「ようこそいらっしゃいました皆様。こうして屋敷にお招き出来るこの時を心待ちにしておりました」
「お、お招き頂きありがとうございますっ!」
綺麗に着飾ったチマに迎え入れらたチマ派閥の一同は、今まで見た中で一番綺麗な彼女の姿に
「チマ様、これ実家とブルード
「贈り物?なにかしら、あら綺麗な
「どうぞどうぞ、此方が葡萄酒でこれが葡萄水、目利きがあるわけではないのですがブルード領で生産している品の中でも、逸品と呼んで差し支えのない二品です。お酒はご両親に、葡萄水はチマ様が味わっていただければ、葡萄農家の娘としても嬉しく思います」
「ありがとう。ブルード領へ足を運ぶ際は、お礼を伝えなくてはいけないわね。…でもこんなに沢山いいのかしら、他の皆にも」
「自分たちは合流した際に頂きまして」「一粒味見をしてみましたがとても美味しかったっす」「食べ切れるか不安なくらい頂いちゃいました」
「そうだったのね、それじゃあ遠慮なくいただくわ。厨房へ運んでおいて」
「はい」
使用人へ土産を預けたチマは、一同へ振り返り満面の笑みで広間の方を指し示し。
「さあさ、こっちよ。広間を用意しているから」
と先頭を歩く。
(アゲセンベ公爵家のお屋敷だけど、案外に
(所々に猫の絵画、画風的にマカローニのものでしょうか)
(王家は政策の為に財貨を多く売っぱらっちゃったって聞いてたけど、公爵家も案外に地味寄りなんすね。マシュマーロン伯の屋敷の方が色々と豪華だし)
思い思いの感想を浮かべながら一同が大広間に入っていけば、こちらも控えめな印象な空間が広がっており、レィエとマイが腰掛けて待っていた。ドゥルッチェの
「やあ良く来てくれたね。本日はチマが設けた催し、おまけたる我々の事は気にせず楽しんでいってくれ給え」
「壁の染みくらいに思っていただいて結構ですよ」
「それは無理ですわ…お父様お母様…。紹介しますね、知っていると思いますが宰相職に努めている父レィエと、
「紹介に与ったレィエだ」
「同じくマイです。皆さんのことはチマから
「お、お会いできて光栄ですぅ、宰相
「はっはっは、そう固くならないでくれ、マイが言った通り壁の染みくらいに思ってくれて構わない。私達は楽しそうなチマの姿に
「そ。
にへらぁっと完全に緩みきったチマの笑顔を目にすれば、格式高い
「持ってきて頂戴な」
合図とともに運ばれてくるのは趣向を凝らした料理の数々。基本的には季節の食材を用いた旬の料理なのだが、王都では中々珍しい寿司やカルパッチョといった生魚を用いたものも並べられて、一同は礼を欠かない程度に唾を飲み込んでいった。
そうして並べられた料理の前へ立ち、小皿を手に一口分ずつ盛り付けては味見をし、
「我がアゲセンベ家の料理人たちが精を尽くした至宝の数々、余すことなく堪能していってくださいませ」
「「有難き幸せに御座います」」
どんな絶品料理であろうと貴族の子息令嬢たちは飛びつくことなく、優雅な立ち居振る舞いで小皿へ盛り付けていっては、自分の席へ戻って一口二口と食んでは
(転生して以来の寿司…、ちょっと涙が出そう…。記憶にあるのとはほんのり風味が違うけれど、醤油と酢飯、そして旬のお魚は、…堪らないっ!)
