昼時。チマたちがバーニャフレイダに野菜を潜らせて食べていれば、リキュとその友人らが目の前まで足を運び、失礼のないように一礼をしてから口を開く。
「チマ様にお頼みしたい事がございまして、お話を聞いてはいただけないでしょうか?」
「いいわよ、何かあったの?」
座りなさいな、と促してみるも、流石にデュロと同席するには気が引けたようで、着席は辞退し頼み事とやらを告げる。
「最近、チマ様が太鼓判を押した
「太鼓判を?……、もしかしてタンユーエン商会の物かしら」
「はい、そうです」
「
「アゲセンベ・チマ様が!という謳い文句ではなく、公爵令嬢が!とのことでしたが…」
「現在のドゥルッチェに公爵は叔父上一人しかいないから、ほぼ名指しだね」
「それならまあ、いいとしましょ。それで布陣札の話題を出したということは、私に対する挑戦かしら?」
「え、いえ、その自分たちでは未だチマ様の足元にも及ばない実力しかないので。それでですが、貴族界に布陣札の流行りが吹き始めまして、
「へぇ!面白そうじゃない!」
瞳を輝かせ、尻尾を揺らすチマは、大層嬉しそうで情報を集めるようにとシェオへ指示を出していた。
「そこでの催しなのですが、団体戦という三人一組で行う対戦方式があり、自分たちもそれに参加しようと考え、生徒会で最も強いチマ様から教えを賜りたいと参じた次第なのです」
「成る程、私にね!いいわよ、時間のある時に面倒を見てあげるわ!」
「ありがとうございます!」
「ついていけるのであれば、ある程度の実力を担保できるな」
「大丈夫大丈夫、順々に教えていくから。ふふっ、楽しみね!」
デュロの言葉に一抹の不安を抱きながら、リキュたちはチマからの教えを賜ることになる。
「然し流行っているとはいえ唐突に興味を持ったものだね?」
「いやぁ、実は優勝者に
「私が参加する可能性は考えなかったのね」
「うっ!だ、団体戦ですので」
ふふっとチマは笑っては、どうしようかと考えていく。
「実際に遊んで覚えていくのが一番の近道よ」
日を置いて生徒会の無い放課後、チマはリンとメレを呼び込んで、一年生徒会役員とリキュの友人二人の合計六人で、何度か布陣札で遊んでいく。
「てっきり、『全部の札を覚えることから始めるわ!』とか言うと思っていたのですが」
「物を覚えるには先ず、その物事を楽しめてないと始まらないわ。興味のない授業を楽しそうに受ける生徒なんていないじゃない」
「チマ様、…私は未経験で見ているばかりだったのですが、大丈夫なのでしょうか?」
「いい機会だし、ここで覚えて生徒会室でも遊べるようにしてもいいんじゃない?他の貴族にも流行っているみたいだし、布陣札を切っ掛けに良縁が舞い込むかもしれないわ」
「そういうことなら」
意を決したようで、メレはチマからの
シェオとリンが審判を務めて、リキュら三人に初心者のビャスを加えてみれば、中々にいい勝負をしていき、勝った負けたと賑やかである。
「…っあ、あの時、『胸甲騎兵』と『平原の王カオカオ』の連携、上手でしたっ」
「『胸甲騎兵』は一回目から手札に来ていて、ここぞという機会に『カオカオ』を引けたんだよ。試合を左右する
「………逆転されちゃって、す少し悔しいです」
「五分の試合だった。『カオカオ』を引くのが三回目であれば、こちらが負けていただろう。いい勝負をありがとう、ティラミ・ビャス」
「こここちらこそ、ありがとうございました。ドナツ・クルェ様」
