仮想電子都市:トウキョウ。
Arban collect Onlineにおけるプレイヤー達の拠点であり、空から見た時は大きく感じたものの、その中にある施設の数は少ない。
「装備屋に道具屋、あとは……解読屋」
ゲーム内通貨によって買うことの出来る、初期装備に毛が生えた程度の性能の装備が揃った装備屋。
ゲームといえばこれ、というHP回復薬等が販売されている道具屋。
そして、
「見つけてきた都市伝説のデータを解読する事が出来る施設、かぁ」
敵を倒す事によって得られる事がある、安定化されていない都市伝説のデータ。それを解読屋にて解読、安定化する事で所持しているアルバンを強化する事が出来る、という施設だ。
また、ここで安定化させたデータを国へと提供する事で、リアルで使える貨幣へと変える事も出来る。今もその手の利用者らしきプレイヤーが解読屋へと駆け込んでいくのが見えていた。
「で、私達プレイヤーは調べた通り、アルバンを使って都市伝説を蒐集するのが目的、と」
そして、それらの施設を回っている間に、私達プレイヤーのゲーム内での立ち位置もしっかりと把握出来た。
『伝承蒐集部隊』……2つの部門からなる部隊へと所属している軍人であり、目的自体はゲームにインする前に軽く調べた情報と変わらず、都市伝説を蒐集し、そのデータを解析する事で世界を再び平和にする……というモノ。データを解析したからと言って、どうやって平和にするのかは分からなかったものの、基本的にはこの世界の平和の為に冒険すれば良いのだろう。
「……ま、お金が稼げるし、仕事でもあるから全力でやるんだけど……綺麗なモノも手に入りそうだしね」
解読屋にて、プレイヤーが解析の完了したデータを受け取っている所を丁度見れた……のだが。そこで受け取っていたのは、良くあるUSBやデータ保存の為の端末ではなく、薄く輝く綺麗な結晶だったのだ。
個人的に、綺麗なモノ……それこそ、私が身体に埋め込んだサブアルバン適応用の白い種のようか、輝くモノは大量に集めたい。
ただただ好きだから。好きな物を集め、そして鑑賞していたいから……それだけの理由しかないが、私にとっては重要な理由だ。
「よっし、じゃあ早速お金稼ぎと……あの結晶を手に入れる為に!行きますかぁ!」
私は視線を近くにあった地下鉄の入り口へと向ける。
Arban collect Onlineにはダンジョンというモノは存在せず、その代わり電子仮想都市:トウキョウには誰がどこまで広がっているのか把握していない地下が存在している。
その入り口が、街の至る所に存在している下へと繋がる階段だったり、エレベーターだったりとアクセス自体はしやすい。どれほど広がっているかも分からない地下へとそんな簡単に行けていいのか、とは思うものの……何かその辺りには理由があるのだろう。
……あとで少しはストーリーについて調べておかないと。ゲーム内で調べられるかな?
今後の動きについても考えつつ、私はそのまま地下鉄の入り口へと足を進めていった。
入り口自体は普通の下へと向かう階段だ。
しかしながら途中から漂う空気に冷たいものが混じり始め……何処かから見られているような気味の悪い感覚が身体に纏わりついてくる。
その感覚自体は、リアルでの仕事柄慣れているものの……ゲーム内でも同じように感じてしまうとなると、少しばかり気を引き締めねばならないかもしれない。
--地下1-1層
階段を降りた先、は、漂う雰囲気以外は普通の駅構内にしか見えない場所だった。通路等におかしい所も、掲示物に何かしらの都市伝説が紛れているわけでもない。
しかしながら、ただの1人も人間が居ない。駅の職員も、利用者も、構内の売店の店員すらも誰1人すらいないのだ。
視界の隅に緑色と白色のバーが出現していくのを確認しつつ、私はそのまま地下の探索を開始した。何を判断するにも、情報が足りていないのだから。
「っとと、そういえばアルバンの能力確認もしてなかったじゃん!」
と、探索を始めようとした足を止め、私はその場でアルバンの詳細を呼び出した。
地下に入った所でやるべきではないかもしれないが、背後にはすぐに地上へと戻る事が出来る階段があるのだ。多少は問題がない……と思う。多分。
