都市伝説とは、所謂人と人とが口を使って後世へと伝えた口承の事であり、そこに確証やまともな現実などは存在しない。
その場にあるものが証拠であり、その場にないものは想像で補える……そんな、現代の御伽話のようなものだ。
だが、それが現実に……果ては、電子の海にすら実在していたとしたら?
口の裂けた女が、徐々に自らへと近づいて来る電話越しの声が、夢の中で嬲り殺しにしてくる猿が、自分達の足元の下水道にワニが実在していたとしたら?
それらが本当に存在していると認知されたならば、世界は混乱に陥るだろう。
「よっし、今日も仕事終わりー。……今回は中々骨が折れたなぁ」
しかしながら、世界は今日も平和に、それらは虚構の存在として回っている。
何故か?答えは簡単だ。
虚構と信じられているモノを虚構のままとするのであれば、徹底的に蒐集し、隠蔽し、排除すればいいだけの事。個人では成し得ることができずとも、それを為すことが出来る組織が世の中には秘密裏に存在している。
その名も、秘匿事象隠蔽特課。――私が所属する、嘘か真かも分からない都市伝説のような組織だ。
「……ん、もう次の仕事?全く、うら若き乙女を働かせ過ぎだって。何々……?――は?」
そんな組織に所属していると言っても、私の仕事場は家であり……今日も電子機器に向かって様々な事務仕事をこなしていると。
私の上司を名乗る、声も姿も知らない人物から次の仕事の内容が送られてきた。その中身と言えば、
「VRMMOをプレイぃ……?」
到底、仕事とは思えない内容だった。
―――――
『Arban collect Online』。
世界に溢れてしまった都市伝説を調伏し、蒐集し、解析する事で世界に再び平和を齎す新作VRMMO。その最大の特徴として、プレイヤーは『アルバン』と呼ばれる武装を用いて都市伝説のデータを駆使し、都市伝説と戦うという……毒を制すならば毒を、なんて事を地で行くゲームだ。
「ま、お金が貰えるならなんだって良いんだけどね!」
そんなゲームを、仕事とは言えやる事になってしまった私は今。それがインストールされたVR機器を手元に置き、様々なデータ収集を行っていた。
……綺麗なモノが見れたり手に入ったら最高だけど……どうかなぁ。
自身の雇い主からのメッセージには詳しい事は書かれていない。但し、私を焚き付ける為なのか、ゲームを攻略すればする程にそれに伴った金額が口座に振り込まれるとなれば……やらない訳にはいかない。
金は重要だ。なんせ金が無ければ遊ぶ事も、生活する事も……そして賭け事すら出来ないのだから。
「ちょっくら本気で攻略して……普段は躊躇うくらいの金額使ってギャンブル……良いじゃん良いじゃん!そういう高等遊民みたいな生活してみたかったんだよ!」
ギャンブルのし過ぎでほぼすっからかんな口座から目を逸らしつつ、私はVR機器を被り電源を入れる。
まるで水の中へと落ちていくかのような感覚と共に、私の視界は暗闇の中へと落ちていった。
『ようこそ、Arban collect Onlineへ!私はキャラクターメイク及び、チュートリアルを担当するAIです。気軽にベータとお呼びください』
「うん、よろしくベータ」
『では、その椅子にお掛けください。……国民番号取得……篠崎瑞希様ですね?』
「合ってるよ!凄いね、本当に国民番号でユーザー登録してるんだこれ」
気が付けば、私は図書館のような場所の一角に立っており。目の前には司書のような姿をした人が椅子へと座ってこちらを促していた。
恐らくはキャラクターメイク等を担当するAIだろう。
『それでは早速、キャラクターメイクを行います。1から自分で作られますか?』
「ううん。すぐ遊びたいし……保存してあるアバターを使うのって出来る?」
『可能です。では、アバターの読み込みを行っている間に、アルバンの適用を行いましょう。説明は必要ですか?』
「一応お願い出来るかな?」
私の言葉にベータは頷き、一度指を鳴らす。
それと共に、机の上には2つの種が出現した。
1つは全く光沢の無い、見ていると吸い込まれるような気持ちになってくる黒い種。
もう1つは、薄く輝いているように見える白い種だ。
『黒い種はメインアルバン、白い種はサブアルバンと言いまして。主にメインアルバンが篠崎様の主戦力に、サブアルバンはそれを補助する役割を持ったモノとなっています』
「都市伝説を元にしてて、これが武装になるんだっけ?」
『おや、話が早い。能力にも依りますがその認識で間違いありません』
