「へぇ、よく出来てる。スキルじゃなくて、技術での変装であそこまで似せられるものなのね。ふむ、素っ裸に剝いたけれど武器の類はなし、私をどうこうしようって
「…うっ、一体何が…」
シェオだった誰かが目を覚ませば、先ほどまで着ていた筈の衣服がチマの手の中にあり、
「お目覚めね。一応だけど縛ってあるし、私は武器を持っているから抵抗をしない方が賢明よ」
そう言ったチマの近くには短剣が置かれており、変装者は状況を飲み込んでいく。
「まさか…変装が初手でバレるなんて思いませんでした。今回は完璧にシェオという侍従の声を真似して、顔も整えたはずなのですが…」
「今朝方に言った事を理解していたのは良いことだけど、声以外にも見破るだけの材料があったのよ。相手を異種族だと理解して立ち回らないと、
「次、あるんですかね?」
「それは貴女次第よ。というか変装して他人の家に忍び込むなんて、どっちにしろ褒められたことじゃないし、次はないことを信じたいわ」
「…。」
「で、貴女は誰?」
「私はラザーニャ・ラザ・ベシャールメです。しばらく前に絵画を売りに来た旅商人の」
「あぁ〜、だから声に聞き覚えがあったのね。ということはあの時も変装をしていたの」
「そうなります。…その、敵意や害意はないので下着だけでも返して貰えないでしょうか、アゲセンベ・チマ様」
「武器の類いが衣服に隠されていなかった事は理解できるのだけど、下着を渡した瞬間に縄抜けをして、下着を武器に私に襲いかかってくる可能性が捨てられないの」
「…、いるんですか?そういう人…?」
「…漫画とかに」
「…。作り話じゃないですか…。本当、恥ずかしいのでお願いします!もしもこの後、騒ぎを聞きつけた使用人が飛び込んできたら、もう一生の恥ですよ」
「自業自得だし、下着姿でも変わらなくない?」
「うっ。その、犬が服従を表す
手足を縛られている状態で仰向けになったラザーニャは涙目でチマへと訴えかけ、チマは仕方なしに下着を渡しては手の拘束を解く。
一応のこと警戒をしていたのだが、ラザーニャが反抗にでる様子がなく、下着を上下着用すれば、その場に正座をした。夜襲をしたとは思えない律義さである。
「…、それで武器も持たずシェオに扮して私の部屋へ来て、何の
「実は協力を願いたいことがあるのですが、あまり公的に話せる内容でもなく」
「もしかして…また
「いえ、商人としてではなく、マカローニを親とするラザーニャ・ラザ・ベシャールメとして参りました」
「貴女、マカローニの娘だったの!?」
「血縁はありません、色々とありまして拾っていただいたのです」
「養子ってことね」
「そんなところです。本題なのですが、そのマカローニが昨年辺りから体調を崩しており、時折言うのです『ドゥルッチェ王国に
「えっ!?マカローニが私に!?大丈夫かしら、幻滅されたらどうしよう」
憧れの画匠に会えるかもしれないとチマは年頃の女の子然とした態度を見せる。
「最初は掻っ攫ってマカローニに会ってもらい、お屋敷に帰そうかと思っていたのですが、ほぼ常時強そうな護衛がついていまして中々に難しく。画廊に飾られていた写真を盗もうにも、このお屋敷って警備がキツく流石の私も『ちょっと無理かなぁ』となってしまい」
「貴女…碌でも無い人だったのね…」
「いや、その。泥棒はしますが、人攫いや殺人はしません。これは
「…もしかして、私に売った絵画も盗品だったり?」
「アレは私が描いたものです。アゲセンベ・チマ様を確かめる為、そして屋敷内の警備の確認辺りを、と」
「ふぅん、へぇ…なるほどね。それで今回忍び込んだ目的は?」
「パスティーチェまで来てもらい、マカローニにお会いしてもらいたいのです。高貴なアゲセンベ・チマ様にご足労いただくのは忍びなく思うのですが、私にはマカローニに拾ってもらった恩があり、『最期の望み』を叶えたいのです。…、マカローニの望みを叶えて頂いた暁には、屋敷に、そして夜襲を掛けた私めは煮るなり焼くなり、首輪をつけて売っぱらってもらっても構いませんので、どうかこの通りお願いします」
床に額を擦り付けたラザーニャはこれ以上なく鬼気迫る声色で
「パスティーチェ、パスティーチェねぇ…。体調を崩しているのならマカローニに足を運んでもらうわけにはいかないだろうし。………、とりあえずお父様に相談するわ。さっさと服を着て頂戴」
「は、はい」
「聞いてたでしょシェオ、トゥモ。お父様へ簡単な話しを通しておいて」
「承知しました」
扉を隔てた向こう側にはシェオとトゥモ、そして何人かの使用人が、何時でも突入出来るように待機しており、チマの声を起点に一斉に気配が漏れ出してくる。
「…、もしかして気絶している間に…?」
「安心して、裸に剥いているところは見られてないから」
「…。」
(やっぱ泳がされてたのですね…)
とんでもない場所に忍び込んでしまったと、ラザーニャは遠い目をして衣服を着ていく。
―――
「パスティーチェの画家マカローニの娘、ね」
「血縁はありませんが、真に御座います」
「嘘は、ない。…が、ドゥルッチェ王国の王位継承権を有し、アゲセンベ公爵で宰相職を務める私の娘を、
「難しい…ですかね?一応ですがお礼として用意できるものは多くあります、ものと言っても現物ではなく情報になりますが」
「なるほど、そういうことか。スキルを用いない古い変装術に潜入技術、NCUでそういう秘密工作を得意とする者といえば」
「はい。元シノビで御座います。盗む品々は方々《ほうぼう》の情報、私の望みを叶えてくれるのであれば周辺諸国を献上いたします」
「そうか、なら手付金としてパスティーチェの情報をもらおうか。ピッツォーリ・ピツォ・テリーナの情報を」
「ピッツォーリ元首の情報ですか?あんなのでいいのなら大喜びで支払います」
ケロッとしたラザーニャを目にチマは小さく首を傾げる。
「ピッツォーリ・ピツォ・テリーナって現行の元首よね?そんな軽々話して良いものなの?」
「問題ありませんよ。彼は
簡単に話すと前職の元首がやらかして、その責任逃れの為に立てられた哀れな男とのことで、任期を満了すれば元の議員に戻るだけの存在だという。
「北方九金貨連合国はどれも選挙制度を用いて元首を定めって話しだけど、そんな上手く決まるものなの?」
「真に糸を引くのは裏方なのです」
「なるほどねぇ」
チマが思い浮かべるは祖母パヌの顔。
(王都内にいてくれた方が私の目が届き、
「遊学という体でパスティーチェに
「有難うございます
「こちらから護衛を付けされてもらうがな。…今度はマフィ領とは異なりチマを庇護してくれる者は護衛しかいなくなってしまう。前回のような無茶は避けるんだ、いいね?」
「はい!パスティーチェに赴き、見聞を広め深めてまいりますわ!」
「ラザーニャ・ラザ・ベシャールメ、君は出立までの間、アゲセンベ家の監視下に置かせてもらう。不審な行動をするようであれば、父であるマカローニとは会えなくなると思い給え」
「委細承知しました」
(先ずは…ブルード・リンの帰省を延期してもらわねば)
美味しい晩餐を楽しんだリンは今現在、寮の寝台で夢の中なのだが、自身の与り知らぬ場所で休暇の予定が変更されていくのであった。