「あの、ビャスさん」
「っはい、なんでしょうか?」
学校と生徒会の終わり、学校の玄関口へと向かっている最中に、リンは少しばかり恥ずかしそうにビャスへ話しかける。
「今度のお休みに王都の散策をしませんか?実はお買い物なんかをしたくって」
「あらいいじゃない、行ってらっしゃいな。その日一日を休みにしてあげるわ」
「わ、分かりました。僕も土地勘を養いたいと思っていましたから、ぜひ」
「それじゃあ」とリンは日時と集合場所を伝えていく。
「…間違えないように向かいますっ」
(よしっ!デートに誘えたし、この流れなら二人っきり!
「それにしても、ビャスは大分話しが流暢になったわね」
「そそそうですか?」
「一目瞭然よ、緊張が解れたのかしらね」
「環境の変化も有るのでしょう」
「…っ。お嬢様やシェオさん、アゲセンベ家の皆さんに、リンさんも!皆さんが親切にしてくれて、鬱々とした雲を払ってくれたから、…です」
「ふふっ、それはね。ビャスが誠心誠意頑張っているから、皆が親切にしてくれるの。貴方の頑張りが齎したということね」
「っ!」
「アゲセンベ家はビャスの帰れる居場所で」
「私たち従者は皆、家族のようなものです。私にしろ他のものにしろ、少しばかり事情を持つものは少なくありませんから、困ったことがあったら気兼ねなく言うのですよ」
「はいっ!」
チマとシェオに対して、姉や兄のような感覚を覚えたビャスは、最大の笑顔を以て返事を行った。
(場所は違っても、血の繋がらない家族に恵まれて幸せそ。…ちょっと羨ましいなぁ)
「…、リンは寂しそうな顔をしてどうしたの?」
「田舎の家族や、村の皆を思い出しまして。あっちでは村全体が家族みたいなもので、本当に仲がいいんですよ」
「リンの故郷ね、ルドロ村だったかしら?」
「はい、葡萄畑くらいしかないド田舎です」
「ふぅん、時間がある長期休暇の時にでも行ってみたいわ」
「ほぉんと何にもない田舎ですよ?」
「長閑で良さそうじゃない。私ね、王都周辺の直轄地から出たことがないのよ」
「お嬢様は夏の野営会が初めての遠出になるのです」
(公爵家のご令嬢が足を運ぶとなったら大騒ぎだろうなぁ…)
「それじゃあ…二泊三日くらいで、田舎体験でもしてみますか?」
「ええ、楽しみにしているわ!草の香りがする長閑な場所で、ゆっくりと身体を伸ばしお昼寝してみたかったの。ほら、漫画とかであるじゃない?」
「あー…、野外だと虫が結構いますから、…縁の下くらいにしましょうか」
「虫ねぇ」
思い浮かべている「虫が結構いる」は全く異なるのだろうと考えながら、リンは文を認める為の文言を組み立てていく。
「先ずはブルード男爵にお話しを通さないと」
「よろしくね」
さて、日を置いてリンとビャスのデート当日。
古くから待ち合わせの定番となっており、恋愛漫画ではよくよく見かける大噴水の広場。この噴水は歴史が長く、建造されたのは六〇〇年も昔で、
お洒落をしたリンは噴水の縁に腰掛けては、
そろそろ時間かなと時計を開いて確認していれば、わりかし見慣れたアゲセンベ家の車輌が公園の近くへ停車し、勢いよくビャスが飛び出してきた。運転席で操縦根を握るシェオと目が合い、お互いに手を振れば車は発車。きっと屋敷へ帰っていくのであろう。
「おおお、っ遅れてしまい申し訳御座いません!」
「時間丁度ですよビャスさん。然し、慌ててどうしたんですか?」
「………えっと、時間に余裕を持って屋敷を出る心算だったのですが、し使用人衣では駄目だと皆さんからお叱りを受けてしまいまして…」
「あはは、そういうことでしたか。私的には使用人衣のビャスさんでも良かったのですが。…今日の衣装も格好良くて素敵ですよっ」
