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一一話 鉄壁の剣聖!

「最近、暑くなってきて、夏を感じるわね」

「そうですね」

「ということで今日は休みたいわ」

「えぇ…、ここ暫くしっかりと学校に通われていたじゃないですか」

「だからよ、休みとは別に休息できる期間が必要なの。マカロとお昼寝をしたり、漫画を読んでゴロゴロしたり」

 明白あからさまに行きたくない状態になっているチマは、私室の長椅子で毛繕いブラッシングを始めており、何を言っても無駄な様子であった。

「リン様が待って御出ですよ?」

「…、それじゃあ昼後から行くわ」

(昼後から?あぁ…)

「そういえば今日から李月7月、実技授業があるから行きたくないということですか」

「…。」

 図星のようでチマは返事もなく、バツの悪そうな表情を露わにしているのみ。

「お嬢様自身も強くなりましたし、何よりお友達のリン様がいらっしゃるのですから、そんな難しいことじゃないと思いますよ!学校へ行きましょう!」

「はぁ…、仕方ないわね。準備はよろしく」

 チマは乗り気ではないものの、登校をすべく部屋を後にした。


「おはよう」

「おはようございます、チマ様!」

「…、リンはその鉄棍で授業を受けるの?」

「そうですね、木製でも棒術スキルが乗るんで十分力は発揮できるのですが、成績の向上を考えた場合は鉄棍が良いかな、と持参しました。チマ様はサーベルを持ち込まないのですか?」

「…私は片手で振るえさえすれば、木の棒でもなんでもいいわ」

 武器スキルは特定の武器を所有している際に効果を発揮するもので、それらを所有する者は得物を定めて扱うのだが、チマは剣術も刀術も持ち合わせていないために、長さと重さが一定範囲内であれば十分なのだ。

「今日は、あんまり乗り気じゃない感じですか?」

「勉学はどうにでもなったけれど、実技に関しては実力スキル差が如実に現れるから憂鬱になるのよ」

「チマ様だって十分にお強いじゃないですか」

「貴女を筆頭に、上には上がいることを知っているからよ。特に」

 視線を向けた先には、自信満々な表情で高らかに歩いていくトゥルト・ナツが。相手側もチマを見つけては挑戦的な笑顔を作ってから、先へ進んでいく。

「トゥルト・ナツ様って強いのですか?」

(ゲーム内じゃあちょっとした噛ませ犬だったけど)

「今の実力は不明だけども、曾祖父がトゥルト・ボシュ。剣聖の頂にまで到達したという名高い騎士で、当代のトゥルト伯も第三騎士団へ影響力を持つ政務官よ」

「そ、そうなんですね」

(知らない設定がポロポロ出てくる〜)

「私は息を潜めてじっとしてようかしらね」

 溜息を吐き出したチマは憂鬱そうに足を進めて校舎へと入っていった。


 本日から始まる戦闘実技の授業。一年生の生徒は各々動きやすい衣装に身を包み、其々《おのおの》が得物を持って校庭へと集まっていく。

 騎士志望の武器スキルや魔法スキルを持つ面々は座学時と比べて、やる気に満ち溢れており、良い所を見せようと張り切っている。

 そして、シェオの差す日傘の陰で木剣を抱えているチマは、これ以上なく面倒臭そうな表情で校庭を眺めていた。

「こう見ると戦闘系のスキルを持つ生徒は結構多いのね、結構な燥ぎようよ」

「どちらかというと座学に退屈している生徒が、開放感に駆られているだけな気がするのですが」

「…、わかります。ざ座学は眠くなってしまって」

「わからなくもないです」

 どちらかといえば身体を動かす方が好きな、シェオ、ビャス、リンは彼ら彼女らの気持ちがわかるようで、頷き合っている。学校の授業には退屈しているチマだが、座学そのものは好きな性質なので雰囲気に馴染めず、視線を戻しては溜息を一つ。

「熱心に修練を積んでいるとのことだったので、チマ様もこっち側かと思っていたのですが」

「武器スキルに限らず、戦闘系のスキルって多彩じゃない?」

「そうですね」

(ゲームと同じ世界感だし、そういう都合、なのかな?)

