えを無視して動けるのが今の強みだ。無論、遠距離攻撃があった方が良いのは変わりないが。


「無いものねだりはゲーム初期の特権だよね!」

『活けェ!』


 左手の斧を叩き付けると同時、鉈持ちがこちらへと振り向きながらそれを防ぎ、一瞬の膠着状態のようになりながら。

 しかしながら、向こうと違って私には手数がある。右手に持った刀を使い、鉈を持っている腕へと峰を叩き付ける。間違えた訳でも、遊んでいる訳でも無い。

 鍔迫り合いのようになっており、体重も碌に掛けられる状態でも無いことを加味した上で、相手の手に持った得物を落とす為の……相手の体勢を崩す為の一撃。刀の強みはまるで出ていないものの、元を見れば刀も鉄の棒。力強く、強化されたステータスから放たれる一撃は、幾ら相手が機械であろうと、その腕全体を揺らすだけの威力を発揮する。


「それッ、もーらい!」

『ッ』


 思惑通り、考え通り。

 私の刀での一撃は、機械の猿の腕から鉈を落とさせる事に成功し……次いで、そのままの勢いで体勢を低く、刀の具現化を解きながら落ちていく鉈へと手を伸ばした。

 掴み取る。それと同様に、機械の猿が私から鉈を奪い返そうと手を伸ばしてくるものの……追いつかない。追いつけない。

 メガホン持ちのバフが切れたのか、先程よりも数段遅くなったその動きを見つつ、私は迫ってくる手に対して拾った鉈を数回振るう。


「君が活け造りになってみようか!」

『ィィ!』

「もう言葉にすらなっていないじゃんか!」


 振るわれた鉈は、元の持ち主の手を、腕を、そこから胴体部を断ち割って。内部の様々な部品を四方へと飛び散らせながら、機械を破壊し尽くした。

 戦闘終了だ。

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