「〜っ!りりりリンさんも、お綺麗で、その、その見惚れてしまいました」
「嬉しいです」
顔を真っ赤にした初々しいビャスを、リンは微笑ましく思い、相好を崩した。
「待ちなさいビャス!」
「は、はいぃ!」
屋敷を出る前のビャスは、アゲセンベ家に仕える使用人の一人に呼び止められて、勢いよく振り返る。呼び止めたのはシェオより幾らか年上の使用人で、面倒見の良さから姐さんと親しまれている女性だ。
「あんた、今日はデートだって言ってたよね?」
「でででで、デート!?」
「?。
「っ!!」
買い物に付き合って、王都内を散策するだけだと思っていたビャスだが、よくよく考えればデートに違いなく、顔を赤らめて驚きを露わにした。
「それで、デートに行くってのに、その格好は何!?仕事着でなんか行ったら、相手の女の子に幻滅されて、口も聞いてもらえなくなっちゃうよ」
「そ、それは嫌ですっ」
「でしょう?なら着替えの時間!ちょっと皆、来てくれる?」
「はいはーい、何ですか姐さん」「お呼びですかー?」
姐さんが声を上げればそこらから使用人たちが集まってきて、ビャスの衣服を見ては納得していく。
「誰かシェオんとこ行って、車走らせる準備をさせといて」
「それ私がやりまーす!」
「お願い。残りはビャスの衣服選定と着替え!」
「「はい!」」
バッと散っていった使用人らは、各々男の使用人の許へと尋ねていき、ビャスに合いそうな大きさの私服を掻き集めていく。ともすれば、屋敷内が賑やかしくなるもので。
「何の騒ぎをしているのよ?」
「お嬢様、実は」
斯々然々、チマに事情を説明すれば。
「そういうことね。時間は大丈夫なの?」
「シェオに車を準備させております」
「なら一安心ね。今日一日、リンと楽しんでらっしゃいね、ビャス」
「っ!」
着せ替え人形のようになっているビャスはコクコクと首肯して、眠そうに欠伸をするチマを見送り、使用人たちに揉みくちゃにされていくのであった。
「先ずは武具を見に行きましょうか!」
「…、武具、ですか?」
「
(情報の元はレィエ宰相、よくご存知なことで)
「な、なるほど。…っですが、武具を購入するとなると持ち運びが不便になってしまう気が」
「その辺りは問題ないのですよ。着いてからのお楽しみということでっ!」
さり気なくリンはビャスの手を取って歩みだし、二人は手を繋いだまま武具屋へと向かっていく。
迷いなく到着すれば、そこそこに格式の高そうな佇まいで、手持ちの
「いらっしゃいませー」
あまり愛想のいいとは言い切れない風貌の店員が二人に視線を向けてから、少しばかり考え込んで受付の
「金箍根が有ると聞いて足を運んだのですが、」
「待ってたよ。ほら、受けとんな」
ひょい、と投げられたのは万年筆でも入っていそうな小さめで、高級感のある箱。到底武具が入っているとは思えないそれは軽く、そして特殊な紙で表面を封じられていた。
「そいつを開けられるんなら本人だ、好きに持ち帰ってくれて結構。開けられないんなら、こっちに渡して帰ってくんな」
「…。
「そういうこと、これを用意した者が定めた相手にしか開けらんないってわけ」
大昔から用いられている魔法封印の一つで、店員の話した通り
意を決したリンは認証封刺の端を摘み、勢いよく引っ剥がせば、後も残らず綺麗に剥げて、ほっと胸を撫で下ろす。
「やっぱり本人さんか」
箱を開けば中には走り書きの成された紙と、一〇センチ程の棒が一本収まっており、リンは紙を手に取り裏返す。
『代金は支払い済みだから、これからの活動に役立てて欲しい。支援者より』
「支援者ねぇ…。お代は支払済とのことですが」
