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二話 試験の終わりにお祝いを! 2

 蒸気自動車を孤児院の一角に停車すれば院内から孤児が姿を見せ、わっと集まってくる。

「シェオ兄ちゃん!」

「久しぶりになってしまいましたね、おほん。久しぶり、元気してたか弟分がきんちょ

「たりめぇだろ!」

「そりゃなにより、ちとばかし院長に会ってくるから菓子を均等に分けて食べてな」

「さっすがシェオ兄ちゃん、太っ腹!」

「俺は良い稼ぎしてるから当然さ」

「おーい!シェオ兄ちゃんが菓子持ってきてくれたぞ!」

 孤児院の子どもがシェオから菓子の詰まった袋を受け取っては、院内に戻っていき賑やかしく菓子を分け合っていく。

 懐かしさを感じながら孤児たちを見守り、シェオは座席から花束を手にとって一人孤児院の裏手へと向かい、墓前に立つ。

 キャラメ・メル。墓標に刻まれた名を一度撫でてから、手入れされた墓前に花束を捧げてはひざまずき瞳を閉じる。

(母さん…暫くぶりだね、俺の方は元気にやっているよ。それで報告だけど、…実は俺、お嬢様と結婚しアゲセンベ家に婿入りすることになったんだ。平民の出身だからお嬢様の隣に立てることなんて夢のまた夢かと思っていたけど、生涯を掛けて支えられる地位に就けて、本当に誇らしいよ。後は…あぁ、お嬢様の野営会で色々とあって功績を得られたらしく、爵士しゃくし叙爵じょしゃくされることになった。貴族の義務なんてのも発生しちゃうみたいだけど、俺は俺でこれからも頑張っていくから―――)

 どれだけの時間を跪いていたか、シェオの報告は次第に雑談めいた独り言へと変わっていき、「またね、母さん。いつかは…お嬢様にも足を運んでもらうよ」と一言呟いて立ち上がった。

「間が空いたねシェオ」

「あはは、最近は忙しくなってしまいまして。院長先生、お久しぶりです」

「昨日までやんちゃ坊主だったシェオがこうも小綺麗に、そして礼儀正しくなってしまうとは驚きだよ。態々《わざわざ》あたし相手に丁寧な言葉を使うって事は、なんか状況の変化でもあったかい?」

 子どもが作ったような肩掛けを羽織った老婆は、シェオの心内を見透かしたかのように口角を上げては笑みを浮かべながらきびすを返して院内へと歩いていく。

「過去を捨てるわけではありませんが、市井での言葉遣いを封じなければ、いずれお嬢様を攻撃するための弱みになってしまいます」

「そうかい。シェオがそう思うんなら自分の足で、踏み外さないよう進んでいくんだよ」

「はい」

 院長室へと入り二人は椅子に腰掛けながら、軽く思い出話に花を咲かせながら年長孤児の淹れた茶で喉を潤す。

「実は映日果月9月林檎月10月辺りで爵士の地位を叙爵されることになりまして」

「叙爵?シェオがかい?」

「ええ、少しばかり功績を積みまして」

「へぇ、本当に人生はわからないものだねぇ」

「それでなのですが、貴族位を持つものは義務として社会奉仕を担わなければなりません。この孤児院や私の通ったもアゲセンベ家が運営しているものですし、そういう金銭的な支援を私も行わなければならなくなります。私としても受けた恩を、同じ形で他の誰かへも返せるものだと嬉しく思っているのですが、その先は…母の最期を看取れるだけの時間をくれて、長い間面倒を見てくれた実家ここにしたいと思っているのです。…墓の手入れもしてくれていますし」

「なるほどね。…こちらとしても嬉しい申し出だ、断る理由なんてないさ。メルの墓前で毎日べそかいてたあのシェオが、こんなに立派になっちまって」

「アゲセンベ家のお陰ですよ」

「アゲセンベ様は市井の、あたしたちにもいい顔してくれる良い貴族様、王族様だ。だから一つ言っておく、全員が全員善良ってわけじゃあない、あんたも貴族になって自分の道を進むってなら、寄ってくる相手を見極められるだけの眼を養いなさい、アゲセンベ様に頭を下げてでもね」

「っ!はい」

(余計なことは言わないが、シェオの父親は…)

(派閥の違いも有りますし、婚約の発表がされれば私をカモにしようと寄ってくる貴族もいるだろう。しっかりと気をつけなければなりませんね)