「男同士楽しく遊べていてなにより」とチマは頷いて、布陣札沼に三人を引きずり込めたと確信していく。
(頭から座学をしても取っつき難くなっちゃうものね、勝利から味わった快感を土台に学んでいかなくっちゃ)
実際に札毎の組み合わせなんかを話し、戦略を考えている姿は楽しそうで、時折に「どういった組み合わせを作っていくのがいいのでしょうか?」とチマに頼る程度の指南が、彼らにとっては丁度いいのだろう。
「メレも覚えがいいじゃない。遊び方はもう十分覚えられているわよ」
「低レベルのですが『暗記』を持っていますし、生徒会室でも拝見していましたので…」
「ふふっ、じゃあ一回、そうね略式の試合で実践するわよ。相手は私が務めるから、頑張ってね!」
「はいぃぃ」
戦々恐々なメレであるが、チマは手加減をしてくれるということで一安心。山札構築の際に、配られた札の右側のみを加えての、戦略性に欠ける破茶滅茶な山札を使用したうえで、敗北時の山札交換はなし。
リキュら三人は流石に厳しいだろうと予想をしていく。
「わぁ、勝ちましたっ」
勝利をしたのはメレなのだが、三先の試合で3-2と非常に良い勝負をしていたチマへ、三人は驚愕の表情を向けていた。
それこそメレは、それなりにしっかりとした山札を構築しており、敗北時には良い札を捨て札から引き当て着実な強化をしたのにも関わらず、二回落としたのである。
初心者ということを加味すれば不思議でもないのだが、チマの山札は恐ろしく不揃いで紙束と言って差し支えない代物だったのだから、彼らの驚きも当然であろう。
「流石に勝てなかったわね…」
「なんで勝ちに行ってるんですか…」
「露骨な手加減で勝ちを譲られても楽しくないでしょ、本気の相手に勝ってこその布陣札よ」
シェオは呆れつつ、机上の道具を片付けていく。
「どう、初めての勝利の味は?これ以上ない病みつき必至の香辛料になったんじゃない?」
「はいっ、その、とても楽しい試合でしたし、勝てた喜びも堪能できました。これからも、みなさんで布陣札を遊ぶ際に呼んでいただければと思うくらいには…」
控えめなメレの上目遣いに、リキュら三人はほんのり頬を上気させ。
「是非是非!」「大歓迎ですよ!」「うんうん!」
と大喜びであった。
―――
陽射しが厳しくなる
元より一部の貴族から嗜まれていた遊びということも有り浸透するのは早く、大人がやる遊戯というのが今までの感覚らしく、大人になりかけの
(知ってはいました、やってみたこともあります…が。…アゲセンベ・チマは布陣札は何時でも挑戦を受け付けると言っていましたわね。ふむ…)
ナツは少しばかり考え込んではチマたちの許へと向かっていく。
「ごきげんよう、ブルード・リン。少し時間を貰えます?」
「え、あっはい、ごきげんよう。構いませんけど、何の御用でしょうか?」
「場所を移しましょう」と教室の外を指し示せばリンが立ち上がりナツの後を付いていくのだが。
「ちょっと、アゲセンベ・チマは呼んでいないのですけれども」
「え?」
「『え?』じゃあありませんわ!
「そうなの?ちょっと寂しいわね」
「…。勘違いしているところ悪いのですけど、私と貴女は友達でもなんでもありませんのよ。天敵とまではいいませんが、好敵手で有効的な間柄ではなくってよ」
「そう…。まあいいわ、リンの事を虐めないでね」
しゅん、と耳を倒したチマは自分の席へ戻って、退屈そうに空を眺めている。
(まるで子犬じゃない…)
(チマ様は結構人懐っこい方なんですよ、可愛くないですか?)