「ああ、もう受け取ってある、血解契約の費用も。随分と買われているお客さんだな」
「分かりました。では血解契約の段取りをお願いしたいのですが、契約を行ったことがなくて」
「別に難しいものじゃない。ちっとばかし痛いが血を流して、血解武具に吸わせれば終わりってだけ。俺が回復魔法を扱えるから痕も残らない」
(本当に至れり尽くせり。あたしがチマ様派閥へ正式に加わったこともあって、護衛の一人くらいに思っているのかな?…間違っちゃいないけど)
「回復は私もできるので大丈夫です。それじゃお願いします」
「はいよ」
受付へ近づいていけば店員は奥へと向かって、
「…っあの、け血解武具というのは?」
「
(元ネタは
「そ、そんなものもあるのですねっ!」
少し変わった武器に、ビャスは瞳を輝かせるように店内を見回していく。
「なんだ少年も入り用かい?契約が終わったら相談にのるから待ってな」
「~っ!!」
ざくりと掌を切りつけて、どくどくと流れ出る鮮血を金箍根に浴びせれば、見る見る内に吸われていき限界まで注ぎ込む。痛みに顔を顰めるリンに対して、ビャスは空いている手を握りしめ、言葉は出さずとも一度頷いて安心させる。
「よし、もう十分だ。回復が使えるならもういいぞ」
「カイラ!……はぁ~、普通に痛くて驚いちゃいました~」
「刃物で切りつけるんだから痛いのは当然だろうに…。これで名実ともにコイツはあんたの物だ、何か不調なんかがあったら持ってきてくれ。直せるようなら直してみるから」
「はーい。ビャスさん、ありがとね」
「どっ、どういたしまして…」
照れ照れと顔を赤らめたビャスは手を離して、恥ずかしそうに半歩距離を置く。
「お熱いアベックだこと」
(アベックって…まあいいや、一旦試しをしてみないとね。………大きさ一八〇センチ)
一度店の中央へ移動したリンは、手に持った金箍根へと脳内で指示を出すと、一〇センチ程だった棒切れば両端に
(重さ二〇キログラム。っと、よし。今度は軽く、)
「問題有りませんね、十分に扱えそうです」
「そいつは良かった。そいじゃ少年も武具を見ていくかい?」
「…っあまり金子の持ち合わせがなくてっ」
「見ていくなら
結構雑な説明をする店員だったが、ビャスは興味津々といった様子で話しに頷いていき、リンはその様子を笑みを浮かべて眺めていた。
―――
「お待たせしました、チマ様」
「いらっしゃい、先生。今日は…娘さんはいないの?」
家庭教師が一人でやってきたことに疑問を投げかけたチマ。
「なんだか今日は都合が合わなかったみたいでして、私一人の授業となります。ですから込み入った勉強ではなく、北方九金貨連合国の触りを行おうかと」
「承知したわ」
机上に荷物を置いた家庭教師は、鞄から幾つかの資料を取り出しては広げ、首から下げられていた眼鏡を掛けて席に着く。
「北方九金貨連合国、当該国及びドゥルッチェ以北ではナインコインズユニオン若しくは
「ディナート崩壊事変と呼ばれる出来事ね」
「時の皇帝が崩御したことにより、皇子皇女による凄惨な争いが帝国全土へと拡大、周辺国を巻き込む程の内乱へと発展いたしました。この辺りは二年生で学ぶ範囲であり、チマ様は昨年に学びましたね」
「そうね。そこから東大陸は戦火の八〇年と呼ばれて、旧ディナートが一二分割し現在の各国へと姿を変えていったと」
「内乱時こそ大きく力を失った各国ですが、長い時を経て隆盛の時にあり現在では東大陸を代表する大国へと姿を戻しています」
「良くも悪くも無視の出来ない相手よね。曾お祖父様やお祖父様たちの時代にはドゥルッチェへちょっかいを出してきて、開戦手前まで行ったことが多々あったなんて有名な離し」
