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三話 狩猟本能! 2

「なご」

 シェオがリンを迎えに行っている間、漫画の新刊を読み進めていたチマのもとへマカロがやってきて、口に加えていたせみを一匹床へ落とす。

「あら、今年も狩ってきたのね。てことは」

「ん」

 小さな声を出したマカロは踵を返し、猫用の扉を潜りながらチマへと視線を向ける。

「はいはい、ちょっと待ってね。網、どこに置いたっけ」

 がさがさと収納を探していけば古びた小さな手網が出てきて、それを携えてマカロの後を追っていく。

 これは年に一度二度起こるチマとマカロの恒例行事。

 普段は寝ているか散歩しているかの、ゆったりとした生活を主とするマカロだが、稀に狩猟本能を掻き立てられるのか何かしらの虫か蜥蜴等を狩っては、飼い主たるチマへと見せに来る。

 そしてまったく狩りをしている風のない同族っぽいチマへ対して狩りの指南を行うために、外へと呼び出し虫の捉え方を教えるのだ。彼女そのものはマカロより優秀な身体能力を携えていたりするのだが、やはり直接狩りをしている姿を見ることがないうえ、稽古をしているとき以外はのんびりと部屋に籠もっているので、マカロから鈍臭い姉猫と思われているのだろう。

 足並みをマカロの合わせて歩いていると、仕事中のビャスに出会って不思議そうな顔をされる。

「………、虫取り、ですか?」

「そんなところよ。一緒に来る?」

「っいえ、今仕事中なので」

「そう、それじゃ頑張ってね」

「…はいっ!」

 ひらひら手を振って隣を通り過ぎては、一人と一匹で庭へと出た。

 それから先ずマカロは一旦姿勢を低くしてから頭を立てて、手頃な獲物を見繕っては頭を低く全身を伏せながら相手へと近寄っていく。普段はぽやんとした猫なのだが野性は失われていないようで、足音を消して姿勢を低く射程圏内に入れてから…飛び掛かって飛蝗ばったを加えてチマの許へと戻って来る。

「おぉー、何時見ても上手な狩りねっ」

 パチパチと拍手をして迎えれば、心做しか自慢げな表情のマカロは飛蝗を吐き出して、「次は姉猫そっちだ」と言わんばかりに視線を向けた。

「ふふん、任せて。私も慣れてるから」

 流石に猫と同じ狩り方は出来ないものの、狩猟させることがマカロの目的らしく、手段を問わず結果だけあれば彼女は満足するのが毎度のこと。

 一応だが姿勢を低く屈み、頭を立てて獲物を探していく。

(あんまり動かないの、飛ばないのが楽でいいんだけど…飛蝗も蟷螂かまきりも飛ぶのよね。蜻蛉とんぼは早いし、蝉はおしっこ掛けてくるし。……蝶々《ちょうちょ》がいればいいのだけど、今日はいないから…あの蟷螂にしましょ)

 体勢を伏せながら足音を殺すことは身体の構造上難しいので、成る可く視界に入らないよう蟷螂の後方を取っては網を構え、躙り寄っていく。身体を屈めてから靭やかな筋肉を発条バネにして地を弾き、目にも止まらぬ速度で距離を詰め足も留めずに蟷螂を手網に捉えた。

「マカロー、見てしっかりと捕まえたわよー」

「にゃ」

 「宜しい」と言わんばかりに声を上げては頷いて、マカロは屋敷へと戻っていった。チマもマカロも虫を食べる予定はないので、蟷螂を網から放っては後に続く。

「あ、お嬢様。毎年のですか?」

「そうよ、いつもの。いらっしゃい、リン」

「お邪魔してます、チマ様。…網を持って、虫取りかなんかですか?」

「ええ、マカロに狩りを教えてもらってたの」

「…?」

 斯々然々かくかくしかじかと説明すれば。

「見たかったっ!!」

(チマ様が虫取りしてる姿!!)

「面白いものじゃないのだけどね。また機会があったら見学させたげる」

「ところで今日は何を捕まえたのですか?」

「マカロは飛蝗で、私は蟷螂よ。あっ、部屋に蝉が転がってるから片付けといて」

「承知しました」


―――


「失礼します旦那様」

「掛けてくれ。それで用件って?」

「はい。…実はバァニー・キィス政務官からの接触が有りまして、私の父だと仰ってまして」

(あぁ、爵士が叙爵されるからと。此方の凋落ちょうらくを狙った工作要因としての引き込みだろうが)

「そのことか。実は君の素性は調べていてね、彼の言ったこと真実だよ」

「…。知っていたうえで私を雇っていたのですか…?」

「そうだね、シェオはシェオだから、それでも良いと思って話さないでいたんだ」

「なる、ほど。…つまり私はこれからもアゲセンベ家に仕え、お嬢様のお隣にいても?」

「アゲセンベ家に仕えてくれるのは構わないけど、チマの隣にいていいかは本人に聞かないとわからないなぁ?ふふ」

 試すような笑みを向ければ、からかわれているのは一目瞭然いちもくりょうぜんで、シェオは険しい表情を露わにした。

「その、バァニーの血筋の私がアゲセンベ家に仕え、何れお嬢様と婚約するとなると政的に問題が生まれるのではないでしょうか?」

「シェオはバァニー家に行く心算なのかい?」

「いえ。時期が不審すぎますし、私に利点はありませんので」

「なら無視すれば解決することだ、地位が上昇して親戚だと名乗る相手が現れることは珍しくないからね。そういった輩なのだと周囲から笑われるだけさ」

(この世界にはDNA鑑定なんかないからね、はははは)

「そういうものですか?」

「そういうものだよ。いやぁ、第六騎士団があるだろう?あそこからの相談が多いのだよ、そういう案件でね」

「あぁー…」

「チマに伝えるかどうかはシェオの判断に任せるから、伝えるなり伏せるなり好きにするといい。あの子も気にする風ではないだろうけど」

「はい」

「それじゃ明日からのパスティーチェ遊学の件は任せたよ。心強い、いや力強い味方を用意してあるからさ」

「お任せください」

 シェオは一礼してから、力強い味方とは誰だろうかと疑問に思いつつ部屋を後にした。

(チマに暫く会えない…、仕事に身が入るだろうか……)


「お嬢様、お話しが」

 コンコンと扉を叩くシェオは、チマの私室から返答がないことを疑問に首を傾げた。

(空き時間にお勉強をなさっている筈ですが…)

 カチャリと把手を回してみれば、長椅子に横たわりマカロとお昼寝をしているチマの姿があった。

 なんとも間が悪いシェオは自身の運の無さを笑いつつ、足音を殺してチマの許へと歩み寄り、そっとお姫様抱っこで寝台まで移動させる。

 マカロの方は目を覚まし、二人を追うようにのんびりとした足取りで寝室に向かい。横たえられたチマの隣を陣取って大欠伸をした。

「ふふっ」

 可愛らしい寝顔を拝めるのは、信頼を勝ち取ってきたシェオの特権であり、顔に掛かった髪の毛を払い除けて笑みを零す。起こさないよう慎重に掛布を被せると。

「ん…」

「っ!」

 チマから小さな声が漏れて、起こしてしまったかと身体を強張らせるも、ちょっとした寝言だったらしく安堵の吐息を漏らす。

「…、す…、んー、お慕いしています、お嬢様」

「…。」

 眠っている意中の相手に思いを伝え、自身が如何に意気地なしなのかを受け止めてから一礼をし、シェオは職務へと戻っていく。

 鈍感な主は気持ち良さ気に眠ったまま、暖かな陽気が部屋へ差し込む。

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