(…。まあいいわ。さっさと話しを終えてしまいましょう)
廊下に移ったリンはナツとその取り巻き三人に囲まれて、「なんの話しだろう」と首を傾げていく。
「単刀直入に尋ねたいのですが、布陣札という遊戯でのアゲセンベ・チマの実力はどれ程なのでしょうか?彼女の近くにいる貴女であれば、よく理解しているのではと思いまして」
(なんとなくだけど、チマ様の実力を知っている人っていうのは布陣札に
「恐ろしく強いです」
「恐ろしく…?」「はっ、あのアゲセンベ・チマ様が?」「話しを盛っているのではなくって?」「落ち着いてくださいお二人共、アゲセンベ様は学業では誰よりも高い成績を持つ才女ですよ」
有り得ない、と難色を示す取り巻きを、落ち着いた一人が宥めてリンへ話しを続けさせる。
(陛下の名を出した場合、不敬だと言われる可能性があるし。同じ生徒会ってことで)
「デュロ殿下やバァナ会長ともやりあって、今のところ無敗なのです」
「デュロ殿下は従妹のアゲセンベ・チマに甘くいらっしゃいますし、バァナ会長は立場的に手加減をしてくれた可能性がありますから、本当に強いのかどうかはわかりませんわ!」
「そうです!それに殿下より強いなんて、不敬ではなくって?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ」
「貴女はアゲセンベ・チマの肩を持つの!?」
「別にそんなことは…」
「静かに。恥じらいを忘れていましてよ」
「「は、はい」」
(デュロ殿下はアゲセンベ・チマの事を好いてらっしゃる。…けれど、それが理由で手加減をし機嫌を取るような真似はしませんわ。バァナ様は…う~ん、あの方は大の女性好きですし手加減をしている可能性を否定できませんね)
「他には?国際公式戦に参加している方を参考にしたいのですけれど」
「あー…、レィエ宰相よりも強いとの話しですよ。ご家族間なので実力の担保にはならないかもしれませんが」
「そうね。陛下は?伯父と姪の関係なのだから、
「えーっと、いい勝負をするみたいでして。陛下にお時間のある時に、試合をなさっているのだとか」
「“いい勝負”ね」
「まあ、いくらなんでも陛下に敵うはずはありませんわね」
「ええ、ええ」
「「…。」」
(ブルード・リンがどういう
(ナツ様が何かに感づかれたお顔…)
落ち着いた取り巻きのアーロゥス・コンは、ほんのりと顔を引き攣らせて、そそそっ、と取り巻き二人の陰に隠れていく。
(後で邪魔が入らない場所で尋ねればいいでしょう。…布陣札に於いては実技と立場が逆、いえ
(ナツ様はチマ様に勝ちたいんだろうけど…、厳しいよねぇ。結構自信のあったあたしでも全然歯が立たないし)
僅かばかり助力も考えていたのだが、ナツに対して力を貸すだけの理由はなく、力を貸した程度でどうこうなる相手でもない。
(下手に仲良くしてチマ様と袂を分かつことは避けたいんだよね。ビャスルート以外では全部、…敵対することになるんだし)
さっさと撤退しようと一歩引くと。
「やあ、面白そうな話しをしていませんでしたか?」
「バレン・シュネ先生、いつの間に」
「なんか布陣札の話しをしている風だったから、甘い蜜に誘われて寄っただけで何もきいてはいませんよ。それで、布陣札の話し、してましたか?」
「チマ様の実力について問われていただけですよ」
「ほほう、アゲセンベ・チマ様の!いやぁいいね、私も興味がありまして…そうだ、今から私が試合の予定を確保しに行きますので、当日に見学なされば、ご自身の目で実力を図れるのではないでしょうか?…ある程度の知識は必要になりますが」
片眼鏡を持ち上げて、挑発的な表情を見せたシュネ。
(シュネってゲーム内だと最強
下手に布陣札を行うと好感度が上がってしまうので、深く関わらないようにしようと心に決めるリンであった。
