チマが自主的に勉強を始めてしまい、やや退屈になった周囲は
「お嬢様!窓の外!海ですよ海!」
「…、わぁ…」
絵画や漫画などでは見たこともある大海原だが、やはり実物を目にするのとでは大きく異なり、琥珀の瞳を輝かせては感嘆の声を漏らしていた。
「この大海を渡ってパスティーチェに行くのね。そういえばラザーニャも海路で来たの?」
「私は陸路ですね。列車乗り継ぎと、
「宿泊費とか…言わないほうがいいかしら?」
「…。」
微笑むラザーニャには哀愁が纏わりついていた。
さて、メレの実家たるマシュマーロン領、ここはドゥルッチェ沿岸領でも一際大きく、多くの船が出入りする主要港となっており、ロォワとレィエが真っ先に関係の解消に乗り出した重要拠点でもある。一昔、フュンの時代までのマシュマーロン領というのは「少し栄えている程度の田舎領」というのが、中央貴族の常識であり見向きもされていなかったのが実情。
とはいえ海路を利用した諸外国からの玄関口には変わりなく、鉄道が直通していて東部に
事実ゲームのデュロ編ノーマルエンドのエピローグではマシュマーロン領の独立が
「お待ちしておりましたチマ様っ」
「三日ぶりね、メレ。そして、はじめましてマシュマーロン伯、貴方の噂はメレや父から聞き及んでいるわ」
「ははっ、光栄に御座いますアゲセンベの姫様。貴女様にこのマシュマーロンを訪れていただけるとは感無量、正に夢心地に御座いまして、申し上げる言葉も浮かび上がってきません」
(泣いてるのこの人…?)
このイト、一目見たら忘れ難い髭を蓄えている御人であり、領民からも良く慕われている領主であり。その彼が跪き涙を流しているとなれば、何か何かと騒ぎとなっていくわけで、あっという間に人だかりへと変容していく。
「領民たちよ、待たれい。この御方は
「…。」
(もう、どうにでもなぁーれ)
崇め奉るかの勢いに圧倒されたチマは、笑顔を顔に貼り付けて心穏やかにマシュマーロン家のお屋敷へと向かう。
屋敷へ向かう車内でメレは猛烈な平謝りしていた。
「父が申し訳ございません…」
「お父様と伯父様が慕われているようで良かったわ。遊学から戻る時と、来年の野営会の時にはもう少し抑えてほしいけど…」
「キツく言っておきます。その…、私が手紙でチマ様がご一泊なさると伝えた時から舞い上がっていたらしく、それを母から聞かされたらもう止めるに止めれませんでしたぁ…」
「罪悪感でいっぱい」と顔に書いてあるメレの手を取ったチマは、安心させるべく笑顔を贈り深呼吸をさせた。
「でも王都とはいかないけれど、かなり栄えている領都じゃない。普段からもっと胸を張って誇ればいいのに」
「『昔は田舎領だと蔑まれていた』なんて祖父祖母に聞かされてまして、…少し劣等感があるのです。特急を使っても長時間の旅路、気軽に行き来できる場所ではありません。故に流行の伝わりも遅く、入学当初は馬鹿にされたりもしました」
「そういう…。…なら、来年には目に物見せてあげないといけないわね。メレ、貴女の企画で私達中央貴族を愕然とさせるのよ。……、残念なことに今回の滞在は一拍限りの短いものだけど、遊学から戻った際には列車の手配等の時間を考慮して、そこそこの滞在が出来る。だから私を驚かせて頂戴な」
「チマ様ぁ!」
目尻に涙を浮かべたメレの姿に、先程の光景が脳裏に浮かぶがそれは抽斗に蔵い込み、やる気を見せ始めた彼女の姿に安堵する。
チマにとってメレは数少ない友達の一人、落ち込んでいたり悲しんでいる姿は面白くないのだ。