「だから数撃ちゃ当たる理論で、とりあえず剣の鍛錬に勤しんでいたのよ。私自身はぬくい部屋で家庭教師の先生に教えを請うている方が好みね」

「それであそこまで強くなれるのですね…」

「…時間はあったのよ、友達がいなかったから、…屋敷に籠りっぱなしで」

 あまり良い話題とは言えない結果に終わってしまい、リンは重たい空気を払拭すべく話題を探すのだが、チマ御一行に向かってくる相手を見て顔を引きらせていく。

「御機嫌ようアゲセンベ・チマ」

「ごきげんよう、トゥルト・ナツ」

「ご、ごきげんようトゥルト・ナツ様」

「自分から挨拶をしてくださるとは良く躾けられた従者ですこと。御機嫌よう、ブルード・リン」

「私に喧嘩を売りに来たの?言っておくけれど、リンは私の友人で従者ではないわ」

「おほほ、ついつい間違えてしまいましたわ。…そんな事はどうでもよくて。アゲセンベ・チマ、私と勝負してくださる?」

「勝負?布陣札ふじんさつとか?」

「馬鹿おっしゃい、今日この場で勝負することなんて干戈を交えたもの以外ありませんわ」

(これだから参加したくなかったのよ)

「生憎と私には戦闘に関するスキルはなく、高名なトゥルト家のご令嬢と戦えるだけの術は持ち合わせていないの。力を誇示したいのであれば別の、騎士志望の方でも相手にしてほしいわね」

(戦闘に関するスキルがない。嘘でなければ『学問』や『暗記』あたりでもとっているのでしょうかね…ですが)

「私、ずぅーっと昔から貴女を倒したくて倒したくて倒したく、跪かせたくて私のことを上目遣いで睨めつけてほしかったの。その夢を叶えさせては下さりませんか」

「何をそこま――」

「アゲセンベ・チマ、貴女には理解らないことですわ!!」

「…。」

 明確な敵意を正面から向けられたチマは、若干気圧されながらも思い当たる節を探して、溜息を吐き出す。

「デュロのお相――」

「煩い!!そんなの百も承知していますわ!私はただ、貴女に勝ちたいのよ…」

「わかったわ、いいわ、受けてあげる。ただし、」

「ただし?」

「トゥルト・リン、貴女は戦闘に関するスキルを持っていて私よりも有利、そして実力もある。だから私が勝利を収めた際には、命令を一つ呑んでもらう」

「…。…内容次第ね」

 ナツは自身の実力を考えれば、チマなど取るに足らない相手である。然しながら狡猾そうな相手を前に、条件を聞く前から頷くことを避けたいようで、慎重に耳を傾ける。

「簡単よ。私のお父様とお母様、リンと私の従者に対する嘲罵ちょうばの禁止とそれに対する誓跪けいきね」

「貴女自身が入っていないけれど、忘れているんじゃなくて?」

「私の事は好きにあざけってくれていいわ、そしりを受けるだけの理由があるのだから。だけどね、私を出しに周囲の人への悪口は、本ッ当に頭にくるの。今の条件を受け入れてくれるのならば、一回限りの勝負を受けてあげる」

「…問題ありませんわ。当然ながらこちらからの条件出しはありません、なんてったって万が一にも負ける理由がありませんから。…。」

「…。」

 二人はお互いを睨めつけて、模擬戦闘の準備を行っていく。


「来てくださる、ドルェッジ」

 一年の生徒たちは驚き、ざわめきを広げていく。

 ナツが行ったのは招喚魔法で、トゥルト家に保管されている剣の一つを、場所を超えて呼び出していたのだ。この手の魔法スキルは所持者が少なく、発現も稀とスキル至上主義に於いては、権威の一つとなり得る。

「…本当に木剣で挑むつもりなんですか?」

「流石に招剣とはいえ刃は潰してあるでしょ」

「「…。」」

 不安そうな視線を向ける三人には目もくれず、チマは準備運動を行っていく。

「代理人を立てるという選択肢もありますが」

「リン、これは決闘じゃなくてただの勝負よ。それに自分で勝たなくちゃ、いえ闘わなくちゃ意味がないの。負けて失うものなんてないんだから、トゥルト・ナツの靴に砂を引っ掛けて戻るわ」

