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一四話 河畔で釣りを! 6

「先程も言った通り不確定で破茶滅茶なのですが、この野営会の三日目にこの班を狙った襲撃が起ります」

「しゅ、襲撃、ですか」

「それも人為的に魔物を用いたものです。私の未来を知る力、未来視とでもいいましょうか。未来視では三年生の生徒が、どうやってかはわかりませんが魔物を自然公園内に運搬に成功し、私達へ襲い来るのです。ですが、未来視でも犯人そのものはわからず、そもそも根底が大きく異なっているため、それがそのままの状況で起こるとも限らないのです」

「…っじ事前の対処は、難しいんですね」

「はい。それに先程の笹耳族も存在を確認していませんし、何か嫌な感じがするんですよね、あの人達には」

「………、ジロジロとお嬢様の事を見ていました」

「そうだ。すれ違うときに、彼らの声を聞きませんでしたか?」

「ぼ、僕は聞いてません」

(やっぱあの声はあたしだけに)

「とりあえず、…不完全な力ということもあって物事がどう動くかはわかりませんから、現状維持の警戒をお願いします。……、私の目的はチマ様を必ず護り通すことなので」

「わっ、わかりました。…………、っその未来視ではお嬢様になにかある、のですか?」

「…、ええ。私はチマ様を絶対に救いたくて、チマ様を救うためにこの場にいるんだと思っています。だから…。ビャスさん、私に力を貸していただけますか?」

「っ未熟者ではありますが、リンさんと一緒にお嬢様をお護りします!ひ、拾ってもらった恩もありますし、お嬢様に何かあったら旦那様に奥様、シェオさんやアゲセンベ家に仕える皆さん、デュロ殿下と…っ多くの方が悲しみますから」

「ありがとうございます。チマ様お護り同盟の結成です!」

「あっはい、わ、わかりました。頑張りましょう」

(その名前はどうなんだろう…)

 声に出さないツッコミをしつつ、ビャスはリンと共に河畔かはんの簡易野営地へ戻っていく。


 ところ変わってチマはといえば。ビャスがリンと共に抜け出していった事を確認し、あちらはあちらに任せようと釣具を用意しているデュロ付きの麗人の護衛、ジェローズ・ゼラの後を追って釣り場へと向かっていく。

 この河畔かはん一帯は事前予約が必要な野営場で、今回はデュロやチマの為にバァナがマフィ家へと連絡を行い、昨年から予約を取り付けていた場所。本流から人為的に引かれた支流には、放流した虹鱒にじますが逃げてしまわないよう簡単なきが作られており、初心者でも釣りを楽しめるようになっている。

 本流も本流で幅広な河川であるため流れが緩やか且つ、深さもそれほどでないことから水遊びには最適で、水遊びをしたい者はそちらに向かった。

 手際よく釣具の準備をしていくゼラの様子から、釣りをし慣れている事が伺えて、チマの尻尾は分かりやすく揺れていく。

「ゼラって釣りには詳しいの?」

 コクリと頷きながら人好きのする笑顔を見せた彼女は、口笛を奏でながら釣竿を用意し終えて、チマへ手渡してから自身の分を組み立てる。

蚯蚓みみずとかの虫を糸の先に付けて釣るものだと思っていたのだけど、虫…?に似た疑似餌ルアーを使うのね」

「これは疑似餌ルアーでなく毛鉤フライと呼ばれる仕掛けで、由緒正しい競技釣りスポーツフィッシングの一種なのです。個人的には毛鉤の制作からチマ姫様にご参加頂いて、毛鉤釣りの楽しさを一から満喫してもらいたかったのですが、流石にそこまでの時間は用意できず、私が制作した物を使用していただきます。あぁ勿論のこと水生昆虫及び小魚の調査は、昨年に足を運んだ際に終えており、この時期この一帯に生息している水棲生物を模した毛鉤を数多く取り揃えておりますので、ご心配なさらず。私的には数日前から現地入りして、問題ないかどうかの試しもしておきたかったのですが、職務を怠ることは出来ずいきなりの本番になってしまいましたことを、ここに謝罪いたします」

「謝罪は別にいいのだけど。貴女…こんなに話せたのね。今まで交わした会話量の数十倍の声を聞いた気がするわ」

「釣りには煩くて、あしからず。毛鉤釣りフライフィッシングというのはですね、他の釣法よりも間近に魚を感じ、直接的に戦うことの出来る、素晴らしい釣法でして。すぅー…、少しばかり竿の扱い等の癖はありますが、それさえ覚えていただければこれ以上ない“釣り”という、最高にて至高の娯楽を楽しんでいただくことが出来ます。先ずは投法キャスティングから―――」

 釣り糸を垂らして、釣れるか釣れないかやきもきしながら時間を過ごすものとばかり思っていたチマは、まるで剣術の稽古が如く勢いで、釣り竿の振り方から毛鉤の動かし方等の指南を受けていき、困惑頻りな表情であったのだとか。

 とはいえスキルは無くとも物事の呑み込みの良いチマは、普段は無口なゼラが満足そうな表情を浮かべる程に筋が良く、三〇分もしない内に黙々と二人で釣りに打ち込むようになっていた。

(あれ?!『きゃーシェオ!こんな虫、私触れないわ!釣り針に付けてぇ!』的な展開が無い!?)

 釣りといえば蚯蚓なんかを使っての餌釣りと思っており、チマへと頼りになる姿を見せられるとばかりに思っていたシェオは肩透かしを食らって、網を手に二人の勇姿を眺めているだけだったとか。

(こんなことなら私も釣りに参加するべきでしたね…)

「あっ!来たかもしれないわ!いえ、来たわ!」

「本当ですかチマ姫様!?網の準備を!」

「は、はい!」

 初心者に舞い込んだ幸運か、魚を引っ掛けたチマはゼラの指示の元で糸を手繰り寄せ魚と戦い、最後にはシェオが川へ入って網で確保したのである。

「おめでとうございます、お嬢様!」「上手くいきましたね、チマ姫様!」

「…、」

 目を瞬かせたチマは、網の中で暴れている虹鱒を見つめては二人へ視線を向け。「釣れちゃったわね」と嬉しそうに尻尾を立てていた。

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