「そうですわね、またとない機会かもしれませんので見学を願い出ましょう」
「はははっ、いいですね!それでは行きましょっと」
仲介を願う二人の視線に、少しばかりの面倒くささを覚えたリンは、仕方なさそうに教室へと戻っていく。
「あのチマ様、少し宜しいですか?」
「いいけど、…なんか増えたわね」
高圧的な立ち姿をしている取り巻き二人にコン、シュネの四人が先程より増えている。
「実は――」
「いいわっ、布陣札の挑戦者は拒まない主義なのよ!ナツ、貴女もこそこそとしてないで直接私に言ってくれれば、布陣札のやり方くらい手とり足取り教えてあげるに、もう」
わかりやすくピンと尻尾を立てて震わせ、見るからに嬉しそうなそれである。
「やり方くらい分かっていますわ!今回は敵情視察で、何れ貴女を倒すための準備です!」
「私は逃げも隠れもしないわ!布陣札ならね!えへへ、何時でも待っているわ」
(チョロい…。なんか…敵ながら不安になりますわね…。……デュロ殿下と話している時は、社交の場でもこういった表情も見せていましたし、これがアゲセンベ・チマの素なのでしょう。こういった気さくで、デュロ殿下が自身を飾らずに相手を出来るからこそ…好いていらっしゃるのでしょうけど、…私には難しいですわ)
ナツがチマを標的に攻撃していたのも、自分にはない
とはいえ結局のところ、チマを攻撃したところで立ち位置が変わるわけでもなく、デュロからの反感を買うばかりで利は一切ない。
(……八つ当たりも潮時なんでしょう。私は…アゲセンベ・チマより優れている点を多くの者に、それこそ今上陛下の目に届くほどの才を示して次期王后の地位を手に入れなくてはなりませんわ。デュロ殿下にどう思われようとも、隣に立ちお役に立ちたいのですから)
「私は全ての面で貴女を超えてみせますわ」
「へぇ、なら先ずは勉学を頑張ったら?何処に居るかはしらないけど、入学の筆記試験は私が首席よ」
「…、」
意識もしていない強烈な反撃にナツは青筋を浮かべ、若干上がっていたチマへの評価がどん底にまで落ちていく。因みに彼女の入学試験の結果はB+判定で、最上位であるA+はチマとリンの二人のみである。
「次を見ていなさい、絶対に負けませんから!!!」
「簡単には負けてあげないけどね、リンにも」
「あっはい」
「そんなことよりも、バレン・シュネ先生との布陣札よね!今日明日は生徒会があるから、明後日なんてどうかしら?」
「お時間を用意します」
「それじゃあ明後日の授業後に。楽しみに待っているわ」
その日のチマは、普段退屈そうに受けている授業を笑顔で参加していたのだとか。
「本日、
「いいえ、ありません。本日はご足労いただき、ありがとうございます」
「アゲセンベ・チマから何かしらの変更点はあるか?」
「ないわ。今日はよろしくね」
授業の教室にチマとシュネが向かい合い、その盤面を見下ろすように立っているデュロの三人を見つめる観客は非常に多い。最近話題にあがる布陣札の審判をデュロが務めるというだけでもかなりの話題性だったのだが、国内の公式戦でそれなりの成績をもつシュネが、挑戦者として試合に挑むということも野次馬が集まる要因となっていた。
「公式の場ではないが競技の公平性を担保するため、会場での私語及び不正を疑われるような行動をした場合には、即時の退場を願うこととなるので、我々の手を煩わせないことを願っている」
「「…。」」
賑やかしい野次馬たちは、デュロの一言でピシャリと私語を終え、お行儀よく居住まいを正して視線を盤面へと向けていく。
(この道具一式は…王族が使用するという国内最高の逸品…、本当にアゲセンベ・チマ様はロォワ陛下に勝利したのですね。こうなるのなら、勝利の際に道具を譲ってもらえないか、とでも言っておくべきでしたか)
「私に勝てたら、今バレン・シュネ先生が目を離せないでいるこの道具一式をお譲りしますよ」