 護陣佩ごじんはいへ加工炭を挿入したチマは木剣を片手に、招剣ドルェッジを構えたナツの許へと向かっていく。

「ちょっと…、その学校から貸し出された木剣で私に挑む心算つもりですか?」

「武器スキルなんて持ってない凡人だから、得物は選ばないの。片手で振るえればなんでも同じよ」

「はぁ…見栄えが悪くってよ。お出でなさいな、スーパチェラ」

 呼び出されたのは鞘に収まったサーベルで、ナツが一度抜き取り縦に一振りすることで刃が潰れ殺傷能力が低下した。

「これ親切にどうも。ところで、刃を潰して良かったの?」

「一時的な処置ですわ。元に戻せるので気兼ねなく使ってくださいまし」

「少し、慣らしを行うけれどいいかしら?」

「ご自由に」

 傍から見ると一触即発そうに見える二人であるが、案外にも理性は働いているし壊滅的な相性というわけではないようだ。

「良いサーベルね、気に入ったわ。名前はなんて言ったかしら?」

「スーパチェラですわ」

「スーパチェラ、宜しくね。それじゃあ始めましょうか」

「ええ。実技の教師さん、駄目そうな状況になったら止めてくださいまし。熱が入っては止まれなくなってしまいますので」

(今直ぐに止めたいのですが…)

 双方が納得した勝負なうえ、相手が相手宰相の娘と名門伯爵家の娘ということもあり、止めることも叶わない。貧乏籤を引かされた教師は涙目でうなずくのみ。

「それでは両者向き合って。これは命を奪い合う戦争ではなく授業の一環、互いを尊重し無為な血を流すことのないよう心掛けて挑むように。――開始!」

 教師の言葉と同時にチマが屈み、両脚を発条バネに距離を詰めた。

(速いっ!スキルなしでこれとは、本当に!目障りですわ!)

 勢いのまま振りかぶられたサーベルを弾く為にナツが剣を振るってみると、チマの一撃は思った以上に軽く本命の一撃ではないことを理解し、次の手を見定める。

 握る力を緩めては親指を軸に背負うような、サーベルを背中に密着させるような角度へ変えてから小指で固定、ナツの脇をすり抜けていく。

 ドゥルッチェの騎士剣術を修めているナツに対して、正面からの打ち合いで勝つことは、難しいどころか不可能。そそくさと尻尾を巻くが如く勢いで、一撃離脱の戦法を展開した。

(岩を殴っているかのような手応えのなさ。隙を突こうにも、騎士剣術は守りに寄った剣術だから、牙城を崩そうにも一苦労ね)

 足で地面を抉るように勢いの方向を無理やりに変えては、身体を捻って繰り出す水平斬りをお見舞いし、受け止められた瞬間に足を浮かせて踵蹴りを捩じ込んでいく。

「意味のわからない身体さばきでッ!」

 騎士剣術は両手で剣を用いて、剣のみで戦うことを美学とする剣術である。チマの足を躱すことが出来ず、剣での対処が不可能な状態では。

「ぐっ。軽い、軽くってよ!!」

 態と攻撃を受け止めてから、反撃を繰り出した。

「!」

 鼻先を過ぎ去っていく一撃に息を呑みながら、次いで繰り出される斬り上げに対処すべく、好転を繰り返し距離を取っていく。

(一撃離脱以外は攻撃を貰う可能性が高いわね、やっぱ。見たところ剣術は高位で、身体能力強化も十分だから、直に貰えば次がないわ)

「すぅー…はぁー…」

「私の強さに呼吸でも止まってしまいましたか?」

「はぁ…、そうね、ちょっと息苦しいかしら」

 自身の踵を踏んだチマは、靴を半分脱いでは勢いよく蹴り飛ばし、更にもう一発繰り返してから素足で駆け出す。

「全く品が無い!」

「っ褒め言葉よ!」

 靴という枷のなくなった彼女は、大地を足で掴むように制動性ブレーキを生み出して、ナツの目を撹乱すべく身体を振っては一撃離脱で数度刃を合わせていった。

(トゥルト・ナツ。鉄壁の乙女とでも言うべきかしら、…ここまで、ここまで防ぎきってくれたからには、最高の一撃をあげるわよ)

 ざわり、ざわり、チマを起点に空気が熱せられるかのような錯覚を観客たちは覚えていく。

(何か、きますわ。夜眼族の本気といったところでしょうか)

 息の一つも切らすことなく、攻撃を防ぎ切り反撃を返していたナツは、ただならないその空気を掴んで、剣を構え直しジッと相手を見据えていく。

(スキルがなくとも厄介な事には変わらぬ相手、受けて立ちますわ!)