「どうやって適用するの?」
そう聞くと、ベータは何かを身体の内側に押し込むような動作をしつつ、
『身体へと直接、埋め込む事でアルバンが適応し、適用され、能力が行使できるようになります。何処に埋め込むかはプレイヤーの皆様の自由です』
「成程、じゃあ……」
私はメインアルバン……黒い種を摘み上げ、首元へと押し込んでいく。別段理由は無い。ただ、漠然とここが良い……そんな気がしたのだ。
少しの息苦しさと、異物感。それと共に、身体全体に広がる寒気を伴った熱。そんな矛盾した感覚を味わいつつ、種を全て押し込んでいくと、
【メインアルバンの適応完了……初期対象選定を開始します】
【選定完了:【口裂け女】】
【オンラインヘルプを追加しました】
ログが流れると共に、首元を中心に身体全体が淡い光を放った。
『メインアルバンの適応完了です。篠崎様は……【口裂け女】ですね。有名な都市伝説はあまりこの場では適応されない事が多いのですが……珍しいですね』
「ん?そうなの?ラッキーだね!良かった良かった」
『一応、この場ならば他の都市伝説に切り替える事も可能ですが……』
「いや、大丈夫。有名な方が分かりやすいしね!」
言って、続けて白い種を今度は右手の甲へと埋め込んでいく。先程と似ているものの、軽い違和感を味わいつつも最後まで押し込めば、
【サブアルバンの適応完了……初期対象選定を開始します】
【選定完了:【メリーさん】】
【オンラインヘルプを追加しました】
先程とは違い、右手のみが光を放つと共にログが流れた。
『続いては……【メリーさん】ですね。篠崎様は中々運がよろしいようで』
「ふふ、ありがと!これでどっちも適応完了って感じかな?」
『そうなります。特に変更もなさそうなので……アバターを適用します』
ベータが再度指を鳴らすと共に、私のすぐ横に巨大な姿見が出現する。
そちらに視線を向けて見れば、いつも私がVRゲームで使っているアバターの姿がそこにはあった。
飴色に近い長い茶髪に、青い瞳。装備という装備を着けていない為か、ファンタジーに登場する村人の様な布の服に身を包んだ少女の様な背丈の女の子。仮想現実で操作を行うために、現実とほぼ同じ背丈、身体付きに設定されたそれを見て、違和感を感じよく見てみれば、
「……ん?この喉と右手のタトゥーみたいなのって」
『それがアルバンの核になります。その印がある部位が無くなってしまうと、デスペナルティ等、その部位が元に戻らない限りは使用不可となってしまいますので御注意下さい』
「首が無くなったら死ぬしかない……いや、デュラハンとかそういうのが居るなら、人によって急所が変わるのかな?成程ね!」
喉には三日月にも見える、嗤う口元のタトゥーが。
そして右手の甲には、電話を模したタトゥーが施されている。
分かりやすくて良いものの、もしもPvPなんかを行う場合には隠す努力はしなければならないだろう。
『これにて、ほぼ全てのキャラクターメイクが完了しました』
「ほぼ、って事はまだ何かあるの?」
『えぇ、一番重要なモノが。……この世界にて、活動する為の名前をお教えください』
「あぁ、確かにね!」
言われ、私の目の前には半透明のウィンドウとキーボードが出現する。
……変に悩む必要も無いし……知り合いが居たら分かりやすいからいつも通りにっと。
本名である
『入力確認……
「うん、神の酒で神酒。御利益ありそうだよね」
『えぇ、相応に。それでは――電子の都市にて、貴女様の蒐集が捗りますよう、お祈りします』
「へっ――!?」
その言葉と共に、私の足元に穴が開く。
突然のフリーフォールに、言葉にならない悲鳴をあげつつも何とか下を見てみれば、
「お、おぉ!?」
そこには、巨大な都市が広がっていた。
電子回路のようなものが薄らと浮かぶビルの数々や、現実では未だ実用段階まで至っていない空飛ぶ車らしきもの。それ以外にも、未来といえば、と空想上で思いつくような物が大量に存在する都市が、そこには在った。
地面に身体が近付くにつれ、落下の勢いは落ちていき、最終的に両の足でしっかりと地面へと着地して、
「おぉー……!よっし、頑張るかぁ攻略とお金稼ぎ!」
--仮想電子都市:トウキョウ
視界の隅に、都市の名前が出た所で身体を自由に動かせるようになって、一度大きく深呼吸をして。
……ここからが、私のArban collect Online。
スタートを今一歩踏み出したのだった。