運動場の近くには庭園と東屋がちらほらと。休憩がてらに庭園を散策しようとチマが提案すればメレとロアは未だ休みたいらしく。
「二人の護衛をお願いね」
「はっ!」
騎士に二人の護衛を任せては、シェオとビャスを連れてリンと共に庭園へと歩き出す。
「私も同行していいか?」
「デュロも休憩?」
「そんなところだ。ラチェ、ゼラ付いてきてくれ」
「はい」「。」
(あれ…?とんでもない場所に紛れ込んじゃった感じ?)
王族二人に挟まれていることに気がついたリンは、動きを強張らせながら一行と行動を共にする。
暫くは庭園の状況を事前に予習してきたと思しきラチェの説明に頷きながら歩いていき、ある程度の説明が終わったあとは雑談に話しが変わっていく。
「そこそこに運動をしていたみたいだが、体力は問題ないか?最近は倒れることもあったのだろう?」
「ああいうゆったりとした運動なら問題ないわよ。後先考えれないくらいに盛り上がると、駄目になっちゃうのだけどね」
「それで歴史に残るような絶技を出したとか。面白いことをしてくれるよ」
「無我夢中だった事もあって再現が出来ないし、トゥルト・ナツにまで迷惑を掛ける始末だったけどね」
「…トゥルト・ナツに?」
「詳らかな情報は入れてないのね。戦ってた相手も、私が気を失った際に助けてくれたのも彼女よ」
「…。」
「彼女のことは好かない?」
「嫌い…ではないのだが、近づけることは叔父上やチマの地位を悪くしかねん」
「ほーんと、私とお父様の事が大好きよね。そういうところもデュロって感じがしていいのだけど、…甘く見すぎよ、アゲセンベを。弱点たる私が言うのはどうかと思うけど、お父様もお母様も実力で今の地位にいるんだから、相手の家がどうとかじゃなくて、王后として必要な才覚を持つ相手を選びなさいな。恋愛のことなんてからっきしだけど、伯父様と伯母様は政略結婚だけど凄く仲が良い夫婦なんだし、愛情は後から付いてくるものなのじゃない?」
「ならお前もさっさと決めてしまえ!本当に、まったく…、私に説教できる立場じゃないだろうに」
「デュロのせいにしたくはないけれど、貴方がお嫁さんを決めて派閥を固めてくれないと選びにくのよー。立ち位置的にデュロの領域を侵すこと無く、アゲセンベ家の事を考えてくれる相手なんてそうそう見つからないし」
(((…。)))
(うっ…)
チマに気取られること無く、チマ以外の視線はシェオへと向いていく。チマとアゲセンベ家の事を第一に考えて、政治的に難しい立ち位置でもない。貧民の出身というところに関しては、彼の実力を鑑みて一時的に第六で功績を積ませれば爵士くらいの用意は容易い。
灯台下暗しな
(お前がチマと夫婦になるのであれば、私も諦めがつく)
(チマ様は優良物件なんで、油断していると取られちゃいますよ)
(いくら待っても、お嬢様は気が付かないかと…)
言葉はなくとも伝わってくる感情にシェオはたじろぎ、心の奥底にある「チマへの独占欲」がこじ開けられていく。ここ最近、チマの傍らに立っている者は、シェオだけでなくなってしまった。
接してみれば気安く人懐っこいチマ、種族が違っている都合上、容姿の好き不好きは分かれるものの、愛らしいことには変わりない。そして何より、布陣札やナツとの模擬戦闘で実力を周囲に示したことを切っ掛けに、一部の生徒からは評価されつつある。そう、今まで通り、うかうかしていられないのだ。
「おじょ――ッ!!」
「「!」」
カィィィン。シェオが口を開いた瞬間に、チマへと飛来物が迫りきてはビャスがそれを剣で切り落とす。
「っ何者、ですか?」
(いいところだったのに)
姿を現したのは笹耳族の一団で、どこか虚ろな目をして焦点が定まっていない、不気味な連中だ。
「我は義憤。渾沌の芽を踏み潰しに参った」
「我は義憤。交わりし種を砕かねばならぬ」
「我は義憤。道を正す者也」
「笹耳族ですか。何を言っているかは…理解しませんが、こちらのお二人を誰かと存じての犯行でしょうか?」
普段はおちゃらけた、風変わりなラチェが殺気だけで人を殺さん形相で睨めつけながら相手に問う。
「それは、―――」
ダン!ダン!ダン!と相手の言葉を遮るように攻撃を放ったのはゼラ。手に持つのは魔法銃で、その全ての弾道が相手の頭部を狙ったものであった。
のだが、何かしら防御の術があるのが、笹耳族には攻撃が届いておらず魔法弾は途中で消滅をしている。
中折れ式の魔法銃を開いては空薬莢を、廃し新たに三発の弾丸を詰めていく。
「ラチェ、アレは厄介です」
「見れば分かりますよ」
(騎士が外れる機会を狙っていましたか、幸いにもチマ姫様のご友人はお強いと噂のブルード・リン嬢のみ。私が殿となれば撤退は可能でしょう)
王族の二人が危機に瀕した場合、ラチェが最前線へと立ち、他の者が護衛しながら撤退するのが緊急時の対応法。彼以外の護衛三人は僅かに顔を見合わせてから、二人を担いで即座に行動を開始する。
「小賢しいな神の
「然し我とて魔を統べた」
「そしてこれから、再び世を統べる」
(アレって!?統魔族の、統魔族に操られている人が付けていた仮面!?ってことは―――)
杖を高く掲げた笹耳族を中心に一帯が色のない灰色の世界が広がっていき、自然公園の一角は穢遺地と化した。