「それは…本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「ですが私に対応する品を差し出すことは出来ませんが」
「賭けではないわ、
「っ」
「だから、全力で挑んできなさいな、バレン・シュネ」
「「―――」」
教室に足を運んできていた生徒たちは、犬歯を剥き出しに口端を釣り上げたチマを見て、獰猛な肉食獣を思い浮かべた。自信に挑もうとする哀れな仔山羊に牙を突き立てる寸前の、飢えた猛獣を。
ここ最近、敬愛する
そしてそこに、チマの領域へ跳ね回りながら踏み込んできたの獲物がシュネであり、公式戦での試合記録を隅々まで
瞳を輝かせて卓に着くチマを見て、リンは記憶を掘り起こしていく。
『布陣札?あぁー…、たしか盤上遊戯の。あまりそういうのは詳しくなくって、機会があったら教えてほしいわ』
ゲーム内のチマを布陣札に誘う会話はあることにはある。だが、やんわりと断られて、それ以降は布陣札関連のイベントが発生することもなく、主要人物の中で唯一対戦を挑めない相手となっていた。
が、現在では「挑みたい」と一言言えば大喜びで時間を用意し、挑戦者を捻り潰していく。
(
件のチマは配られた札を全て記憶し、自身の山札を構築。手前六〇枚から相手に渡っている札を精査しながら、仮想山札を二つ三つ組み上げていた。
(シュネ先生に配られているカードを考慮すると、山札構築段階で私の微不利ね。最善手で山札を組まれていても勝てる範囲内だけど、確実に行きたいわね)
挑戦者であるシュネが後攻を選択したので、チマは一〇枚の中から明かしても問題ない札を切っていき構築を探っていく。
先攻側からすると、相手がこちらの手を見ながら局面対処してくるので、一戦目一回は半ら捨て試合であり、場に出された情報を拾いながら手を隠すくらいしかすることがない。
そういった例に洩れずチマも相手の盤面と、その相互作用を理解し何となくの構築が固まる。
(手札優位性はなし、ここで負けると残り五枚を確認出来ないから、確実に勝たないと)
(ここで一戦を落としてしまいたい、のですが引いた五枚はイマイチ。…そそくさと切り上げて、三回で確実に勝利を頂きましょう)
チマにとっては勝たなくてはならない場面なのだが、盤面に出される札の数々は控えめなもの。そうなるとシュネの脳裏に過る思考は。
(手札が事故っているか、勝利に急ぐ私を誘っているのか)
チマが多くの札を消費して、次の回に
(これをひっくり返すには、…最低二枚の消費。割に合いませんし、此方もアゲセンベ・チマ様の情報は欲しいので、負けていくのが無難でしょうね)
「布陣終了」
「なら私の勝利ね」
盤面の札を全て脇に避けていき、山札に残る残りの五枚をお互いに引ききって一戦目の三回が開始される。
先にシュネが負けているため後攻を選択。チマが札を一枚を増やした段階で、前回から残っている残留系カード『獅子金貨のコンソ』(得点2)諸共『春嵐』(得点0 相手の盤面にある札を全て裏側に変える。後攻一巡目にのみ使用可能)で盤面を更地にしていく。
こうして始まった三回目は大差がつき、一枚でひっくり返せない段階になったチマが布陣を終え、シュネが一勝することとなった。そしてチマは捨て札から配られた一〇枚を確認してから、山札の一枚と入れ替えて再編成を行う。
(想定よりもシュネ先生の構築が弱いわね。……、あら『ドゥルッチェのザラ』(得点2 『騎士』一枚につき得点1を加算)じゃない。ふふふっ、思った以上に
山札を審判たるデュロへ預けたチマは、一戦目にして方針を定めて確実にシュネを包囲するのであった。
それからの二戦、チマは後攻から開始したのにも変わらず限々のところで態と敗北を重ねて、二回の札交換を行っては堅実な構築を行っていた。
