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四話 いざ旅立ち! ②

 チマが自主的に勉強を始めてしまい、やや退屈になった周囲は一三札とらんぷで遊んだりしていたわけだが、日が傾きエル山地に入ろうとする頃合いに、車窓からマシュマーロン領と大海を一望できる絶好の眺めとなった。

「お嬢様!窓の外!海ですよ海!」

「…、わぁ…」

 絵画や漫画などでは見たこともある大海原だが、やはり実物を目にするのとでは大きく異なり、琥珀の瞳を輝かせては感嘆の声を漏らしていた。

「この大海を渡ってパスティーチェに行くのね。そういえばラザーニャも海路で来たの?」

「私は陸路ですね。列車乗り継ぎと、コインズNUC内でも入出国検査があるので二〇日も掛かってしまいました。…安くは済みましたが」

「宿泊費とか…言わないほうがいいかしら?」

「…。」

 微笑むラザーニャには哀愁が纏わりついていた。

 さて、メレの実家たるマシュマーロン領、ここはドゥルッチェ沿岸領でも一際大きく、多くの船が出入りする主要港となっており、ロォワとレィエが真っ先に関係の解消に乗り出した重要拠点でもある。一昔、フュンの時代までのマシュマーロン領というのは「少し栄えている程度の田舎領」というのが、中央貴族の常識であり見向きもされていなかったのが実情。

 とはいえ海路を利用した諸外国からの玄関口には変わりなく、鉄道が直通していて東部にいては影響力のある領地、中央が下手を打てば独立されかねない危険な状況だったという。

 事実ゲームのデュロ編ノーマルエンドのエピローグではマシュマーロン領の独立がほのめかされていたり、少しばかり含みのある終わり方となっていた。…原因はゲームでのマシュマーロン家のご令嬢がアゲセンベ・チマと親しくしていたこと、そしてチマ女王じょおうの行おうとしていた政策が現在のロォワやレィエの行った政策に近く、それを打倒してしまったからだろう。

 閑話休題かんわきゅうだい、マシュマーロン領での滞在は一泊となっており、宿に泊まって翌朝早くに船で出立するのだが、その宿というのがマシュマーロン家である。


 鋼玉こうぎょく八九はく式を降りてマシュマーロン中央駅を出ていくと、パッと笑顔を咲かせたメレとマシュマーロン家に仕えているであろう使用人、そして威厳たっぷりな鼻髭はなひげを蓄えた成人男性がにこやかに待ち構えていた。

「お待ちしておりましたチマ様っ」

「三日ぶりね、メレ。そして、はじめましてマシュマーロン伯、貴方の噂はメレや父から聞き及んでいるわ」

「ははっ、光栄に御座いますアゲセンベの姫様。貴女様にこのマシュマーロンを訪れていただけるとは感無量、正に夢心地に御座いまして、申し上げる言葉も浮かび上がってきません」

(泣いてるのこの人…?)

 ひざまずいたマシュマーロン・イトは、チマを見上げては感涙を流しており、…チマは内心引いていた。

 このイト、一目見たら忘れ難い髭を蓄えている御人であり、領民からも良く慕われている領主であり。その彼が跪き涙を流しているとなれば、何か何かと騒ぎとなっていくわけで、あっという間に人だかりへと変容していく。

「領民たちよ、待たれい。この御方は今上陛下きんじょうへいかの弟君であるレィエ宰相さいしょうの姫、アゲセンベ・チマ様である。そう!この領地に目を掛けてくれ、我らドゥルッチェ東部の立場を高く引き上げ、我々を見出してくれた、彼の御二人の姪であり娘であるのだ!失礼のない態度をお願い仕る」

「…。」

(もう、どうにでもなぁーれ)

 崇め奉るかの勢いに圧倒されたチマは、笑顔を顔に貼り付けて心穏やかにマシュマーロン家のお屋敷へと向かう。


 屋敷へ向かう車内でメレは猛烈な平謝りしていた。

「父が申し訳ございません…」

「お父様と伯父様が慕われているようで良かったわ。遊学から戻る時と、来年の野営会の時にはもう少し抑えてほしいけど…」

「キツく言っておきます。その…、私が手紙でチマ様がご一泊なさると伝えた時から舞い上がっていたらしく、それを母から聞かされたらもう止めるに止めれませんでしたぁ…」

 「罪悪感でいっぱい」と顔に書いてあるメレの手を取ったチマは、安心させるべく笑顔を贈り深呼吸をさせた。

「でも王都とはいかないけれど、かなり栄えている領都じゃない。普段からもっと胸を張って誇ればいいのに」

「『昔は田舎領だと蔑まれていた』なんて祖父祖母に聞かされてまして、…少し劣等感があるのです。特急を使っても長時間の旅路、気軽に行き来できる場所ではありません。故に流行の伝わりも遅く、入学当初は馬鹿にされたりもしました」

「そういう…。…なら、来年には目に物見せてあげないといけないわね。メレ、貴女の企画で私達中央貴族を愕然とさせるのよ。……、残念なことに今回の滞在は一拍限りの短いものだけど、遊学から戻った際には列車の手配等の時間を考慮して、そこそこの滞在が出来る。だから私を驚かせて頂戴な」

「チマ様ぁ!」

 目尻に涙を浮かべたメレの姿に、先程の光景が脳裏に浮かぶがそれは抽斗に蔵い込み、やる気を見せ始めた彼女の姿に安堵する。

 チマにとってメレは数少ない友達の一人、落ち込んでいたり悲しんでいる姿は面白くないのだ。

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