「そうですね。『公共の政治』を行う都合上、政務官の制定には選挙を用い、元首ともなれば国勢の火を強められる野心が求められます。我々、北方九金貨連合国周辺の国々は、もう二度と弱った腹を見せることできないのです」
「そこで影響力を与えられるのが布陣札の国際公式戦」
「ええ。今上陛下のロォワ様は一昨年に、イュースアで行われた国際公式戦で見事勝利を修め、彼の国々へ大きな力を示し大陸での地位を押し上げました」
ロォワとレィエは周辺諸国でも有名な切れ者で、若かりし頃から国際公式戦へと参加しては結果を残し、立場が弱まっていたドゥルッチェ王国の地位を、徐々に徐々に上げてきていた。
本来であれば再来年の周年式典にもロォワが出場する必要があるのだが、絶好の機を逃してまで式典での布陣札に出る必要がないと自ら陣を敷き勝利した。
国際公式戦に参加することはできないが、諸国元首との交流戦に参加しなければならないので、チマから道具の一式を回収する必要があるのだとか。
「多少の覚えはあると思いますが、お
「布陣札にある『獅子金貨のコンソ』の子孫ね」
「はい。北方九金貨連合国に序列というものはなく、互いに対等としていますが、九つある国の中でも群を抜いて発展し、そして隆盛を誇っているのは間違いなくイュースアです」
「その根底にはコンソ家があると」
「間違いなく」
「ふむ」
「鹿国インサラタアはマーチェド・マセドワ元首。こちらは昔ながらの古株政務官で、御年七五歳と東大陸でも最高齢の国家元首となります。『
(各国の元首が何時に国際公式戦へ参加しているかは追々調べてもらうとして、この中の誰かと対戦する可能性がなくもないのよね。一番強そうなのは…ブーファド・コンソ元首かしら。国際公式戦のことに関しては伯父様とお父様に聞くのが一番だし、お父様から食事時にでも尋ねてみましょっと)
「束柱獣国パスティーチェはピッツォーリ・ピツォ・テリーナ元首。こちらは若くして元首の地位にまで上り詰めたとのことですが、未だ多く情報は得られておらず、私の方から申し上げられることはございません」
「やり手なのかしらね」
「四〇という年齢を考えれば、随分なやり手なのでしょう」
「伯父様の事を考えると然程、と思えるけれど…」
「事情がありますからね、ドゥルッチェには」
先王フェンの事を悪様にいうことはない。が、いくら敬愛する祖父であっても、国を傾けかけた事実は変わらず、それに目を瞑り妄信的に愛することをチマにはできない。
「ねえ先生。ちょっと話しが逸れてしまうけれど、私に政務官が務まるかしら?」
「…、無責任に肯定することは出来ませんが、デュロ殿下や数多の政務に関わる、それこそロォワ陛下やレィエ宰相とお力を合わせることで、チマ様はこれ以上無い輝きを見せてくれると私は信じております。今もですが、自身の力を過信なさらず他人からの評価も求められることも実力の一つ、そして言葉を噛み締めてご自身のお力に出来るのであれば、誰からもケチの着けられることのない立派な為政者となられるかと」
「私にはスキルがないわ」
「なくとも入学試験は首席だったではありませんか。こうして欠かすこと無く勉学に励み、今ではドゥルッチェの役に立とうと学業の外にまで飛び出し、周辺諸国への理解を深めておられる。チマ様が政務官を目指し、その地位に着くのであればきっとより良い世が待っているのでしょうね」
「重い、言葉。…先生の言葉を背負えるだけの者になりなさい、そういうことよね」
「。」
家庭教師は返答を行わずに、小さく笑みを浮かべているのみ。
(答えは自分で探さなくちゃ)
