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五話 パスティーチェ! ②

「九金貨から来た人がドゥルッチェの街並みを地味だと笑う理由がよくわかるわね。そしてドゥルッチェの民がこっちをケバケバしいという理由も」

「あはー…」

 蒸気自動車で街並みを眺めながら独り言ちたチマに、ラザーニャはやや居づらそうに呻き声を出す。景観云々での悪口合戦は両者の間で珍しくなく、彼女としてもよく聞く部類であったからだ。

「別に貶したいわけじゃないわ、ただ伝え聞いた言葉、絵画で見た景色と比べて実物はもっと衝撃が強いと言うだけ。海と一緒よ。あっアレが束柱獣ね」

 チマが瞳を向けたのは一匹の獣が象られた石像。

 その見た目は少し特異で、でっぷりと皮下脂肪が見て取れる馬と河馬カバを合わせたような顔つきに、上顎と下顎から前に飛び出た四本の牙、最後はワニやトカゲのように左右へ四肢が飛び出た哺乳類には見られない体型、と風変わりな存在である。

 石像からは見ることが出来ないが、構内の歯がいくつもの柱を束ねたような、束柱獣にしかみられない形状をしている。別名、デスモスチルス。

 パスティーチェの海岸沿いによく見られる、というかパスティーチェの海岸沿いでしか見られない固有種であり、現在は禁猟種に認定され密猟者には厳罰が課せられ、観光客も『野性の束柱獣は遠目に観察する程度にした方が良い』と様々な観光案内手引きに書かれている。

「そうですね。今でこそ通貨は紙幣へと変わり、コインズ内でアールムへと統一されましたが、その昔はパスティーチェ金貨に象られていたそうです。…手引きの受け売りですが」

 小さく舌を出し、ラザーニャは笑顔を見せて隠し持っていた観光案内手引きを見せる。

「金貨に馴染みはないの?」

「ないですね、全く。お祝いごとで記念硬貨を発行したりするので、そういうのの蒐集家なんかは馴染みがあると思うのですが、普通に生活している分には」

「そうなのね。NCUといえば各国の金貨に誇りを持っているものとばかり」

「あーでも、古くからまだ残っている貴族の方々ならそうかもしれません、…多くはありませんけど。後は資産家とか大きく事業をやっているお家だと額縁に入れて飾ってたりするので」

「出どころは聞かないでおくわ」

「どもです」

「……見知らぬ土地って実感が出てきたわね」


 車輌を降りると宿の前には猫が屯しており、チマを眼にしてはのっそりと歩み寄ってくる。

「パスティーチェの人は猫好きだと聞いたし、街中で寛いでる姿も見たけど。ふふっ、人懐っこいのね」

 嬉しそうなチマは手を伸ばし、猫たちが匂いを嗅ぐのを待っていれば。

「お嬢様、飼い猫でない対象とはあまり触れ合わないようお願いします」

「病気とかってことよね」

「はい」

「仕方ないわ。今度に取っておくわ」

 残念がるチマを先頭に、暫くの宿『パーチェ』へと足を踏み入れる。


 宿の受付等をしていれば、“偶然その場に居合わせた”パスティーチェの有力者たちが、チマに挨拶へ参じてその対処にチマは体力を消耗していた。

 目的は同じとはいえ、おおよそ四日もの人生にいて最も長い移動をした後では、気力の有無は大きく異なりとりあえずの挨拶を済ませただけで部屋へと逃げ去っていく。

(今日はもう無理、…でもさっき挨拶を交わした人たちは覚えておかないといけないわね)

「シェオ、夕食は部屋で済ませるから貴方が検めてから持ち込んで」

「はい」

「護衛三人は私が指示を出さなくても大丈夫よね。全員に伝えておくことは…マカローニのもとへ向かうのは明後日だから、それまでに英気を養うように。私もゆったりと休みたいわ…。ああ、そうそうバラ、食事を終えたら湯浴みをするから、適当な時間に部屋へ来て。私が寝てたら起こしてくれて構わないから」

 そう言って荷物を持ったシェオだけ連れてチマは自室へと籠ってしまう。

「いやぁ…まさか一四人も出待ちをしているとは思いませんでした。流石のチマ様もこたえてしまったようで」

「お嬢様はあまり社交の場に顔を出す方ではありませんし、ドゥルッチェの有力者には…そこそこ有名らしいので」

「あー…、パスティーチェだとそういう事前知識が有りませんし、態々他国へ遊学に来る精力的な方だと認識されちゃってた感じですかねぇ〜」

「多分」

 リンとバラはチマを気遣いながらも、隣の部屋へと入っていく。

「私は実家に手紙出してきますので」

「っ、ご護衛は必要ですか?」

「流石に大丈夫ですよ、顔は見られてましたが…ほらこの通り!」

 スキルで眼の色と髪の色を変容させたラザーニャに、ビャスは小さく驚きを見せて、角度を変えて彼女の顔を確かめる。

「…『変装』ですか?」

「そんなところです。ではすぐ戻りますので」

「お気をつけて」

 廊下に残ったのはゼラとビャス。

「…。」

「ティラミ君も休むといい」

「あ、ありがとうございます。…何か必要な事が有りましたら、お声掛けください」

「。」

 コクリ。首肯しゅこうしたゼラは腕を組んで廊下の壁に凭れかかった。


「ふはぁ…、公式の場に出る前に練習出来たのは良かったけれど、流石に数が多かったわね」

「情報を漏らすな、とは言えませんが此処まで組織立って押しかけられると宿を変えたくなります」

「きっとこれでも少ない方よ。…確か、こういった押しかけを悪しくする文化がないの、宿の主は情報を守ってくれたようね。後であの支配人に礼を言っておかないと」

「なるほど…」

「私が入国したことは他所に伝わるだろうし、今回の対応を見るにかなり高位の客人として認識されているみたいだから、思った以上に対応が大変そう」

「お嬢様は遊学と旅行目的なので、外交役として来たわけではないのですが…」

「ふあぁ、っと。外交の遊学おべんきょうと捉えられても不思議では無いわ、宰相の娘なんだし。さてとシェオ、貴方には明日の仕事を一つ頼んでおくわ」

 差し出されたのは書簡。

「到着証明よ。ジェノヴェーゼン学園へのね」

「ああ、一時入学するっていう。委細承知しました」

「よろしくね。それじゃ私はもうちょっと勉強をしておくわ」

「お疲れのようですし、お休みになられたら如何でしょう?」

「気遣いありがと。でも大丈夫だから」

 寝台に家庭教師たちが作った教本を広げて寝そべったチマを見届け、シェオは荷物整理に部屋を移っていく。

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