 タタタタ、初速から最高速を叩き出すチマは、攻撃する素振りだけ見せてはナツの脇をすり抜け、片腕を軸に地面を引っ掻き砂を巻き上げながら無理やりな転回をし、背面への一撃を試みる。

(獣の瞳、混血の夜眼族なのに獣性が高すぎるのではありませんか?)

 チマから一歩距離を開けたナツは冷静にサーベルの一撃を受け止めては、回避するであろう方向へ刃を返し、相手が一歩退いたその瞬間、目にも止まらぬ一撃を叩き込んだ。

「うぐ、はぁっ!」

 脇への一撃は護陣佩の防御があってもなお、衝撃が内臓を揺らし骨を軋ませるだけの威力を持ち、地面を転がったチマは揺れる視界の中でもナツから目を離さずに、ゆったりと起き上がった。

「はっきり言いますけど。アゲセンベ・チマ、貴女は十分に強い実力を持っていますわ。ですが、ですけどね、それでは私に届きませんの。なんてったってこの私、トゥルト・ナツはレベル36、そしてスキルに『剣聖』を所持しているのです。万が一にも勝ち目なんてありませんことよ」

 普段であれば高笑いで嘲りそうなものだが、ここまで挑み続けたスキルなしに称賛を込め、片手を差し出しながら降伏を促していく。

「はぁ…はぁ…はぁ…、はぁっ…」

「体力も限界ではなくって?瞬間瞬間に力を割きすぎですわ」

(剣聖、…スキルなし。はぁ…)

「はぁ…はぁ…っ、そんな大層なスキルを持っているのなら、尚更諦められないわ。…貴女は大層な努力をしてレベルを上げ、剣術も身体に叩き込んでいる。それは理解できる、けれど、私だって努力はしてきたの!その証明に、諦めなんてしないわ!一矢だけでも報いてみせる!っはぁ…けほっ」

 手足は襤褸々々ぼろぼろで、とっくに尽きた体力で身体を無理繰り動かしている状況、一矢報いるなど夢のまた夢なのだが、そのは死んでおらず相手を見据えている。

「いいですわ、受けて立ちましょう。好敵手として、対峙して差し上げます」

「どうも。―――」

「「「―――っ!?」」」

 チマが返答を終えて口端を上げた瞬間に周囲の生徒、いや学校にいるチマ以外の総ての者が、身体が硬直し呼吸すら敵わない状況へと陥った。

(これってゲームのチマが使う)

(これは曾御祖父様ひいおじいさまが使ったという)

((『絶界ぜっかい』!?))

(防御回避不可の強制行動キャンセル技で、この後に続くのは)

 いつものように屈み込んで駆け出したチマだが、足が地面を離れた瞬間に姿が消え去って、瞬く間に距離を半分進んでいる。

(二連『影歩えいほ』。チマ様はゲーム内と違って弱体化してるんじゃなかったの?!…あれ?)

(なっ!あの馬鹿女、気を失っていますわ!大口叩いたくせに有言不実行で、…このまま倒れたら間違いなく怪我をしてしまいますわ…、そしたらきっとデュロ殿下は悲しみますわ…。あぁ!もうっ!なんで私が恋敵の世話なんて焼かなくちゃいけないのよー!)