「ありがとうございますチマ様、一生の思い出ですよ~」
「大袈裟ね。沿岸領地ならそれなりに食べられているらしいし、貴女なら何時でも食べに行けるようになるわよ」
「そうですかねぇ…」
「そうよ。私に次いで二番手を維持できたのだから、堕落しなければ将来は明るいわ。それこそご両親がリンを誇りに思えるほどに」
「なんだか頑張れそうな気がしてきましたっ!」
「焚き付けた私がいうのもなんだけど、現金なものね、ふふっ」
会話をしながらチマも食事を楽しんでいると、リキュやその友人たちの男衆はもう一皿を食べ終えたのか、次の皿を手に料理を盛り付けていく。
「三人は王都生まれの王都暮らしよね?生魚は大丈夫?」
「はい、思っていた以上に食べやすく調理されており、特にカルパッチョは自分の好物になってしまいそうです」
「ふふっ、遠慮せずに沢山食べてね。私のお薦めは帆立貝よ」
(チマが本当に楽しそうにしているね)
(そうですねあなた。これもシェオの頑張りでしょうから、褒めてあげなくてはいけませんね)
徐々に賑やかしくなる子どもたちを目に、レィエとマイは薄っすらと涙を浮かべて喜び合う。
―――
「ふふっ、ふふふっ、はぁぁー、良い一日だったわ」
ぽふん、と柔らかな寝台に倒れ込んだチマは、本日の晩餐会を思い出しては笑みを浮かべていた。
「んに」
「いらっしゃいマカロ。皆に紹介したかったのに何処へ行ってたの?」
「…。」
これといった返事もなく、マカロはチマの隣に横たわり、大きく伸びをしてから丸くなる。
(だけどここ数日の間シェオの表情が暗かったのと、今朝見かけたネズミが気になるわね。…シェオに関しては孤児院から戻ってきた後だったし、孤児院の子たちに何かあったのかしら?それならお父様に報告しているだろうから、私が心配するべきはシェオが自身の事で悩んでいる場合よねぇ)
「踏ん切りが付けば話してくれそうですだけども」
独り言ちればチマの耳がピクリと動いて、視線を私室へと向ける。そして僅かな時の後に、コンコンと扉が控えめに叩かれた。
「お嬢様、実は相談事がありまして」
「シェオね、いいところに。ちょっと外で待っていて」
「承知しました」
部屋の外に相手を待たせて、チマは寝台から降りて私室へと歩いていった。
(やはり…私一人で考えたところで何も解決しませんよね。…こういう時には旦那様へ相談をするのが手堅いのですが、お嬢様へ相談したいという気持ちを優先してしまいましょうか…)
夜風を浴びていたシェオは、光が漏れるチマの部屋を見ながら、数日前に告げられた事実を思い出していく。
確証を得られたわけではないのだが、踵を返し院長へとメルの事情を尋ねてみた結果、貴族家に仕えていたという事実だけ手に入れることが出来た。出来てしまった。
(血の繋がりがあった場合、私はバァニー家の者となってしまいチマ様のお側にいるには…、重りとなってしまう可能性が大いにあります。はぁー…何もこんな時に、…いや、爵士の地位を得ようと申請をしていたこの機だから、なのでしょうね。バァニー家であれば母さんの足跡を探すことなど難しくなく、声を掛ける機会などいくらでもあった)
忌々し気に夜空を睨めつけては、溜息を追加で一つ吐き出して、もやもやする気持ちを落ち着ける。
「悩み事ですか?」
「トゥモ家令、…そんなところです。見兼ねて声を掛けて頂いた、というところでしょうか?」
「間違ってはいませんね。アゲセンベ家に仕える従者は、皆一様に私の部下にあたりますから、管理の一環とでも」
「感謝します。…ですが今回は先ず、お嬢様に相談しようと思いまして」
「お嬢様にですか。相談できる、相談する相手が決まっているのならそれでいいのですよ。…是非、お嬢様を頼って上げてください、迷惑なんて言葉を捨て去って」
「はい」
「然し、ふふっ、シェオが頑張った甲斐があったというものですね」
「?。といいますと」
「本日の晩餐会ですよ。お嬢様が学校へ行く切っ掛けを作ったのはシェオですから、ああして友人に囲まれ笑みを絶やすことのないお嬢様の姿を見れた。なんと素晴らしいことか、家令として誇らしく思いますよ」
「――っ!」
トゥモに認められたシェオは目を丸くしては瞬かせ、屋敷に戻っていく彼の背中へと一礼をしてチマの部屋へと向かっていく。
「待たせたわね。就寝寸前だったから準備に手間取っちゃってね」
「いえいえ、問題ありません。押し掛けてしまったのは私の方ですから」
「それで何用、と言いたいところだけど、先ずは部屋に入ってしまいなさいな。その顔を見るに何かあるのは明確なんだから」
「っ。それじゃあお言葉に甘えて」
「長椅子に腰掛けてくれる?」
「は―――」
チマは相手が横を通り過ぎようとした瞬間に、拳を脇腹に捩じ込んで壁へと叩きつけ、へたり込んだところに顔面目掛けて容赦なく蹴りを加えた。
「ッ?!なん、で…?」