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四話 いざ旅立ち! ①

「行ってきますわ!お父様お母様!」

「気を付けて」「絶対に帰ってきてくださいねチマ」

 両親へと抱きついたチマは、二人からの愛情を確かめるが如く腕の力を強めて、頬に口付けをしてから離れる。先の野営会があったとはいえ、親元を離れて国をも離れるのは人生初。寂しさや緊張があるのだろう。

「周りの言うことはしっかりと聞いて、何か気付きがあったらしっかりと周囲へと伝える。一人では行動しないことと、また何時何処いつどこで仮面の連中が襲い来るか分からないから、不審人物からは遠ざかる事、いいね?」

「はいっ!」

 過保護な気もするが、立ち位置を考えれば過保護でも物足りないのが確か。シェオやビャス、リン、そして今回チマの世話役として同行することになった使用人の姐さんこと、ドナツ・バラたちへ目配せを行う。

(私の大切な娘のこと、任せたからね)

(((はい)))

 そうこうして屋敷から出ると、第六騎士団所属の車輌が一台停まっており、後部座席にはデュロの護衛を務めている男装の麗人が座していた。

「騎士団からも護衛を一人呼んでいるとお父様は言ってたけど、ゼラ貴女だったのね」

「。」

 チッチッチ、と指を振ったゼラは自身の衣服をチマに見せつける。

「私服…あぁ、もしかして休暇中?偶然、パスティーチェまで旅行をするのね」

 コクリとうなずいてわかりやすく笑顔を見せた。

 学校が休みでデュロが王城にいる以上は、護衛の任を他の第一騎士団騎士へ委譲しても問題なく、デュロの指示で休暇を貰うことになったのだ。

 車輌から降りてきたゼラの荷物には、どこか釣道具と思しき品々まであるので、余裕さえ有れば休暇を満喫する予定なのだろう。

「チマ姫様、お気をつけて!」

「ええ。第六の貴方も職務で怪我をしないようにね」

「はい!それでは!」

 第六の車輌は発車して城へと戻っていく。これで全員揃ったので、一同はアゲセンベ家の車輌へ乗り込んで、新王都中央駅へと向かっていく。


 チマ御一行が乗車した列車は『鋼玉こうぎょく八九はく式』。新王都中央駅から東へ向かい、マシュマーロン領までの旅路を力強く駆け抜ける名車と名高い蒸気機関車だ。

 マフィ領に向かう際に乗車した『黒曜こくよう九六くろ式』とは異なり、無煙炭むえんたんを使用した無煙蒸気機関車ではないため、水蒸気とは別に灰色の煙を勢い良く噴き上げて走っていく。

 一部の熱狂者マニアは「無煙蒸気機関車は邪道!」などと言っていたりもするのだが、これから無煙蒸気機関車が台頭していく事を考慮すると…。

「王都からマシュマーロン領ってどれくらい掛かるの?」

「特急ですがブシュドーノ領のエル山地を迂回する都合上、七時間前後を要するみたいです」

「結構遠いものなのねぇ」

「ブルード領も五時間半くらい掛かるので、中央行きでも端から行くのは大変だったりします」

 意外と王都の外は広いものなのだと納得しながら、車窓を流れる景色へと目を向ける。

 やはり視界に入るのは穢遺地。

(あの仮面、リンが言うには統魔族とうまぞく、彼らの狙いは私だった。『怠惰たいだ』(実際は『諦堕たいだ』)がどうこう言ってた気がするけど、私のスキルは統魔族に関係するものなのかしら。…お父様もデュロも伯父様もリンも、件の話しはしたがらないから、こちらからも聞にくい。……何が隠されているのかしらね)

 ただチマ自身、周囲の皆が気をかけて守ってくれている事は重々承知しており、変に踏み出して迷惑を掛けることは望んでおらず、ほんのりと曇った気持ちを抱くのみに抑えていく。

「チマ様!お時間もありますし、一三札とらんぷでもしませんか?」

「いいわね、前にやったのを?」

「別のもあるんで、お教えしますよ。大富豪っていうんですど―――」


 顔ぶれを変えながらやって遊んでいけば案外に時間を忘れられるもので、時刻は昼時に差し掛かり、一同は供食車両へと足を運んでいく。

「私も良いんですか?」

「全員分の予約をしてあるってお父様が仰有おっしゃってたから大丈夫よ」

 ラザーニャは若干気が引けながらも、こういった食事にありつける機会もそうないだろうと、チマの言葉に甘えつつレィエに小さく感謝をしながら、供食車両の席へ着く。

 長旅のお供として美味しい食事や甘味が提供される供食区画は完全予約制。列車次第ではふらっと足を運んで、酒類を楽しめる酒場バーめいた運用をしていたりもするが、今回は決まった乗客限定の空間だ。