「勉強の続きをお願い、逸れてしまったから」
「畏まりました」
二人が勉強を再開していくと、外ではぽつりぽつりと雨粒が天から滴ってくる。
―――
「雨脚が強くなってしまいましたね…」
「っ」
こくりと肯いたビャスは、机に運ばれてきたティラミスを食んでいく。
ぽつりぽつりと降り始めた雨は、瞬く間に
「私は回りたところ回っちゃいましたが、ビャスさんは何処か行きたいところとかありましたか?」
「っ僕は、このティラミスで満足です」
「雨が降ったら帰ろっか」
「はいっ、学校まで送りますね」
「ありがとうございます〜」
ゆったりと茶を飲むリンは鼠色の雨雲を見上げては、転生する直前の光景がフラッシュバックし、急ぎ記憶に蓋をする。
「ど、どうかしましたか?」
「大丈夫、何でもないから」
(…。)
一度大きく深呼吸をするリンの姿を不審に思い、ビャスはそっと机に置かれていた彼女の手に自身の手を重ねた。
「う、うまく話せない時とかに、母さんがしてくれたおまじないなんです。…嫌だったら、」
「ううん、嫌じゃないですよ。ありがとうね。すぅー、はぁー。いつか…いつか話すかもしれないけど、雨の日に悪い思い出があるんです」
「っ待ってます」
通り雨だったのか、雨は勢いを失っていき、雲の切れ目からは
「いたいた、リンーっ!ビャスーっ!」
リンとビャスの二人が雨上がりの街並みを歩んでいれば、聞き慣れた声が響き渡り、見慣れた蒸気自動車にはチマとシェオが収まっている。
「あれ、チマ様とシェオさん。どうしたのですか?」
「いい感じに雨が上がったから、とっておきの場所に行こうと二人を探していたのよ。後ろに荷物を詰め込んで早く乗ってしまいなさいな!」
「「…。」」
顔を見合わせた二人は急ぎ車輌へ向かっていき、荷物を載せきってから乗車する。
「何処に向かうんですか?」
「王城の敷地内にある
「あぁ〜」
「聞いたことある?」
「はい。詳しくはありませんが、大規模な流行り病で旧王都で数え切れないほどの死者を出した際、当時に王位を冠していたタニュ王が配下と共に避難なさっていて。…とある丘で虹を見た、でしたっけ?それで篇都する場所を決めたとか」
「だいたい正解ね、よく勉強しているじゃない。あまり広く知られていないけれど、王城にはその丘が残されていて、こうした光芒の差す雨上がりに綺麗な虹が見れるのよ」
「なるほど」
「そして、その虹を見れば
「はいっ!安全運転でかっ飛ばしますよ!」
蒸気自動車は加速していき王城を目指す。
「息災延命に学業成就、家内安全で五穀豊穣…。随分と強欲な」
「最初は病魔退散くらいだったの、でも時々で虹を見た者たちが話しを盛っていって、今みたいな形になったのじゃないかしら。色々散らかった話しになってしまったけども、縁起がいいことは確かよ」
「なるほど。ですが、あまり有名ではないのは…?」
「場所が場所だからじゃない?王城の敷地内なんて、それなりの貴族かその縁者じゃなければ、入ることすら難しいのだから」
「あー、それもそうですね」
王城の敷地内を車輌で走っていき、虹芒の丘へと辿り着けばこちらにも見知った顔ぶれが、天を仰いでいるではないか。
「あら、デュロも来ていたの」
「これからのことを祈ってな。チマたちもか?」
「そうよ、そんなところ。私はデュロの無病息災あたりを」
「私の?」
「だってデュロに何かあった場合、私が王位に着かなくちゃいけないじゃない?伯父様も伯母様も今からじゃ厳しいでしょ。政務官として従兄を手助けするのはいいけど、国王の座について騒乱を引き起こすのは避けたいわ」
「…。」