ただそれは、布陣札を始めたての生徒たちから見れば、シュネに追い込まれ窮しているようにしか見えず、大口を叩いた割に弱いじゃないかと鼻で笑われる要因ともなる。
布陣札を知っている者からすれば、同等前後の山札構築しか出来ていない相手から、勝ちの目を可能な限り
(珍しい手ではありませんが…一戦目で勝負に付き合って隙を晒したのが付け入られる要因となってしまいましたね。交換した札は今のところ公開されていませんが、三回も入れ替えたのであれば捨て場に置かれた強札の一枚二枚は持っていかれたでしょうね)
(ここから負ける理由もないでしょ。あとは捲くるだけよ)
後攻を選択したチマは烈火の如き勢いで攻め上げていき、4‐3と勝利に片足を掛けるのである。
(これが本物、あぁ…惚れ惚れしますね。こちらの入れ替える札も高確率で読まれており、次の一戦で私の首は落とされてしまう。……ですが、なんと甘美な時間か。これほど楽しい、全身の痺れる試合をしたのは何時以来か、…そして私は、まだ上を目指せます!感謝いたします、アゲセンベ・チマ様)
敗戦確実となっていたシュネは、ほんの僅かな時間だけ恍惚そうな笑みを浮かべてから、対戦相手のチマへ闘志の籠もった視線を突き刺して、華々しく散っていった。
三負けからの五勝、鼻で
そして。
(もしかしてアゲセンベ・チマ様って布陣札に於いてはめちゃくちゃ優秀なのでは?)(実技でも『剣聖』持ちのトゥルト・ナツに喰い付いていたよね)(そもそも入学時は首席だったし)(宰相が根回ししたんだと思っていたんだけど…)
とチマへの評価は少しずつ変化の兆しが見え始めていた。
「いやはや、手も足も出ませんでした。良き勝負をありがとうございます、アゲセンベ・チマ様」
「こちらこそありがとう、中々にいい腕をしていたわよ、シュネ先生もね」
互いに握手を交わして笑みを浮かべれば、生徒たちは両者を称える拍手を送られる。
ただ、これを面白くないと思うのは宰相に敵対的な貴族の子息令嬢たち。途中まではシュネが圧しているように見えた分、腹中に積もる感情は大きいようだ。
とはいえ、デュロが審判を務めており、野次馬の中にはバァナまでいつの間にか混ざっている状況で、声を大に文句を垂れることなど出来るはずもなく、そそくさと退散してく。
「どうだったナツ?面白そうでしょ」
「私は貴女の実力を見に来ただけ、布陣札がどういった物かは知っていましてよ。…、何れ貴女に吠え面をかかせてあげますわ!」
「トゥルト・ナツ嬢がチマに挑むのかい?」
「は、はい!アゲセンベ・チマ様は布陣札の腕に自信があるとのことなので、
ころっと猫を被ったナツは、高笑いをしながら勢いで宣言をしてしまう。
「その際は私が審判を務めよう。チマから指名があればね」
(私が注目するとあれば下手に挑めないだろう)
(デュロ殿下の前で醜態を晒せませんわ!せめて良い勝負が出来る程度には布陣札の理解を深めなければ!)
彼の思惑通りにナツが直ぐ様チマに挑みかかることは無くなる。
「ふっふっふ、挑戦は何時でも待っているわ!」
自慢気なチマは腕組みをし、二人の考えなど気づく
「ところで、アゲセンベ・チマ様はどれ程の『暗記』スキルをお持ちで?迷いのない手の動かし方とこちらの手を読み切っていた展開から考えるに、高位の、レベル一〇前後をお持ちな気がするのですが」
「ないわよ、『暗記』スキルそのものがね」
「ない、のですか?」
「ええ、有れば便利なだけで記憶力で補えばいいし、必須のスキルではないのでしょうに」
「…。えぇっと…」
「こういうやつなんだ、チマはな。私もあまり詳しいわけではないのだが、公式戦上位者は『暗記』類の記憶力に関するスキルを所持している事が殆どだ。特に国際公式戦では
「伯父様もお父様も所持しているけど、そんなに。補強できるならあるに越したことはない程度だと思っていたわ」
(出場は大丈夫かしら?)
