「なー…るほど?」
翌日。休日ということもあって
「つまり…、チマ様が遊学なさる(建前)から、チマ様と仲の良い私を、レィエ宰相直々に同行者として指名していると」
「っそ、そうなります」
「委細承知しました。ブルード領と実家には今秋季休暇では帰れないと連絡をしないといけませんね」
「………、お嬢様から『申し訳ないと思っているわ』と言伝もありまして」
「ああ、別に気にしているとか、どうしても帰りたかった、ってわけでもなくって。…秋季休暇までそれなりの時間もありますし、手紙もしっかりと届くはず。どちらかといえば、ドゥルッチェより外に向かうのは初めてだから、色々と緊張しちゃうなぁってだけです」
(長期休暇は主人公のリンも帰省しちゃうし、さくっとスキップされちゃうんだよね~。…
「急に話しがかわっちゃうんですけど、秋季休暇に入る前の何処かでレベル上げに行きませんか?チマ様とシェオさんもご一緒に」
「れレベル上げですか。…っ良いと思いますっ。お嬢様が何時如何なる時に狙われるかわかりませんから、貰い物の力だけでなく自分自身の実力も、っ…培っておきたいので」
「うんうん。それにシェオさんとビャスさん、そして私の連携を密にしておきたいんです。やはり一緒にいる機会が多く、いざという時には背中を預け合う関係になると思い」
「いいですねっ!…、っ先の襲撃事件ではチマ様に怪我をさせ、…命の危機にまで発展してしまいました。っああいう状況は、成る可く無くしたいので、僕はレベル上げと連携の強化には大賛成です」
「お二人に言伝をお願いしますね」
「っはいっ!」
大きく頷いたビャスを見てリンは笑みを零し、レィエからの書簡に火を付けて証拠を燃やしていく。
「ビャスさん、この後ってお仕事に戻る感じですか?」
「いえ、リンさんに書簡を届けたら自由にしていいとのことです」
「それじゃあ、ちょっと街へ出ませんか?喫茶店とか行きたいなって」
「は、はいっ!喜んで!」
リンは着替えに一度戻っては、二人で市井へと向かっていく。
―――
「ところでチマお嬢様、顔も声も完璧だったと思うのですが、どうやってシェオ
マカロを被写体に筆を走らせるラザーニャは当然の疑問を口にする。
「そうねぇ、
「いいですよ。もうシノビは辞めてますし、こそ泥って言っても大したものは盗んでいなかったので」
「声に若干違和感があったのと、扉を開けた後の匂いの差異ね。同じ香水を使用したみたいだけど分量が違うわ、もっとこう控えめな香りでシェオっぽい匂いがするの」
「お嬢様…、流石にちょっと変態っぽいです。すんすん」
少し引き気味なシェオは自身の匂いを確かめてから首を傾げる。匂いの細かな差異を純人族が認識するのは難しい。
「
「それで種族の違いもってところですか」
「顔は本物に見えたから誇っていいわよ、変装技術は」
「本物に見えた相手でも容赦なくぶん殴って、顔を蹴飛ばすんですね…」
「声と匂いに違和感あったら偽物でしょ」
「…」
(喉の調子と香水の分量には気を付けないと…)
「事前にネズミが忍び込んでいるのを確認してたのもあるけどね」
「…」
(チマお嬢様が温厚な方で良かった…、初手で殴られ蹴られたけど、正直安いもんだし)
「それでマカロの絵画はどう?」
「順調ですよ、私はマカローニほどの画力はありませんが、何かと真似をするのは得意なので」
「真似をするのは得意と言うけど、今回の絵はマカローニの贋作を作っているわけではないのね?」
「色んな絵画を見てきたので、それぞれ好きなところを真似して、好きな描き方を取り入れているんですよ」
「へぇ、それはマカローニの教え?」