まずはメインアルバン、私の主戦力になるであろう【口裂け女】から見ていこう。
――――――――――
【口裂け女】
種別:怪談・メイン
状態:安定
α能力:具現化【刃物】
説明:多種多様な刃物を具現化させる事が出来る
強化状態:なし
β能力:P・身体能力強化
説明:パッシブ能力
全ステータスが強化される
強化状態:なし
γ能力:【私キレイ?】
説明:ターゲットに対し「そうである」「そうではない」の2択となる質問を投げ掛け、設定した答えでは無かった場合、全ステータス強化
制限:質問の意図を理解出来る相手にのみ有効
強化状態:なし
――――――――――
「なっが!?」
思った以上に長い詳細情報に驚きつつ、読み進めていくと。
そこに書かれていた内容自体は口裂け女という都市伝説を考えれば納得できるものになっていた。
「刃物については……多分、噂によって斧持ってたり包丁持ってたりのブレがあるからかな?最後のは……一旦、何処かで試さないと分からないね」
確認はそこそこに、続いてサブアルバンの方も見ていこう。
――――――――――
【メリーさん】
種別:怪談・サブ
状態:安定
γ能力:【あたし、メリーさん】
説明:ターゲットの背後へと移動し、次に行う攻撃行動のダメージ上限上昇
制限:モーション固定(電話を掛ける)
起動文:『あたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』
強化状態:なし
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「【口裂け女】に比べれば短い、けど……」
それなりにこちらも厄介な能力を持っているのが見て取れた。
メイン、サブ共に相手へと声を掛ける類の能力持ちであり、【メリーさん】に至っては固定のモーションをしなければ発動出来ないのだから……戦闘中、隙を見つけねば使えないと考えた方が良いだろう。
「うん、動き方は想像出来た!問題は実際に出来るかどうか、だけど……」
性能が確認出来た為、駅構内へと歩き……だそうとして止まる。
何かが動くような音が聞こえたのだ。それも、生物ではなく……巨大な、それこそ私と同じかそれくらいの背丈のある、機械が発する駆動音。既にこちらを捕捉しているのか、止まって音を出来るだけ発さないようにしているのにも関わらず、その音の主はどんどん近付いてきていた。
やがて、その姿がはっきりと目視できる距離感まで近づいてくる。それは、
「でっかい……猿?」
私よりも一回り大きい、機械の猿。鉄道の乗務員のような服を身に纏い、手には巨大な鉈を握りしめ、光の無い瞳をこちらへと向ける。
それは、少しだけ腰を低くしたかと思えば、
『い、活け造りィ……活け造りでスススス……!』
「うわぁ!?」
跳躍する事で一気に私との距離を詰め、手に持った鉈を滅茶苦茶に振るう。
それを何とか避けつつも、私は浅く息を吐きながら相手を絶対に見失わないよう、視界の中心に収め続けた。
……駅と猿、それに言ってる内容的に……『猿夢』か!これ!
猿夢。これもまた、きさらぎ駅と同様にネット掲示板から広がった怪談系都市伝説の1つだ。
夢の中の無人駅にて、遊園地にあるような猿の電車に乗ると様々な猟奇的な方法で乗車している客が殺されていくというもの。夢から覚める事でその場から逃げる事は出来るものの……その直前に、次に来たら逃がさない、と言われる殺意の高い都市伝説だ。
だが、その話を知っていたとしても、問題が1つある。
「猿夢の終わらせ方ってあったかなぁ!?」
終わらせ方が分からない。
そもそも、元の話からして終わりがない類の都市伝説なのだ。ゲーム的に考えるならば、猿夢の核である電車を破壊すれば討伐完了、という事になるのだろうが……今ここはまだ駅構内。
駅のホームまで駆け抜け、その上で電車を破壊するとなれば至難だろう。
……でも、出来ないって諦めるのは……仕事以前に恰好悪いでしょ。
恰好悪い事は嫌いだ。否、私が思う『格好悪い事』が嫌いなのだ。
諦めて逃げる、なんて事はその最たる例。逃げねばならない時は良いと思うが、
「今は、逃げなくて良い場面ッ!」
気合を入れ直し、しっかりと集中し直して。
このゲームにおける、初の戦闘が始まった。