「お嬢様、私は貴族作法を触り程度にしか学んでいません。お見苦しい姿を見せるのは気分を害してしまいかねませんので、時間をズラしても宜しいでしょうか?」

 不安そうにするバラへとチマは首を傾げる。

「ふむ。ゼラ、リン、どうかしら?」

「私は気にしませんよ。というか市井の出身ですし」

「。」

 肩を竦めては「問題ない」とゼラは示した。

「私も問題ないと思っているわ。それに時間をズラして他の乗客に出くわす方が面倒だから、食事を共にするべきね。…まあ遊学のお供として暫くの時間を拘束してしまう、ちょっとしたご褒美として美味しい食事を受け取って頂戴な」

「畏まりました」

「シェオとビャスもよ」

「はい」「っはい!」

「というか良かったのゼラ?貴女は名門も名門、というか今代のジェローズ伯よね?」

 グッと親指を立てて爽やかな笑顔を見せるのみ、釣りが関わらないと殆ど話さない女である。


 供食区画に足を運べば、給仕が一人チマたちの前へとやって来て、まどろっこしい確認等をせずに席へと案内をした。チマがいるのが一番の証明ということだ。

 思ってた以上に品が良い高級感の溢れる空間には、四人掛けの机が八基の最大で三二人の乗客が食事を共にできるようで、既に先客が二組、各々で歓談をしながら昼餉を食んでいる。

 チマ一行は二基を占有し配膳を待っていく。

「ご機嫌よう。アゲセンベの姫様にジェローズ伯」

 着席と共に先に食事をしていた乗客の一人、髭をたくわえた老夫がチマたちの許へと足を運び、慇懃に頭を下げては挨拶を行う。

「御二方とは…春の舞踏会でお会いした以来でしょうか?」

「ご機嫌ようファンクン・リナァ、舞踏会以来ね」

 チマが言葉を返せばゼラは小さく礼を返す。

「そちらも旅行かしら?」

「えぇ。実は曾孫ひまごが生まれるとの事で、孫夫妻を訪ねるところなのです」

 御歳八〇ちょいの老夫婦、奥方は足が悪いようで席を立つことなく、自分の席からチマたちへと礼を行い微笑んでいる。

「それは目出度いわ、…ファンクン御夫妻ならば玄孫やしゃごまで見れそうな元気さね」

「ははっ、流石に厳しいものがありますよ」

「今でも列車を使った長旅が出来るのだから、後二〇年三〇年くらい余裕よ」

「だと良いのですが。…ご料理が到着したようなので、私はこれで失礼します。良き旅をアゲセンベの姫様」

「そちらもね」

 リナァが妻の許へと戻れば給仕が一人やって来て、杖をついて歩く彼女を気遣いながら、客車の方へと向かっていく。

「お嬢様のお知り合いですか?」

「ファンクン・リナァは蒸機省の元省長よ。現役は退いているけれど、各所に顔を出しているから、これからも出会うことになるはず。顔を忘れないようにねシェオ」

「はいっ」

(殿下とラチェからチマ姫様とキャラメ侍従の関係が進展したと聞かされましたが、今のやり取りを見るに本当のことのようですね。殿下の初恋が散ってしまった悲しさもありますが、釣友たるチマ姫様を祝いましょうか)

 配膳された飲み物を手に取ったゼラは、それをやや高く掲げて。

「乾杯しましょう」

 とだけ告げて周囲の賛同を待つ。

 一同は「何を?」と首を傾げるも、ゼラがそうしたいならと乾杯をして昼餉ひるげを楽しんでいく。

 列車内という事もあって手の込んだ料理の提供は難しいのか、それともさっぱりとした昼餉傾向なのか、切り分けられたブレッドにチーズやバター、葉物野菜にハム等が並べられ、好きにサンドイッチとして食べる形式のようだ。

 そこにツナサラダと葡萄水、食後には氷菓。列車内の食事と思えば、至れり尽くせりな昼餉である。

 そしてこれに安堵したのはバラ。こういった肩肘張らない食事形式であれば、彼女も礼儀作法は分かるため強張る必要もないからだ。

(ちょっと緊張しますが、高級なお料理!お嬢様に付いてきてよかったぁ)

 サンドイッチを食べ終えて氷菓ひょうかついばむバラは幸せそうに相好そうごうを崩していた。

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