複雑そうな表情を露わにしたデュロだが、チマの言葉をなぞってみればとある一言に当たる。
「政務官をしてくれるのか?」
「いいわよ。リンも一緒なら尚良いのだけど」
「えっ、あっはい、頑張りますっ!」
「無理を強いるな。だが私としてもリン嬢がチマと手を取り私の力になってくれるのであれば、これ以上なく頼りになる。前向きな検討をしてくれると嬉しいよ、ブルード・リン殿」
王族二人からの熱い視線に逃げてしまいたくなるほどの重圧を感じるものの、これ程に自身を求めてくれる相手がいるという事実にリンは胸を高鳴らせて、口端を上げる。
「確約は出来ませんが、私はチマ様とデュロ殿下が同じ道を歩めるお手伝いを出来たらと思っております」
親戚ながら互いを邪険にしており、
「シェオとビャスも来て」
「はい」「っはい!」
「ここで会ったのも何かの縁、虹芒の下で仲良くしていきましょ!」
満面の笑み笑みを浮かべたチマの背には、光芒が降りてきては見事な一橋の虹が架かる。五人の関係を祝福するが如く。
「綺麗な虹ね」「ああ」「ですね〜」
「いやぁ虹が出てくれて良かったですよ、架からなかったら締まりが悪いですから」
「チマは案外に考え無しで動くことがあるからな」
「ひどくない!?」
和やかに、楽し気に一同は虹を眺めていく。
一日の終りにビャスは、夜風に当たりながら天に座す月を眺めて、ほんのりと熱の籠もった吐息を漏らす。
(リンさんの事を考えると胸が熱くなる…、きっとこれが恋心なんだ。…今日は楽しかったなぁ)
夏の野営会へ向けての買い物では、リンの私服を一緒に選んでみたり、喫茶店ではティラミスを一口あげたり、傍から見れば恋人のそれであったデートはビャスにとっては非常に楽しい時間で、機会があれば再び同じ瞬間を過ごしたいとさえ思えていた。
「…っ」
(お嬢様は勿論、王子殿下からも信頼を得ているリンさんは…きっと平民の出なんていう括りには収まらない人、僕が隣に立つことは出来るのかな?)
「こんばんは、ビャス」
「こっ、こんばんは、トゥモさんっ」
「…、夏の夜は気持ちいですよね。耳を楽しませる虫の大楽団に、昼の暑さを忘れさせる涼し気な夜風、私にとって憩いとも呼べる時間です」
「っはい………僕も好きな時間で、考え事をするのにちょうどよく」
「考え事、ですか。なるほど、本日の逢引に関することでしょうかね?」
「…っそ、そそうです。きっと僕は、り、リンさんの事が好きになってしまった…いえ、少し前から好きだったみたいで、……気持ちをどうしたらいいかと悩んでいました」
「ブルード・リン様。生い立ちは市井ですが、今は男爵家の養子となり貴族令嬢、気が引けてしまうのも理解できなくない」
「……。」
「私も経験があります。年は一六、王都の第八学校へ通っていた頃に、一つ上の先輩に綺麗で優しい、落ち着いた
暗にチマが落ち着きに欠けると言っているのだろうか。
「彼女は子爵家のご令嬢で、私は爵士家。到底敵うことのない相手に恋心を抱いてしまったのです。結局のところ伯爵家へ嫁いでいって、お会いすることももうありませんが、…いい歳をした今でも想いは伝えるべきだったのではないかと小さく悔やんでいます」
「そう、なんですね」
「ええ。想いを伝えてしまえば関係が変わってしまいますが、伝えなかった後悔は…きっとそれ以上に苦しいものになってしまうかもしれません。ビャスが思ったように、自分で考えて行動してみてください」
「…はい」
「貴族間に伝わるとっておきの言葉を教えましょう。『踊ってくれませんか、
カツカツとトゥモは踵を返して屋敷へと戻っていく。
「…おお、踊ってくれませんか、……林檎の花のような貴女。………練習が必要、だ」