 『絶界』『影歩』神聖スキルの頂に上り詰めた者が会得するといわれる技を、使用したチマは白目をむいて体勢を崩しており、そのままの勢いで進んでしまえば大怪我は免れない。

 不本意そうなナツは底冷えのする絶界下で無理繰り身体を動かし、握る剣を放り捨てればチマの進路上に立ちはだかって彼女を受け止める準備を整えていく。

「むぎゃ!」

 弾丸の様な体当たりを全身で受け止めては、地面を転がっていき目を回しながら上体を起こすと、完全に伸びているチマの姿がそこにあった。

「ブルード・リン!回復魔法持ちでしょ急いで回復なさい、早く!」

「はいッ!」「「お嬢様!!」」

 呆気に取られていたリンたち血相を変えてチマの許へと駆け寄って、容態を確認していけば、転がった拍子での全身打撲や攻撃を受けた部位には腫れと思しき膨らみ、勿論のこと手足は襤褸々々で散々な有様だ。

「すみません!誰か医務室から医官の先生を読んできてください!シェオさんとビャスさんは、チマ様の身体を動かさないように日陰へ移動させて、風魔法で身体の熱を冷ませて上げてください!」

「「「はい!」」」

 医務室に向かったのはリキュ。彼は身体能力強化を遺憾いかんなく発揮し、医官を呼びに行く。

(…あれは間違いなく絶界。私ですら会得できていないどころか、曾御祖父様以前の記録なんて、四〇〇年はさかのぼらないと出てこない絶技のはずですわ。実力から考えても、仮に刀術は持っていたとしても、刀神はありえません。だって刀神であれば、もっといい勝負ができたはずですから…。どういう仕組みですの?)

「なんか…ドッと疲れましたわ」

「ナツ様ご無事ですか?」

 招喚した剣とサーベルを回収していけば、取り巻きの一人がポタポタと走ってきて、ナツの様子を伺っていく。

「ええ、無事よ。最初に蹴りを一発貰っただけだもの」

「それなら良かったです。然し、あれは何だったのでしょうか?呼吸すら止まってしまいましたぁ」

「…、さあ、何か特別なスキルでも持っているのでしょう。一点特化の厄介なものをね」

「なるほど。親が親ですから、チマ様も一筋縄ではいかないのです」

「そう、ですわね。…今回、私はアゲセンベ・チマに負けていませんが、勝ったとも言い切れませんので、彼女の周囲の者への嘲罵をしないことを宣言いたしますわ」

「律儀ですねナツ様」

「私の実力は示せましたし、慈愛に満ちている姿も一年の皆へ見せつけられましたから十分ですわ。ほほほほほっ」

 取り巻きとともに遠目ながらチマの回復を伺いながら、記憶の整理を行っていくのであった。


「なんだか…全身が痛いわ」

「そりゃあそうですよ、なんせ過労で倒れたのですから」

 医務室で目を覚ましたチマは、シェオたち傍からの報告を先ず聞いて、自分自身に呆れの籠もった感情を向けていく。

「チマ様、あの技はどうやって使用したのですか?」

「どうやったか、はわからないわ。けどね、何か、私は知っている気がして身体が自然と動いたのよ。手足を動かす時に意識をすることって少ないじゃない?」

「…、ということは同じことを今でもできるということですか?」

「出来る気は…しないわね。…私自身も不思議なのよ、アレは新しいことじゃあなくて、覚えがある気しかしないんだから」

(チマ様ってもしかして)

「失礼いたしますわ。…あら、もう起きていたのですね」

 リンの思考を邪魔するかのように表れたのはナツと取り巻きの一人。

「お見舞いに来てくれたの?トゥルト・ナツ」

「不本意ではありますが、私と干戈かんかを交えた相手に他なりませんので、後遺症でも残されては寝覚めが悪くなりますし…殿下からの印象も悪くなってしまいますわ」

「なら安心していいわよ。リンたちの対処が良かったみたいで、後遺症なんてのは一つもないのだから」

「それは何よりです。…、質問を宜しいでしょうか?」

「いいわよ」

「何故。アゲセンベ・チマ、貴女が『絶界ぜっかい』を使えますの?アレは剣聖の頂きにあると、曽御祖父様が文献に残していた絶技、“自称”戦闘に関するスキルは持たない者が会得できるものではありませんの」