 一息つけば院長室の外から子どもの声が聞こえてきて。

「おーい、院長、シェオ兄ちゃん!二人の分の菓子持ってきたぞー!」

「ありがとう」「ありがとさん」

「それで院長とシェオ兄ちゃんはなんの話ししてたんだ?」

「ちと難しいかもしれないけども、俺が貴族になるって話しだよ」

「えっ!?シェオ兄ちゃんが?!すげーじゃん!」

「すげーだろ。お前たちも勉強頑張っていい成績を修め、いい結果を取れば、孤児院の皆に美味しいもの食べさせられるようになれるかもしれないぞ」

本当マジ!?」

「本当本当。今いる弟分に妹分、そしてこれから入ってくるであろう子どもたち、お前はそれらの兄貴分なんだ。俺みたいにとは言わないが、大きくなったら格好つけられるようにい大人になれ」

「おうよ!」

 元気のいいやんちゃ坊主の頭を撫でながら、シェオは少しばかり子どもっぽさのある笑みを浮かべていた。

(変わらないものだね)


「じゃあな、また暫くして俺の方が落ち着いたら美味しいもんを持ってまた来るから、周りに迷惑かけないよう元気にしてるんだぞ」

「またねー!」「シェオ兄ちゃんも元気でねー!」「お菓子ありがとー!」

 なんだかんだ孤児たちの面倒を見ていれば日は傾き、空は茜色に燃えていた。彼ら彼女らに見送られ、シェオは蒸気自動車を走らせてはアゲセンベ家へと帰っていく。

 少し走って孤児院が見えなくなると、見慣れない車輌が一台、シェオの進路を塞ぐように留まって、何処かで見た男が護衛を連れて降りてくる。

「久しいな、アゲセンベの従者。キャラメ・シェオ」

「貴方はバァニー・キィス政務官」

「覚えてくれて何よりだよ。少し話しの時間を貰えるだろうか?」

「…分かりました」

 若干の不信感を覚えたシェオだが、下手に無礼な態度を取ってレィエの顔に泥を塗るわけにはいかないと、手袋だけ着用して車を降りた。

「そんなに警戒しないでくれ。君の仕える先と私で派閥が違うのは重々承知しているが、折角会えた生き別れの我が子を傷つける心算つもりはないのだからね」

「?。生き別れの我が子、ですか?」

「ああ。君の母親キャラメ・メルは昔に我がバァニー家に仕えていた使用人でね、私の御手付き、だったのだ」

「…。」

「実は私とメレは愛し合っていたのだけど、私の妻は中々に独占欲が強くて彼女を護るために金子きんすを渡して逃げてもらった。ほとぼりが冷めた頃に再会し、君をこの手で抱きたかったのだけど、はぁ…こうして会うために二〇年以上の時間が掛かってしまったよ」

『いい、シェオ。…私はもう長くなくて、シェオを一人にしてしまう。……晴れ舞台くらいは見たかったのだけど、ごめんねぇ。―――――、それでね、もしもシェオの父親を名乗る男が来ても、ついて行っては駄目だからね。お母さんと約束してくれる?』

『だから一つ言っておく、全員が全員善良ってわけじゃあない―――』

(…そういう、ことですか)

 シェオは母と院長の言葉を思い出す。

「申し訳ございません、あまりに唐突なお話しで少しばかり頭が混乱してしまいまして」

「すまないすまない、いやぁついつい気が急いでしまって申し訳ないね。ようやく再会出来た我が子を前にしたら止まらなくなってしまったのだよ」

「…、バァニー政務官が…父だとして、私は既に成人し仕える主もいる身分、それに奥様が悋気を起こしては面倒だと思うのですが」

「そう邪険にしないでくれ、ただただ私は再会を祝いたかっただけなのだ。妻のこともあるし、父としてしてやれたこともなかったが…そしてこれからしてやれる事も少ないだろう。だけども、いつか良い関係を築けていけたらと思っているのだよ、私はね」

「…、とりあえず時間をいただけますか?必要なのは時間だと、私は考えていまして」

「ああ、いいとも。もし父として認めてくれるのであれば、私相手に連絡をくれ、何時までも待っているから」

 小さく笑みを浮かべたキィスは、シェオ一瞥してから自分たちの車輌へ戻っていき、大通りへと消えていく。

(私が…バァニー・キィスの息子、ですか)

 シェオは頭を掻きむしってから、車を背に地面へとへたり込んだ。

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