「ええ、そうです。『自分の心に感じ入った作品の良いところを取り込み自分の力にしろ、人は何かに影響を受けて自分を構築するものだ『絵が上手くなりたかったら、物を見る目を鍛えろ』『そして何より、基礎を忘れるな。特に素描と配色が要だ』その三つを教わりましたね」
「なるほど。絵に関するスキルは?」
「取得しています」
「…、なんでシノビやこそ泥なんてしてたのよ」
「物心ついたときにはシノビとして育てられてたんですよ、それで仕事に失敗してマカローニに拾われ、といった次第で」
「…悪い事を聞いてしまったわね、ごめんなさい」
「いいんですよ。忍び込んだ私を大目に見てもらったうえに、マカローニに会ってもらえるんですから」
「…、それじゃ私も絵を描こうかしら。マカロ、もうちょっとそこでお昼寝しててね」
「んなお」
「…ところで…、マカロ氏の由来って…」
「マカローニよ」
「…、いい名付けですね。太々《ふてぶて》しく、ドンと構えているところがよく似てます」
その後、チマが描き上げた絵を見て、ラザーニャは「…後世に、時代が追いついたら評価されそうですね」と言葉を掛けたのだとか。
(お嬢様に相談する機会を失ってしまいましたね…、はぁ…)
シェオはどこか上の空である。
―――
しばらくして。
「おかえりなさい、チマお嬢様。出来ましたよ、私の絵画が」
リンたちとレベル上げに穢遺地へ向かっていたチマが戻り、出迎えた使用人たちに混じって楽しそうな笑顔を咲かせていたのはラザーニャ。
アゲセンベ家に忍び込み、シェオに扮してチマの部屋へと侵入し撃退された彼女だが。根っからの悪人というわけでなく、基本的には礼儀や作法がそれなりに出来ている者ということもあり、邪険に扱われることなくチマお抱えの画家程度の扱いのなっていた。
「そうなの?それじゃあ着替えたら見に行くわ」
「了解です」
一礼をしたラザーニャは割り当てられた作業部屋へと戻っていき、マカロの描かれた絵画を見せるべく部屋を片付けていく。
すると足音が近づいてきて。
「失礼するわ」
「どうぞどうぞ。題名は『長椅子の穏やかな猫』です」
それは長椅子に横たわり昼寝をしているマカロが描かれた一枚の絵画。生活の一瞬を切り取ったマカローニの絵画と近しい画風ではあるが、色遣いや構図、間の取り方等はマカローニ風ではなく、ラザーニャ独自のものと一目で分かる一品。
「へぇこれがラザーニャの絵なのね。貴女の顔が見れた気がするわ」
「有難う御座います」
「これでアゲセンベ家への侵入等々はお咎めなし、報酬もしっかり払うから」
「…本当に私の絵画なんかでいいのでしょうか?名が売れてないどころか、まともに、ラザーニャ・ラザ・ベシャールメとして仕上げた作品はこれが初めてですよ」
「『画家の名前に付加価値を付けるのは邪道』なんて事を言うつもりはないけど、作品の価値は作品に宿るものだと信じているの。それにマカローニへの敬意が感じられるのは、ラザーニャがこの作品へ魂を込めたからじゃない?そういうの素敵よ」
(なるほどなぁ…、こりゃ両親だけじゃなくって使用人一同からも大切にされるってのも理解できます。本当に誘拐とかしなくてよかった。私は間違いなく勘当されるだろうけど、…拾ってもらった恩はこれで返せる)
「うへへ、なんか照れちゃいますよ」
「今後。私がパスティーチェから帰った後も、絵は描き続けてほしいわ。旅商人として持ち込みでくれてもいいし」
「考えときます」
「ふふん、さぁーて『長椅子の穏やかな猫』は何処へ飾ろうかしら」
ご機嫌なチマは画架に乗った絵画を様々な方向から眺めては、飾るのに相応しい場所を思い浮かべていき、ラザーニャは複雑な表情で養父へ思いを馳せる。