「先ず一つ。私は『絶界』なんていう大層な技は知らないし、アレはまぐれの一回よ。再現しようとしても難しいわね」

「…」

「そしてスキルに関して開示することは出来ないけれど、私の戦闘能力に関与するスキルではないことは確か、いえ半らの真実よ」

「…。良いでしょう。干戈を交えた仲、それを本心として受け入れます。―」

 一度口を開きかけたナツは、出掛かった言葉を呑み込んでは下唇を軽く噛み、少しばかり悔しそうな表情を露わに視線を背ける。

「今回は絶界を披露せしめた事を称賛し、貴女が勝った際の条件を受け入れますわ。…負けていないので!誓跪けいきはいたしませんが!」

「ありがとうございます、トゥルト・ナツさん。全力を以て貴女と対峙出来たあの瞬間は、私にとっても益のある素晴らしい時間でした。また、今度はもう少し緩い形式で勝負いたしましょう」

「ええ、喜んで。……、一つ、改めて言っておきますが、私は負けてはいませんの!そこは勘違いなさらぬようお願いしますわ!!」

「勝ったなんて思えないわよ。私の実力じゃ全然歯が立たなかったじゃない」

(先を越されたなんて思いたくもないし、実際にまぐれなのでしょう。だけど、だけども!私にないものを持っている、持ってしまったアゲセンベ・チマが羨ましくて妬ましくてしょうがないのよ!)

「次は、次も絶対に負けませんから!」

「布陣札なら何時でも挑戦を待っているから」

「ふんっ!」

 髪が舞うように踵を返したナツは医務室を後にし、取り巻きが一礼をしてから後を追っていく。

 その後、ナツが布陣札を挑みにくるのだが、それはまた何時か。


 医務室のチマは医官に任せて、安堵の吐息を吐き出したシェオは、一人外へ出て夏の風を浴びる。

「思い詰めた顔をしてどうしたんですか?」

「リン様ですか。その、今日のお嬢様は登校する気が起こらず、休みたがっていたのですが…私が執拗しつこく言葉を連ね、先のような状況を引き起こしてしまった、と自分の至らなさを嘆いていたのです」

「あれは避けようのない事象だったと思いますよ。ナツ様はチマ様に確執があるようでしたし、日を改めても勝負を持ちかけてきたかと。それにあんな状況を予想する方が無理ですって」

(私にも予想ができない状況だったし)

「そうなんですけど。私は…『学校で友達ができ楽しく生きられた結果、息苦しさを払拭できた』という経験がありまして、それでお嬢様の置かれたスキルに関する思いを晴らせるようになればと、登校を勧めておりました。リン様や生徒会の方々との交流を考えれば、好転しているのかもしれませんが苦しい思いを強いていることには変わりません。……、本当にお嬢様に仕える者が私でいいのか、悩まざるを得ません」

「それは」

「そんな事で悩んで、執拗しつこくあれこれ言ってくる割に一人でお感傷センチして、まったく世話の焼ける従者よね」

 鼻で笑った声色は、シェオにとって聞き慣れたもので。

「お嬢様、どうしてここにっ」

 ビャスに肩を借りた姿で、後ろには医官まで同行し、中々に迷惑なチマがそこにいた。

「表情を見れば一発よ。それに、道を間違えそうになった主を従者が正すように、思い悩む従者がいるのなら道を指し示すのが主の役割。辛気臭いシェオに喝を入れに来たのよ」

「…敵いませんね」

「シェオがいなければ、私は今のように真っ直ぐは歩けていなかっただろうし、飽きずに付き合ってくれる姿勢にはいつも感謝してるの。胸を張りなさいな、自慢の侍従さん」

 手を差し出せ、と合図を送れるとシェオは片手を差し出して、指先にチマが口付けをした。感謝と称賛、数年前にも彼女が行ったそれに、今回のシェオも顔を赤くして硬直していく。

「暫くそこで頭を冷やしなさいね。それじゃ戻るわ、未だ全身が痛いのよ…」

「「「…。」」」

 無茶をするお嬢様だと、リンたちは呆れるのであった。

(チマシェオ来たー!というかチマ様の口付け、破壊力あり過ぎでしょ!くぅ〜最高過ぎる!)

 冷静を装っているリンは、ゲームにはない組み合わせカップリングに大興奮。二人が結ばれることを大いに祈りながら、ほくほく顔で後を追っていく。

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