(問題ない、チマならな)
不安そうな表情を向けられたデュロは、目配せで安心させて小さく笑う。
(こういうところなんですわ〜〜っ!アゲセンベ・チマばかりぃ!)
従兄妹同士で通じ合う二人にナツは内心穏やかではいられず、「恋敵を倒さねば!」と闘志を燃やす。
「アゲセンベ・チマ様は公式戦に興味がお有りで?一度も出場されていないようですが」
「趣味の一つだから、そこまで力を入れる
「ほほう!それはどういった心境の変化で?」
「布陣札への意欲が高いってだけよ。今までは限られた人しか相手がいなくって、何時でも試合を設けてくれるような相手でなかったから、機会があったら楽しむ程度の遊びだったのだけど。…友達も出来て楽しめるなって、ふふっ」
(お嬢様っ!)
笑みを零すチマへシェオは熱い視線を向けていた。自分の行動が主に対して苦渋を強いるだけでなかったのだと、喜びを露わにする。
「これは楽しいことになりそうですね、仲間内に知らせなければ」
布陣札を行った一室では様々な思いが渦を巻く。チマを中心にして。
―――
「ほう、学校で子どもたちに布陣札が。はっはっは、良いじゃないか、立役者は誰なんだ?」
「面白いことにチマ派閥なんですよ」
「チマが。成る程」
王城の執務室で話しをするのはロォワとデュロ、そしてレィエの三人。
「元より市井で『公爵令嬢が太鼓判を押した布陣札一式』のような触れ込みで販売された道具が、一部の布陣札好きな貴族の目に止まり購入、彼らが購入するほどなら良い品なのであろうと。…彼是あり学校の生徒まで影響を及ぼし始め、授業後の時間にチマ派閥で遊んでいた事が流行りの切っ掛けとなったそうなのですよ」
「へぇ、チマの太鼓判な。此方にも取り寄せてみるか」
「私も検めてみましたが、質素ながらしっかりとした作りで悪くはないと思いました。…流石に父上が使うには品格が足りませんが」
「市井向けの大量生産品なのですよ」
「それを貴族らが。…面白いこともあるものだ」
「今までの受注生産品と比べれば食指が伸びやすいのも確かでしょう、タンユーエン商会はいい仕事をしましたね。埋もれていた才能が芽を出し、国際公式戦の場で大いに活躍してもらいたいものです」
「今までのドゥルッチェは、方々の猛者と渡り合えるだけの実力者が少なかった。この流行りに風を送り込み、大火にしてしまわねば」
布陣札の国際公式戦、それは大陸の多くで行われる盤面の戦争。勝ったからと言って直接的に命じることはできないのだが、少なからずの影響は及ぼすことが出来、大きな式典、会合の場で催される試合となれば国同士の威信をかけた
今代になり先代の負債を解消し、国勢を上向けている今だからこそ、国際公式戦の場で活躍できる選手が欲しくてたまらないのだ。
「チマの方はどうだ?」
「布陣札の調子は絶好調ですし、登校し始めた当初よりもわかりやすく明るくなりましたね。…授業中は退屈そうにしているみたいですが。あぁそうそう、正式なものではありませんが、チマ派閥も一年生の生徒会役員を中心に少しばかり人員が増えていましてね―――」
学校でのチマの様子を、デュロは楽しそうに語っていく。
「…すまないね、デュロ」
「叔父上が謝ることではありませんよ。『気持ちを捨てた』なんて言えはしませんが、隣に立つ相手が私の許せる者であれば、くらいには思えていますので」
「シェオとやらはどうなのだ?」
「「…うーん」」
叔父と甥は二人して考え込む。
「シェオの方が立場的に気後れしていまして、」「チマもチマで鈍感なんですよ、本っ当に…」
「盤面の機微には敏感なのに」
くつくつと他人事で笑うロォワに、当事者たちは穏やかな気持ではいられないのであった。