マシュマーロン家の出迎えも程々にチマたちは各々に用意された客室へと通されて、チマ、ゼラ、リンへ向けた
遊学に際して社交衣や立場に相応しい装飾品等が持ち込まれており、それらを用いて着飾ったチマは堂々とした態度で、マシュマーロン邸の大広間へと足を運ぶ。
待ち受けていたのはマシュマーロン家の者だけでなく、東部貴族の有力者たち、そして部屋の隅にはファンクン老夫妻まで佇んでいる。
(屋敷に足を運んだ時点で気付いてはいたけど、随分な歓迎っぷり。集目を分散させるためにもお父様に来てもらいたかったわ)
ブルード家の養女や王子の護衛を務める現伯爵は既に会場に居り、リンはブルード家の為に顔繋ぎを、ゼラは更に食事を盛り付けて腹を満たしていた。
「ご足労頂き誠にありがとうございます、アゲセンベの姫様」
「光栄な場にお招きいただけたこと、感謝するわマシュマーロン伯」
本日二度目の挨拶ではあるが、チマとマシュマーロン領の領主たるギヴェが友好的な関係を周囲へ示すためにも必要な工程である。
「こちらは長子のモゥヴ。妻は過敏体質
「いえいえ、私の方こそ助けられる場面にもあって、メレや
今回の歓迎会を兼ねた晩餐会はチマにとって、初めてとなる公務。こういった役割は学校に通っている間は免除されるのだが、他所へと個人的に足を運んでしまった以上、行わなくてならない王族の務めとなる。
「アゲセンベの姫様をこれ以上引き止めてしまっては、非難も出ましょう。我々は失礼いたしますね」
「チマ様、その、お楽しみください。皆様には控えめな対応をお願いしていますので」
「ありがとうメレ」
「どういたしましてっ」
照々《てれてれ》と引き下がっていったメレは家族から離れてリンと、晩餐会に来ていたロアと合流しては、これから起こることを予見して遠い目をしていた。
「お食事は、こちらで取り分けておきましょうか」
「…そうっすね」
(挨拶捌きはこれで終わりね…。…これだから公務は嫌なのよ)
「大変でしたねチマ様」
「大変だったわ、本当にね」
「チマ様の好きそうなお料理を取っておいたので、どうぞお召し上がりください」
「ありがとう三人共」
「チマ姫様、周囲に異常はありません。不審人物もなし」
「報告ありがとう、この後もよろしくねゼラ」
「。」
食事をしていたゼラも、シェオとビャスとは別方面で護衛職を全うしており、報告がてらの合流をする。
(今回の収穫は、私を王に据えようという派閥がいなかった、若しくは表立って動いていなかったことね。それだけ伯父様への信頼が
国内のことについては問題なさそうだと結論付けて、チマはマシュマーロン領の海の幸を満喫していく。
「ん~、これが本場の海鮮ねっ!」
「お気に召していただけたようで何よりです、アゲセンベの姫様」
「あっ、お兄様」
「こんばんは、モゥヴさん」
「ご同席を願っても?」
「どうぞ。…メレとモゥヴさんは良く似ているわね」
「そう、でしょうか?母似の私は、父似のメレはあまり似ていないと思っていたのですが」
「あーいえ、見た目ではなく声の雰囲気というか、波長っていうの?葉を撫でる風のような声なのよ」
「ふむ、純人族にはやや分かり難い感覚、大きな御耳の夜眼族の特徴なのでしょうか」
突拍子もないチマの言葉にもモゥヴは感心深い表情を露わにながら耳を傾けていた。
彼が歓談に加わった目的はどうにも次期マシュマーロン領の領主として、次期アゲセンベ家の当主若しくは夫人となるチマとの顔繋ぎが主なのだと悟っていく。
「パスティーチェ遊学には社交目的で行かれるのですか?」
「そうね。一番の目的は画匠のマカローニに会うことなのだけど、パスティーチェの学校にも一時的に在籍し学びを得て、余裕があれば向こうの有力者との顔合わせくらいしたいものよ」
「それは精力的な。…若しやアゲセンベの姫様は、宰相閣下の後をお継ぎに?」
一応のことモゥヴの声は控えられていたのだが、耳聡い貴族はチマの返答に注目を始める。王座に就く者も大事だが、宰相の地位に就く者も同じく重要。
「今のところその予定はないわ。“皆さん”も知っての通り私にはスキルが一つしかなく、大役を継ぐにはいくらかも実力不足。ふふっ、呑気にやらせてもらうかなってね」
「アゲセンベの姫様が活躍なさる事に期待していますね」
「激励として受けとておくわ、モゥヴさん。さあ、私は次の皿を取りに行かないと」
「ええ、お食事を楽しんでください。私はこれで」
「また話しましょ」
そうしてチマは次の皿へ料理を取りに、モゥヴは別の客人の許へ歩いていった。
(ちょっと食べすぎちゃったかしら…)
彼是と料理に手を出しご満悦なチマは、寝台に腰掛けてウトウトと舟を漕ぎだす。列車での旅疲れはそれ程でもないのだが、公務としての社交は疲労を蓄積させるには十分なそれ。パスティーチェでの予定の確認や必要な学習は後回しにして、掛布に包まり横たわる。
(あー…東部貴族に私の価値が低く見積もられてないといいのだけど…宰相に担ぎ上げられても困るのよね)
「ふぁ…。リンの東部貴族への顔繋ぎも出来た、重畳ってところかしら」
(明日からは船の…上)
チマの意識は朦朧と沈んでいき、可愛げな寝息を聞こえ始めた。
―――
「おろろろ、うぅ…」
「うえ…」
「大丈夫…じゃないわよね二人共」
海の上を駆る蒸気船は不規則な揺れ、昨日の長距離移動での精神疲労、一応のこと東部の食事に慣れていなかった可能性もある。いくつかの要因からか二人は見事に
「お嬢様、酔い止め薬とお水をお持ちしました」
「ありがとうバラ。ほら二人共、薬と水を飲みなさいな」
「…どう、も」
「ありがとう、ございます…」
「船医の方からお聞きしましたが、『部屋に籠もるよりも甲板に出て風に当たりながら水平線を見つめると良い』とのことですが」
「そうなの?なら場所を移しましょ、二人共動ける?」
「はい…それくらいなら」
「私も…」
共用区画で過ごしていたチマ一行は甲板へと向かって歩いていき、潮風を浴びながら二人の看病をする。他の面々はといえば、ビャスとラザーニャも船出して僅かな間は気持ち悪そうにしていたのだが、自然と慣れて今では問題なく。リン、ゼラ、バラの三人は最初からケロッとしていた。
「これは帰りも大変そうね」
「「帰り…、あっ…」」
チマのちょっとした一言に二人は更に顔を青くしたのだとか。